7話 VS今川軍2万5000
その日は梅雨前線真っ盛りの、激しい雨天であった。
風が吹き荒れ、大粒の豪雨が横殴りに兵達を叩いた。さながら今川が上洛するのを止めるかのようだった。
今回の上洛作戦、弱まった足利幕府政権を掌握するための物であり、これが成功すれば畿内はおろか日の本を統一することだって不可能ではなくなる。
背後には河越以来の盟を結んだ武田、北条。
前を阻むのら織田、斉藤、六角。どれも現在の今川からしてみれば圧勝出来るほどの兵力差がある。
今川の天下は間違いない。三河、遠江の民は『将軍・今川義元』が天下を統べる姿を夢見てやまなかった。
「全軍、止まるでごじゃる」
兵力にして二万五千。
最早誰にも止められない軍事上洛の総指揮を取るのは、本隊にて馬を駆る今川義元である。
義元は雨の中で疲れを見せ始めた兵を見て、休息を取るために進軍を止めることを決断する。
「一度休憩を挟む。数刻後に出陣する故、準備を始める旨を全軍に伝えるでごじゃる」
「はっ!」
背側面に丘陵故、小規模の土砂崩れでも起きない限り一人たりとて怪我することはないだろう。
そう判断しての休息だった。義元の判断は、普通の敵を相手にしていたら何も問題はない判断だっただろう。
だがしかし生憎様。……この場合はご愁傷様と言った方がいいのだろうか。
今回相手にした敵は、二重にも三重にも普通ではない……まさに尋常ならざる敵であった。
ーーー
「はぁ、はぁ、こりゃ流石に堪えますな! 嘉瀬殿! 又左殿!」
「そりゃオメエの体力不足だぞ藤吉郎。オレも兄弟も息なんざ切らしてねぇぜ」
「ん……まぁ、うん」
足だけ動かして、例の如く操術を使って自動移動をしているアキラは少し気まずそうにしながら頷いた。
大名が駆る騎馬隊が先陣を切る中、足軽隊に配属されたアキラ達は馬に付いていく形で走っていた。
「そもそもなんで雨天決行なんだよ。どう考えても戦いづらいだろ」
雨中で冒険をしたことのあるアキラが不満を漏らす。雨だと土が泥になって扱いづらく、土操術しか武器がないアキラにとっては致命傷だ。
「さぁなぁ……信長様の考えは常軌を逸してるからな。考えるだけ無駄だぜ」
「又左殿の言う通りですな。従えば勝つ。或いは手法を見て盗む。これくらいしか出来ることはありませぬからな」
どう見ても一番疲れ切っている藤吉郎が、この戦いを勝ち戦だと思っていることに素直に驚く。
どう考えても負け戦だろこんなん。味方兵五千に対して相手は二万超え。勝てると思っているのか。
「さりとて相手は東海の雄。故に勝てる方法を献策し、いまそれを実行しているのでしょう」
「勝てる見込みがあるなら大丈夫だろ。問題はオレ達の働きだからな。働く奴は勝つ。働かないヤツは死ぬ。それだけだろ」
「……まぁ、そだな」
アキラはこの戦争の行く末を知っているからこそ、孫四郎の言葉に深く頷いた。
桶狭間の戦い。
圧倒的兵力差で尾張へと侵攻してきた今川に対し、織田信長が少ない手勢を率いて奇襲を仕掛け今川義元を討ち取った日本三大奇襲の一つ。
上記の通り勝者は織田信長。
しかしアキラというイレギュラーが存在している以上、バタフライエフェクトが起きてもいても何ら不思議ではない。そもそもこの世界線で織田信長が勝つかもわからないのだ。
ならば海道一の最期を看取る責任がある。
「戦いに間に合えばいいな」
「それはそうだな。そこは頑張るしかねぇな」
ーーー
斯くして天下は開かれん。
思へばこの世は常の住処にあらず。
人の行く末を遮る嵐、
世は無情の乱世なれば。
草葉に置く白露、
水に宿る月よりなほあやし。
金谷に花を詠じ、
榮花は先立つて無常の風に誘はるる。
南楼の月を弄ぶ輩も、
月に先立つて有為の雲にかくれり。
人間五十年。
下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり。
一度生を享け、
滅せぬもののあるべきか。
これを菩提の種と思ひ定めざらんは、
口惜しかりき次第ぞ。
ーーー
「アキラくん……」
「心配ですか、優梨様?」
「うん。私の知っている彼は、強くないから……」
「そうでしょうか? とてもお強いと思いますが」
「ううん。そうじゃなくて」
まつの言葉を、優梨は首を振って否定する。
「自分の意志で、人を殺せるのかなって」




