6話 木下の誘い
アキラが客間へ着くと、優梨と客人が歓談している最中だった。
パッと見た感じはハゲでないことから坊さん関連ではない。かといって子供らの親かと思えば、それよりかは幾分か小綺麗な格好をしている。
織田家の武将か?
そうなら考えられるのは柴田殿の紹介だろう。丁重に対応しなければいけない上客なのだろうが、
「いやぁ嘉瀬殿は又左殿に劣らぬ豪傑とお聞きしましたが、その奥方はさながら華のようにお綺麗ですみゃぁ! どうです、今度お食事でも如何ですかな?」
野郎ぶっ殺。
バチコーン! と襖を開けて中へ押し入る。
中にいた優梨と客人は肩をびくりとさせて此方を見てくるが、そんな些事はお構いなしだ。
「ちょ、アキラくん!?」
「ウチの嫁に御用でしたか、そうでしたか! ならばお帰りくださいもう夜分遅いので!」
「おおう、想像以上の豪傑でしたか。いやぁもちろん冗談ですよ。御用は貴方様に御座いますので」
「お帰りください!」
「せめて話を聞いてほしいですな!」
「アキラくん、ステイっ! 止まってアキラくん!」
思いっきり胸倉を掴んで怒りを顕にするアキラを、優梨が必死になって諫めようとする傍ら。胸倉を掴まれた当人である客人は楽しそうに笑っているのだった。
ーーー
「いやぁ申し遅れた。ワシは木下藤吉郎と申す者。此度は嘉瀬殿にお願いがあって参った次第です」
「是非ともお帰りください。出口はあちらです」
「うーん、これは相当嫌われてしまいましたかなぁ」
柏原さんに手を出す奴は誰であろうと許さん。
傷一つなくマグナデアに、そして元の世界に送り届ける。それが一番の目標なのだ。
柏原さんが相手に恋をしてしまっているのなら話は違うが、少なくともこんな軟派野郎に渡すつもりはない。お父さん許しませんよ!
「それでお願いとは?」
「流石は奥方様。話が早い!」
「聞かなくていいよ、もう帰ってほしい」
柏原さんに悪影響だ。
いま生徒がいなくて本当に良かった。
「そういうわけにはいかないでしょ。アキラくんにしか解決出来ない問題があるってことかもしれないじゃない」
「む……あんまり興味はないけど。まぁ、仕方ないか」
「おお! かたじけない!」
喜んでいる猿顔の男。
知識に当てはめるなら、この男こそが日本史でも有名な『下剋上の権化』豊臣秀吉である。
前半生こそ信長の家臣として才能を発揮するが、その実この男に備わった能力は大名として人を扱う能力。戦国乱世に下剋上は多々あるが、農民から天下人へ成り上がったのは豊臣秀吉ただ一人である。
「それで、俺に何をさせようと?」
「いやぁ、実はこの尾張は今度、とんでもない脅威にさらされる予定になっておりましてなぁ」
「はぁ」
「その脅威を払うための戦に、ワシの与力として御助力願いたいので御座る。ほら、この寺子屋を乱取りで潰されると面倒でしょう?」
時は永禄3年。西暦1560年。
織田信長が治める尾張の国は、東の駿河国からの嵐に晒される。
今川家最盛期の11代目当主、『海道一の弓取り』こと今川義元による上洛作戦である。
「ああ、そういえば街が騒がしいですね」
「今回の侵攻による物ですね。尾張から美濃、六角を通って京へ向かうようです。軍事上洛ですから乱取りも活発になり、軍が通った後は残される物も少ないでしょう」
「なるほど。だから今のうちに逃げようと必死になってるのか。一般市民ってやっぱ大変なんだな」
もちろんアキラ達も例外に漏れず面倒なことになっているわけだが。
優梨を守るだけなら難なく出来る。相手は所詮武器を持っただけの人間だ。魔法使いと操術師に勝てるわけがない。
だが今回は話が違う。
アキラ達が教育を受け持っている子供達も、この侵攻の脅威に晒されているわけで……
「ですが奪われるのは我ら織田家が負けた後の話。侵攻を退ければ奪われることはない。信長様はそう仰っております」
「だろうな。勝つ前に奪うのは軍じゃない。それじゃただの野党だ」
「なので今回の撃退作戦に、又左殿と互角にやり合ったという嘉瀬殿の御助力を頂ければと思い参った次第に御座います」
……ま、やるかぁ。
話の規模が自分達だけなら行かなかったが、金銭の収入源を潰されたら元も子もない。
寺子屋の先生として、子供達を守るために戦うのも参戦する理由にはなるだろうか。ならばやる。死なない程度に。
「アキラくん?」
「じゃあ参戦します。子供達を守らなきゃいけないんで」
「流石ですな嘉瀬殿! やはり希代の傑物は話が早い!」
パチンと手を叩いて、嬉しそうに笑う藤吉郎。軟派な野郎だが憎めないヤツだ。
「あくまでも守るために参戦するだけですからね?」
「そりゃ勿論! 嘉瀬殿にご迷惑をおかけするつもりは御座いませんからな!」
そう思うなら此処に来ないと思うのだが。
……にしても参陣の誘いが、まさか面識のない木下から来るとは。何か来るなら柴田殿からと思っていた。
多分参戦の可否は変わらないだろうし、どちらでもいいか。アキラにとっても戦う理由はある。それだけだ。




