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《WEB版》『お飾り』なんてまっぴらごめんです!  作者: 友坂 悠


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帝国。

 この世界の中心である皇帝が君臨する帝国は、あまたの国家からなるパクスの地だ。


 マグネシア高地より西、エウロパ亜大陸全土をほぼ支配下に置く帝国は、ただただ『帝国』とだけ呼称される。

 その歴史は古く、過去にはその発祥の地の名で呼ばれていたこともあった。

しかし、幾千万の人々が暮らす今、もはや発祥の地などただの一地方にしか過ぎなかった。

 あえて今名前で呼ぶとしたら、この地、亜大陸の名を取って、『エウロパ』と呼ぶのだろう。

 それでもこの地で暮らす者にとっては世界とは帝国のことであり、帝国とは世界そのものであったから、ただただ『帝国』と呼べば事足りたのだ。

 今年は帝国暦五六七一年。すでにその成り立ちから五千年以上の歴史を綴っている。

 北方のガリアもかつては未開の地と呼ばれていたけれど、今では帝国の属領の一つとして十分に発展しているし、そのまた北に位置するノーザランドですら、開拓が進み人々が暮らしを営んでいる。

 帝国を構成する東の端にあるマグネシア周辺から陸路海路を抜けたさらに東には、龍が住まうという華国がある。南に目を向けると、砂漠の先にカナンという国家があることも知られている。しかしそれらの国家とはあまり深入りすることなくゆるくつながっている。そんな状態が長きに渡って続いていた。

 長い歴史の中で、帝国はその政治形態を何度か変えている。

 統一した初期の頃は独裁色も強かったけれど、その後皇帝の専制から数人の執政官による合議制へと移行し、今ではより民主的な方法で選ばれた護民官による議会制となっている。

 皇帝は君臨するけれど基本的な政治は議会に任せている、といったところだ。

 それでも、あまりにも大きすぎる版図を一つの政治機構で統治しているといずれ破綻すると考えた当時の皇帝が、各地方に高度な自治権を与えたのがきっかけで、今では多数の国の集合体で構成されている連邦国家となっていた。


 そういった時代の流れの中、百年ほど前に国家として独立したロクサンシーム王国は、周囲の国家と比べ歴史も浅く、経済力もなく、産業といえば農作物のみの力のない小国だった。

 しかし前国王が亡くなりクレインが王位を継いだこの一年あまりで、特産のロクサン絹が帝国内で重宝されるようになり、経済的にもかなり上向いていたのだった。

 それらがみなレイニーのおかげであることをクレインは知らない。

 国家の経営や政務を、面倒な雑務と言ってすべて彼女に押し付け、いいように使ってきた彼は、レイニーの義妹リリスとの仲を深め、レイニーと離婚しようと思うと腹心のマキナスらに漏らした折、彼等から大反対をされた。

 今レイニーがいなくなったら政務が滞ると諭されたのだ。

(まあ、お飾りの王妃として置いておけば役に立つこともあるだろう)

 そうも考えリリスに話すと、幸いにして彼女は政務にはまったく興味を示さなかった。

「そんな面倒なことはお姉さまにさせておけば良いではありませんか。わたくしは貴方様の真実の愛があればそれで満足です」

 リリスはお腹をさすって笑みを浮かべ応えた。

(リリスもこう言ってくれたから温情をかけてやったのに! レイニーめ!)

 そう腹を立てたものの、レイニーがいなくなったとしても、政務はマキナス、軍事はジンライト、貴族の纏めはオールベルにさせておけば問題はないだろうと軽く考えていた。

 どうせ、彼らは大袈裟に言っているだけなのだと。

 来月半ばには、帝国の帝都マクギリスにおいて、年に一度の聖大祭が行われる。帝国の安寧、五穀豊穣を祈念する例祭が行われるその祭に、クレインは帝都に赴くことに決めた。そこで皇帝クラウディオにも報告をすればいいと考えてのことだった。


 ◇◇◇


 帝都へ出発する前日の夜。

 わたくしを心配してくださったのであろうオールベル・マクレーン公爵が、私室に訪ねてくださった。

 本来であれば男性を私室に入らせることなどありえなかったけれど、もう離婚も決まったことだ。このままオールベル先輩を無下に追い返すのも憚られ、ついつい室内に招き入れたのだった。

 もちろん、クレインに浮気されたのだからわたくしも、だなんてことは考えてもいないけれど、それでも今は先輩の優しい気持ちに少しだけ甘えたいと思った。

 応接室のテーブルを挟んで向かい側のソファーに座るよう促し、侍女にお茶をお出しするように言うと、わたくしも反対側のソファーにそっと体を沈める。

「本当によろしいのですか?」

 お茶を一口飲み、ゆっくりと切り出した彼。

「ええ。もう決めましたから」

 わたくしも、侍女の入れてくれたお気に入りのハーブティーに口をつけ、少しだけ喉を潤してから、彼の目をしっかりと見て答える。

「それにしても、陛下には困ったものです。レイニーマイン様がどれだけ国家のためにと奔走してくださったのか、まったく理解していないだなんて」

「報告はあげていたのですけどね。彼、わたくしには興味がなかったのでしょうね」

「今でこそ帝国との通商ルートも開けましたけど、それすらもレイニーマイン様の功績だというのに」

「功績だなんて烏滸がましいですわ。通商ルートについては、わたくしのことを案じてくださったお爺さまのおかげですもの。それに、マクレーン公爵、もうそのレイニーマイン様というのはおやめくださいな。王妃でなくなるわたくしは、もうただのレイニーマインで十分。学生時代のように呼んでくださいませ。オールベル先輩」

「じゃあ、お言葉に甘えてレイニーマイン嬢と、あの時のように呼ばせてもらいますね」

「まあ嫌だ。もう嬢と呼ばれるような歳じゃないですわ」

「いえ、まだ貴女は十八歳になったばかりではありませんか。まだまだお若いですよ」

「おじょうずね」

 自然と笑みが溢れた。

 こんなふうに笑うのはいつぶりだろうか。

 結婚してから今までは、クレインの手前こんなふうに男性とお話する機会も避けていたのだ。

 クレインが即位したのをきっかけに、筆頭公爵家を継いだ彼。

 お父様が先代の王陛下の弟君であるため王位継承権も保持している彼は、その血筋を示すルビーのように赤い瞳でこちらをじっと見つめてきた。

「離婚をして、それからどうされるのです?」

「どう……しましょうか。しばらく帝都で暮らすのも悪くないかもしれませんね」

「この国から出ていかれる、と?」

「半分とはいえ血のつながった妹に夫を寝取られた情けない女です。この国で醜聞にまみれ過ごすのは、ね」

「お父上はどうお考えなのでしょう?」

「もともとは、母が帝国の元皇女だったために賜れた公爵位。私は王妃となりましたし、父も一代限りのつもりで暮らしていらっしゃるはずですわ。リリスに良い縁談がきていたならば話は変わっていたかもしれませんが、いまや殿下の子を身籠りましたし」

「貴女が公爵位を継がれては?」

「先輩には申し訳ないのですが、クレインの統治下で公爵位など継ぐことに、メリットを感じられませんわ」

「なるほど。それもそうですね」

 そう言って、ふっと笑った彼のお顔は本当に綺麗だった。

 クレインほどの派手さはないものの、その整った容姿は王家の血筋をよく反映していた。

 応接室のソファーに腰掛ける、そんななにげない姿も絵になっている。

 思い返せば、学生の頃からなんだかんだわたくしのことを気にしてくれた先輩。

 今にして思えば、わたくしが小さなミスをしてしまったりした時にも、それをカバーしてくれたのはクレインではなくオールベル先輩だった。

 ああ。わたくし、クレインじゃなくてオールベル先輩を好きになっていたらよかったのかもしれないわ。

 今更ながらそんなふうに後悔した。

 クレインは、学生の時も結婚後も、わたくしのことを蔑みなじるだけで、結局一度も手を貸してくれたわけではなかった。あの頃は、ときどき頭を撫でてくれたりはしたけれど、それだけだ。

 恋は盲目、というけれど、わたくしの目は本当に曇ってしまっていた。

 よくよく考えてみれば、彼の言葉は優しさなんかではなかった。

 あれは、愛なんかではなかった。

 ただの俺様で、わたくしのことだって自分の所有物程度にしか思っていなかったに違いない。

「わたくし、なんであの人のことを好きになってしまったんだろう……」

 思わず涙がほろっと落ちた。

「僕も。もっとちゃんと勇気を出していれば良かった。クレインに取られる前に、君に告白していれば……」

 優しくこちらを見つめてそんなことを言ってくれたオールベル先輩。

 もう遅い。きっと、もう遅いのだ。

 このままこの国でほかの男性と結婚する未来なんて考えることはできない。

 それでも、たとえ励ましのための嘘だったとしても、そう言ってくれた時の彼の優しい声が嬉しくて、そのまましばらく時が止まったように泣いた。

 涙の向こうに見える彼の顔は、ずっと優しいままで。

 それが嬉しかった。


 ◇◇◇


 帝都までは、一週間ほどの旅程だった。

 聖大祭に出席するための使節団として、四両の馬車に周囲に騎士団を配置したものものしい旅となっていた。

 わたくしはクレインとは別の馬車だ。

 クレインはリリスを同伴していたから、とても同じ馬車に乗る気にはなれなかった。

 彼らとてそれは望まなかっただろう。

 今回の旅は総勢二十名で、警護する騎士団を率いるのは、ジンライト・オキニス様。寡黙で男らしく、決して他人を馬鹿にすることのない筋の通った方。

 学生の頃から、わたくしのこともずっと影で支えてくれた、優しい騎士様だ。

 銀の髪を短く刈り上げ、その瞳は見るものを凍りつかせると噂されるほどの堅物に見えるけれど、そんなクールなところが良い、と女子からは人気だった。

「レイニー様、何か不便なことがあればすぐにお知らせください。善処しますから」

 馬を馬車に横付けし、声をかけてくれたのは伯爵家嫡男のマキナス・ルルードル先輩。四歳上のため学生時代は一年しか一緒に過ごせなかったけれど、わたくしが結婚してからの二年間は、政務で本当にお世話になった。現在お父様のルルードル宰相のもと、王宮で働いていらっしゃる彼。わたくしが携わる政務の基礎は、すべてこの先輩から教わったと言っても過言ではない。

 学生時代と変わらず黒髪に黒ぶちメガネで、一見真面目そうに見えるけれど、それだけじゃない。メガネを外した時のその切れ長な瞳に釘付けになる女性ファンは多いのだ。

 国には、まだお父様世代の宰相様や騎士団長様がいらっしゃるから、そこまで不安はないけれど、いくら国王であるクレインのためとはいえ、これだけの重要なメンバーを連れてきてしまうのはどうなのかという気もしなくはない。

 

 帝都までの道のりは、すべて『紅い街道』と言われる煉瓦で舗装された道を通る。

 すべての道は帝都に通ず。

 その言葉を地でいくように、すべての国や地方が帝都に快適にたどり着けるよう、古くからこの紅い煉瓦でできた街道が敷設されていた。

 この煉瓦、実はもう今の技術では作成することも不可能なレベルの聖魔具(アーティファクト)で、自動修復、魔物避け等の魔法効果が何千年と保たれている特級品だった。

 紅い街道を通っていれば、魔物に襲われることもない。

 そして、この街道は轍一つ残ることなく常に最適な状態を保っている。

 まれに魔物避けがきかない強い魔獣が現れることもあるけれど、そんな魔獣が出現した場合には近隣の詰所から帝国の防衛隊が出動して対応することとなっている。

 王国騎士団の面々の場合、ここ数年そんな強力な上位魔獣と遭遇したことなどないはずだ。それくらい近年の旅では命の危険が迫る可能性は低く抑えられていた。

 夜は宿場に泊まり、また朝から移動する。

 魔法技術によって振動も少なく抑えられている馬車の道のりは快適で、道中の変わり映えのしない景色だけが退屈で、持ってきていた本も底をついた頃。

 そんなまったりした旅はそろそろ終わる。

 目の前には巨大な城壁。奥に見える尖塔。

 帝国が誇る帝都、マクギリスが目前に迫っていた。

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