5話 嘉瀬塾開講
あれから数週間が経った。
戦国乱世の尾張国に来てからというもの、アキラと優梨はどうしようもないくらいには忙しい日々を送っていた。
アキラ達が開業しているこの地域にも、かつて寺子屋はあったようだが、そこの先生が病に伏せこの世を去ってから後継者と呼べる人はいなかったようだ。
そこで子供を持つ各世帯の庶民達が考えたのは、他の地域よ寺子屋に通わせる、いわゆる遠距離通学だった。
もちろん清州城下限定ということもあり、そこまで遠い距離ではないが、子供すらも貴重な働き手となるこの時代ではあまり通学に時間をかけさせたくないという。
そんな小さな問題を抱えていた時に颯爽と現れたのが、アキラの開いた『嘉瀬塾』だった。
他の寺子屋とは違い、黙々と文字を書いて読み書きの練習をする黙勉ではなく、遊びを取り入れるという手法を取ったこの時代にとっては新しい勉強スタイルである。
「じゃあ次の問題ね。『月で餅つき、羽を持つ獣』。はいこれわかる人? せーのっ」
「「「ウサギ!」」」
「はい正解。みんなもよく食べるよね。数え方は一羽二羽だから気をつけてね」
というか、そもそもなんで子供に黙勉なんてさせるのだろうか。積極的に知識へ関わっていくスタイルこそが、今の戦国乱世に必要なのではないだろうか。
武功を立てるために従軍し、何も知らないままに死ぬ。
戦う理由も知らずに、ただ自分の名誉のために戦うなんて、儚いことこの上ないな。
「お疲れ様、アキラくん」
「うん、お疲れ様。算数なんて国語よりも疲れるでしょ」
「ううん。そんなことないよ。教科書は自作だし、すごくやりやすいかな」
他の寺子屋で使われている『庭訓往来』を撤廃し、自分達の教育スタイルに合わせた教科書を自作している。
名付けて『阿書』。アキラ達が受けた平成の初等教育を詰め込んだ一冊である。
歓談の巻、算盤の巻と2巻に分けて作成した教科書であり、この時代ある知識、ない知識を組み合わせて載せた戦国時代の人からしたら最先端の教科書になるであろう。
「あんまり難しいことは、やっぱりご時世で出来ないしな……」
「頭が良すぎると出家させられちゃうんだっけ? すごいディストピアだよね」
「うん。だから良すぎず悪すぎずくらいが、ちょうどいいんだろうね。庶民兵を使う武士達にとっては」
結局のところ平民も農民も、国を治める武士達にとっては一人の兵力に過ぎない。
有能すぎる人材を持っても、自分にとって諸刃の剣になるか、或いは障害になり得るかしかない。
血統価値を重んじる武士達にとっては、そういう有能は邪魔な存在でしかないのだろう。
「ま、こっちも頭のいいハゲを大量生産するわけにもいかないしね。この時代、自重って本当に大事だね」
「だねぇ。あ、お風呂入る? 入るなら沸かすよ?」
「あ、お願いします。俺は夕飯作ってくるね」
この時代、一般家庭には湯船に浸かる風呂がない。あっても蒸し風呂が主流だ。
そんなのに入ってられない。アキラが好きなのは肩まで浸かれる風呂。仕事疲れを流せる湯船なのだ。
というわけで自作したのが土風呂である。
お湯を沸かすための魔法の機構を作ったのは優梨であるが、風呂自体の造形はアキラの操術で作成した。
この時代で一般的な釜風呂ではなく、足を伸ばして肩まで浸かれるタイプを意識して術式を組み上げた。
「湯張り終わったよ」
「ありがとう。面倒かけたね」
「いいよ。魔法使えるの私しかいないし。アキラくんは料理してくれてるでしょ?」
家事分担は大事だ。
そもそも戦国時代にはない文化を使っていることもあり、一般的な庶子とはやることが段違いに多い。
現代科学、魔法文明、そして安土桃山文化。風呂には古代ローマのテルマエ文化。アキラの作る料理に至ってはさらに多岐に渡る。
知識がないと出来ないことばかり。ただの家事であろうと適材適所が大事になるのである。
「フライパンがないのキッツイな」
「鍛冶屋の人に頼んでみたら?」
「でもここら辺の鍛冶屋っていったら刀鍛冶じゃない? 流石に製法が違うんじゃないかな……」
「聞いてみないとわからないよ。もしかしたら出来るかもしれないしね」
「うーん……そうかなぁ……?」
後日聞いてみることにしようか。
そんな会話の後、アキラがそろそろ料理を作り終えるであろうかと言う時くらい。
『夜分遅くに申し訳ない。嘉瀬殿の御宅はこちらで合っているだろうか?』
突然の来客があった。
アキラは何事かと思い、今日行った小テストの採点をしていた優梨に対応を頼む。
「……優梨、頼んでもいい?」
「……うん、任せて!」
優梨の戦闘力なら剣士でも来ない限り大丈夫だろう。そう判断して蒸し米の調理に目を戻す。
火の管理をしている間はあまり動きたくない。
調節を間違えたら火事の元になる。ある程度の支度を整え、アキラは客人が招かれた客間へと向かうのだった。




