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元彼の息子と幼馴染み  作者: 咲山空
短大生
13/14

懐かしい顔との再会

 

 グラウンドには多くの女の子達がつめかけていた。もう少し早く来ればよかった、と後悔するも、この方が都合がいいと自分に言い聞かせる。

 裕也が私のアパートを黙って出ていったのは今週の日曜日だった。朝起きるとミニテーブルの上にルーズリーフが置いてあった。そこには、昨日はごめん。お世話になりました、とだけ書いてあった。ルーズリーフの一番上の行に綺麗な文字で書かれたその二言だけのメッセージに私は寂しさと、虚しさと、それからどこかほっとした気持ちにもなった。

 このままだと裕也との関係がさらに拗れてしまう、そう思ってあの夜私は裕也が静かに出ていくのを黙って見送ったのだ。

 あれから裕也からはなんの連絡もなく、早苗さんと裕から連絡がきた。裕也と裕が仲直りをしたと聞いた。裕也が裕の出張先まで行ってじっくり話をしたのだという。どんな風に話をして、裕也がどのように受け止めたのか、そこまでは聞かなかったけどああ、これで元通りだなと思ったのがその翌日、月曜日だ。

 そして今日は裕也の通う中学校と私が住んでいる近くの中学校のサッカーの練習試合がある。私は行こうか迷ったけど結局行くことにした。直後にあんなことになるなんて思ってもみなかったけど約束はしたのだから、と。それに観客がたくさんいるなら自分がいてもわからないだろう、そう思って最後になるかもしれない裕也のサッカーをしている姿を見にきたんだ。

 もしかしたらサッカーをしている姿だけじゃなくて裕也を見るのも最後になるかもしれない、なぜかこのままもう裕也と前のように話すことも会うことさえもできないような気がした。だから私はデジカメ1つ持ってここに来たのだった。

 先ほどから聞こえる歓声はその全てが裕也に向けられていた。裕也がパスを受けた時、裕也がパスを出す時、裕也が相手からボールを奪った時――。裕也がシュートを決めた時は四方八方から歓声が沸いた。相手校の制服を着た女の子たちも揃って裕也を応援していることがわかる。

 私は1枚だけ写真を撮ってその場を離れた。中学校の正門を通ろうとした時、後ろから声をかけられた。振り向くと背の高い細身の男の子が立っていた。どこかで見たことのある顔だが思い出せない。眉間にシワが寄っていたのか、その男の子は自分の眉間に手を当てて笑う。



「やっぱ忘れちゃったか」


「すみません。どちらさまですか?」


「わ、すごい他人行儀。俺だよ、松崎」



 今まで会ったことのある松崎さんを思い出して辿り着いた。



「あ、小学生の時の…」


「そう。同じ地区だった松崎智哉」



 松崎君は小学5年生まで同じ学区にいた。確か6年生になる前に親の転勤で引っ越しをしたはずだ。

 もう一度彼をよく見てみるとあの頃と変わらないのは笑った時のえくぼだけで真っ白だった身体は真っ黒になり、当然だが当時私と変わらない身長だったのに今は私の30センチは上に目線がある。



「思い出してくれた?あきちゃん」


「うん。思い出した。久しぶりだね。この近くに引っ越してたんだ?」


「そう。ここ俺の母校でちょっと用事があったから来ててさ」


「私は幼馴染みの試合を見に」


「サッカーだよね。もしかして裕也君?」


「裕也のこと覚えてるの?」


「まあね。あきちゃんに懐いてた子でしょ」


「懐いてた、っていうのかなぁ」



 前までは裕也に好いてもらってた、懐いていたとはいいがたいけどかわいい弟だと言えていたけど――。



「今でも仲良いんだね」


「うーん。まあね」



 曖昧な答えに松崎君はそれ以上聞いてこなかった。代わりにちょっと時間ある?と聞かれて私はうん、と答えた。



「それじゃあお昼一緒にどう?」


「あ、ごめん。私お金持ってないんだった」



 自分がカメラしか持ってきていないことを思い出した。



「俺が出すからいいよ」


「いや、悪いよ。何なら私が住んでるアパート近くだからうち来ない?」


「え、いいの?」


「もちろん。行こう」



 松崎君と並んでアパートへと向かう。並んでみると背の高さは裕也と同じくらいなのに少し感じが違う。



「そりゃあ彼と比べたら貧弱だもんな、俺」


「えー、そういうことじゃないよ。けど松崎君細い。すぐ折れちゃいそう」


「心外だな。そんなやわじゃないよ」


「ふふ。だよね」


「あきちゃんって大学?」


「短大だよ。桜花学園知ってる?」


「知ってるもなにも俺その隣の大学だよ」


「そうなの?国立?すごいね」


「そんな大層なものじゃないよ。けど偶然だね」


「ね。通い?」


「そう。実家の世話になってるよ。店の手伝いさせられるしで大変」


「あれ?松崎君の家ってお店なの?」


「ばあちゃんが倒れて小学生の時に俺の親が店継ぐことになったんだよね」


「あら、そうだったの?私勘違いしてたみたい」


「まあ同級生の転校理由なんて覚えてないよ。それにほとんど親の転勤、とかだからね」


「ごめんね。そしたらあれだね。勉強もあるのに忙しいでしょ」


「まあね。あ、そうだ。あきちゃんってバイトしてる?」


「ううん。してないよ」


「あ、でも忙しいよな…」


「なに?」


「あきちゃんうちで働かない?普通の定食屋なんだけど」


「え、いいの?丁度バイトしたいなって思ってたの」


「でも忙しくない?」


「うーん。けど周りの子も結構してるし。土日だけなら…っていいのかな?」


「十分だよ。よし、決定」


「ちょ、ちょっと待ってよ。面接とか、いろいろあるでしょ」


「平気だよ。あきちゃんなら」


「いやいやいや。それじゃ駄目でしょ」



 そう話している間にアパートの目の前まで来た私はふと思いついた。



「ねえ、そしたら今から松崎君ちのお店に行くってのはどう?」


「俺最初そのつもりだったんだけど」


「え、そうなの?じゃあお財布持ってくるからそうしよう」



 急いで部屋から財布を持って戻って来ると満面の笑みで松崎君は待っていた。



「どうしたの?」



 松崎君ってこんなに笑う人だったかな。小学生の時の記憶を辿ってみると、まあ笑顔が似合う少年だったということは思い出せたけど…。



「いや。無防備だなって」


「無防備?なにが?」


「普通男を自分のアパートに連れ込もうとする?」


「連れ…た、確かに軽率だったわ。けど、ねえ?」


「誰に聞いてんの。まあいいけど。俺だからよかったんだからね」


「はーい。以後気を付けます」


「よろしい。それじゃあ行こう。ここからすぐだよ」



 松崎君の言う通り、彼の家の定食屋へは5分程度で着いた。短大へ行く時に通る道にあったそのお店は部活帰りであろう学生が何人かいた。

 厨房でガタイのいいおじさんが包丁を使っていた。そしてホールでは真っ白なエプロンが似合うおばさんが学生の注文を取っていた。松崎君のお父さんとお母さんだろう。



「ん?智哉。もう帰ってきたのかい?」



 彼女は厨房に唐揚げ定食と生姜焼き定食を伝えてから言った。



「すぐ帰るって言っただろ。それよりこの子、バイトで雇ってよ」


「可愛い子だね。どこで捕まえてきたんだい?」


「捕ま――」


「違う違う。転校する前の小学校で友達だった子」


「紺野あき――」


「ああ、紺野さんね。懐かしいわ。あの賑やかな」


「ええ、その賑やかな紺野家の」


「こんなに別嬪さんになってえ」




 全然喋れない。おっとりしていそうな第一印象だったけど案外そうではなさそうだ。

 彼女はそう言いながら店の奥に行ってしまった。しばらくすると白い布を持って戻って来た。



「はい」


「はいって?」



 渡された布を広げてみるとそれはエプロンだった。



「え、これってどういう――」


「今日からよろしくね、あきちゃん」


「え」



 今日から?って今から働く、と?

 隣にいたはずの松崎君はいつの間にか厨房にいて女将さんは料理を運んでいた。

 突っ立っているわけにはいかないと思った私は急いでエプロンをつけて仕事に取り掛かった。

 午後の4時、お客さんの入りが引いてから女将さんに上がっていいと言われ、そういえば昼ご飯を食べていないという話になり、カウンターに松崎君と並んで座った。



「まったく、早く言いなさいよ」


「いえ、お腹空いてなかったので」


「ごめんねぇ。気の利かないおばさんで」


「本当に、大丈夫ですって」


「けどそれを言わない智哉もどうなのかしら」


「俺は言おうとしたんだ。けどそのあとすぐに客が押し寄せてきただろ。言うタイミングがなかったんだよ」


「いいって。お客さんがいっぱいなのに私が食べているわけにもいかないでしょ。それに松崎君だって食べてなかったじゃない」


「俺はいつもこんな感じだから」



 そう話している間に私の前に焼魚定食、松崎君の前にコロッケ定食が置かれた。



「いただきます」



 松崎君のお父さんは寡黙な人みたいだ。私に右手を挙げるだけで応えてくれた。



「おいしい」


「よかった。それじゃあごゆっくりね」


「ありがとうございます」



 女将さんは私に笑顔で応えてくれた後仕事に戻った。ふと隣のコロッケに目が行く。



「松崎君って昔からコロッケ好きじゃなかった?」


「え、よく覚えてるね」


「なんとなくね。普段おかわりしないのにコロッケだけはおかわりしてた気がする」


「そうそう。けど一番好きなのはばあちゃんが作るコロッケなんだよね」


「へえ。いいね、そういうの」


「あきちゃんは甘いものが好きだったイメージがある」


「うん。あいかわらずの甘党だよ」


「そういうのと普段のサバサバした感じのとのギャップが可愛かったんだよね」


「は?」



 可愛い?今可愛いって言いました?



「言ったよ」


「え、今口に出してた?」


「うん」


「ああ、そう…」



 不思議な沈黙が続いた。



「って、冗談やめてよ、まったく、本気にしちゃうじゃない」


「いいよ」


「いいよじゃなくってですね」



 お箸を片手に松崎君の方に顔を向けると彼はじっと私のことを見ていた。目線が合ってそのまま私は目を離せなかった。

 先に口を開いたのは私でも松崎君でもなく女将さんだった。



「2人とも、そういうのはもっとムードがある場所を選びなさいよ。こんな定食屋で――」



 ほら、さっさと食べて、と促された私は一気にご飯をかき入れた。

 ご馳走様でしたと一言女将さんと親父さんに伝えると女将さんにはウインクで返され、親父さんにはまた右手で応えられた。

 そしてお店を出てそのあとに松崎君が続いた。さっきの可愛いはどういう意味で?その疑問がさっきから頭の中をぐるぐると駆け回っている。



「とりあえずそこで」



 そう言って松崎君が指差したのは店先の自動販売機の隣のベンチだった。



「やっぱりムードあったほうがいい?」



 私は首を一旦傾げて次に横に振った。

 ベンチに座った私は松崎君の言葉を待つ。



「俺実はあきちゃんがこの辺に住んでるって知ってたんだ」


「え、そうなの?」


「学校まではわからなかったけど、ほら、この道通るとこってうちの大学と桜花と他にもいくつかあるじゃん?」


「うん」


「裕也君と一緒に歩いてるの見てさ、付き合ってるのかなって思ってたんだけど」


「裕也と?そんなわけないよ」


「それなら、いや、違う」



 松崎君は頭を抱えて小さくなにか呟いた。そして勢いよく頭をあげてベンチから立ち上がった。



「あきちゃん。俺小学生の時からあきちゃんのことが好きだったんだ。よかったら付き合ってほしい」



 私の真正面に立って真っ直ぐ目を見て松崎君は言った。

 私はしばらく呆然と彼を見つめていた。お互いになにも言わず、そしてしばらくして彼は頭を掻いて苦笑いをした。



「って、いきなり言われても困るよね」


「あ、いや、その、驚いただけで…」


「あきちゃん今好きな人いる?」


「ううん。いないよ」


「そしたら俺のこと考えてほしいな」


「付き合うかどうか?」


「そう。返事はいつでもいいから」


「…わかったわ」


「じゃあ送るよ」


「え、いいよ。お店戻らなきゃでしょ?」


「平気平気」



 そう言って歩き出した松崎君のあとを私は慌てて追いかけた。

 帰り道の5分間、彼はお店には今日のように学校帰りの学生がよく来ることを話してくれた。短い距離だったけどすごく楽しい時間を過ごしたと思った。



「送ってくれてありがとう。それから、その…」


「ああ、返事はいいんだって。これから頑張るんだから」


「頑張るって?」


「アピールだよ、アピール」


「あ、アピール…」


「それじゃあ、また明日」


「うん。またね」



 走っていく彼の後ろ姿を見て私はまたぼうっとしてしまった。

 つい5分ほど前に告白されたことを思い出して今更ながら顔が赤くなっていくのが自分でも分かった。



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