女心のわからずや
裕也と二人暮らしを初めて一か月が経った。その間に裕也の誕生日を久しぶりにお祝いできてしまった。いや、嬉しいんだよ?嬉しいんだけども…。
「反抗期ってやつなのかな…」
「そういえばあきは反抗期なかったよな」
「んー。まあね」
そりゃあ反抗するなら生まれ変わった直後に運命に反抗してるよ。今思い出しても恥ずかしい乳幼児期だった。
と、今話しているのは将兄。私のアパートへ様子を見に来てくれたんだ。まあ、裕也は部活でいないけど。
「こんなに長くなるとは思わなかったよ。この前早苗さんに裕也の宿泊代と生活費の足しにってお金貰っちゃったよ。いいですって言ったのにさ」
「お袋も気にしないでって言ってたのにね。だったら直接あきにって思ったんだろうね」
そうなんだ。将兄の前には早苗さんがうちを訪れてきてお菓子と無理やりお金を置いていった。将兄だって高校生の時泊まらせてもらってましたし、と言っても引き下がってくれない早苗さんには若干驚いてしまったけど。だけど最終的に育ち盛りの裕也にはたくさん美味しい物を食べさせてあげないといけないんだもんなって納得した。
「ところで裕さんは?」
「今は出張に行ってるよ」
「また?裕也が帰った時も出張だったって言ってたよ?」
「なんだか最近多いみたいだよ」
「へえ。そうなんだ」
ちなみに将兄には詳しいことは話していない。死んだ元カノのお墓参りに毎年行ってるだなんて私以外の人はみんなえ?ってなると思うから。
早苗さんとは何度か電話で話をするんだけど裕とは全然話ができない。将兄によると大きなイベントを取り仕切ることになって今年は例年以上に忙しいみたいだ。
私的には早くどうにかしないとどんどん溝が深くなっていっちゃうような気がするんだけどな。
「とりあえず俺も裕さんに少し裕也と話す時間作れないか訊いてみるよ」
「うん。よろしくね」
「じゃあ俺もう行くわ」
そう言って立ち上がる将兄に鞄を手渡す。
「ありがとうね、将兄」
「いいって。勉強頑張れよ」
「うん」
と言った後にそういえば隼斗は元気?と私が訊いたから将兄がそれがさあ、ともう一度座りなおした。隼斗っていうのは健兄と友里恵さんの子供。今1歳でこれがまた可愛いんだ。
「それがなんと一人で歩けるようになったんだ」
「ええっ。私が会った時はまだ伝い歩きだったのに!!」
「歩いて俺のところまで来たんだよ」
「将兄ずるいよ」
「いいだろー」
「いいなー。友里恵さんに動画送ってもらお」
「それにしても隼斗は友里恵さん似でよかったよな」
「ふふ。そうだね。将来可愛い系イケメンだよ」
「あーいいなあ」
「将兄も早く子供作ってよ」
「まだ学生だから駄目です」
「女の子もいいよねー」
「聞いてないし」
聞いてるよ。もちろん将兄のお相手は由美さんだ。由美さんは大学には行かなくてOLさんとして働いてる。将兄が大学を卒業したら籍を入れるって今は婚約の段階なんだ。卒業って、6年制の薬学部に通う将兄にはまだまだ遠い先の話なんだけどね。
「婚約破棄されないようにね、くれぐれも」
「縁起でもない」
「いや、いつ捨てられるかわからないよ。将兄は乙女心をわかってないから」
「なんだよそれ」
「なんでもないよー。でも問題です。明日はなんの日でしょう」
「明日?なんかあったか?」
「由美さんと付き合った記念日でしょうが。女の子はそういうの気にするの」
「あー、忘れてた」
「去年もそう言ってたじゃん。由美さん笑ってたけど気にしてたんだからね」
「おーおー。気を付けます。けど明日もなぁ…」
「少しでいいから会う約束をしないと。ほら、今すぐ」
「わ、わかったって」
急いで携帯を開いてメールの文章を作る将兄を見てため息をつく私。実は将兄と由美さんは一回別れてる。別れたっていうか2ヵ月くらい距離を置いてって感じだった。だけど改めて付き合おうって6月17日が記念日になったんだって。それなのに将兄は去年も、っていうか記念日を覚えていた試しがない。
由美さんは本当に気持ちのいいほど優しい人だから私はそういうのにこだわるほど女の子じゃないから、って言ってたけどしっかり手作りのお菓子を作ってるんだから女の子だよね。学生の将兄が気にするから高価な物はいけないんだって言ってて、あぁ、本当に由美さんはいい人だな。
「あー、俺。――そう、今あきのアパート。――いや、別になにかあったわけじゃないんだけど――あー、そのさ、明日用事ある?――まぁ、そうなんだけどさ、あれじゃん。――その、記念日だろ?…俺らが付き合った。――まぁな。だからその、夜になっちゃうけど会えないかな?――ああ、うん。じゃあそういうことで」
漏れ聞こえた由美さんの、将兄が記念日を覚えていたことに対する驚きの声に私は少し笑ってしまった。でも由美さん、嬉しそうに覚えていてくれて嬉しいって言ってた。
なんて乙女な女性なんだろうか。本当に将兄にもったいないよ。
電話を切った将兄の綻んだ顔。だけど私がにやにやしているのを見たとたんに慌てだした。
「なんだよ…?」
「別にー」
「まったくなぁ…」
「いいよいいよ?どうせまた何日も声も聞いてなかったんでしょ?」
「…なんでわかったんだよ」
「いつものことだからだよ。そうやってほったらかしにしてるから将兄は駄目なんだよ」
「彼氏ができたことないやつに言われたくないんだけどな」
「べーだ。彼氏がいなくても女の子だから女の子の気持ちはわかります。ほったらかしにされてたら不安になって由美さんみたいに可愛い女の人はすぐに他の男の人に声かけられて慰めてもらってコロッとその男の人を好きになっちゃったりするんです」
「それは漫画とかドラマの見すぎだろ」
「実際あるの。だからちゃんと由美さんのこと捕まえておかないとだよ」
「はいはい」
「はいは一回」
「あき…お前母さんに似てきたな」
「お母さんの子だもの。ほら、早く帰って由美さんにプレゼントを買いに行きなよ」
「わかった。じゃあまたな」
「うん。今度こそバイバイ。ありがとうね」
玄関まで将兄を見送って私はベッドに座る。時計を見ると時刻はもうすぐ4時になろうとしていた。そろそろ夕ご飯の支度を始めようか、もう少しゆっくりしようか、と考えていると携帯が鳴った。
ディスプレイを見るとそれは裕からの着信で私はすぐに通話ボタンを押して携帯を耳にあてた。
「もしもし裕?」
「久しぶり」
「久しぶりじゃないよ。なんで一か月も連絡取れないのよ」
「ごめんごめん。忙しくてさ」
「もう、大変なんだよ、裕也がさ――」
「早苗から聞いてるよ。ごめん」
「私はいいけど早く裕也と話しないと」
「そうなんだけど今回は1週間帰れないんだよね」
「そうなの?だったら電話でいいじゃない」
「電話、出てくれると思う?」
「出ないかな」
「でしょ」
「もう、裕がぼさっとしてるから裕也がどんどん親離れしてるよ。このまま独り立ちしそうだよ」
「ええ…。どうしよう」
「私に訊かないでよ。それよりだいたいなんでまだお墓参りなんてしてるのよ」
「それがさ、あ、ちょっと待って。はい、はい。すぐ行きます。――ごめん、亜季。もう行かなくちゃ」
「はあ?仕事中だったの?仕事中に電話してこないでよ」
「仕事終わるの夜中なんだ。夜中に電話する方が怒るだろ?」
「そりゃあ、まぁ、そうだね」
「だから、ああ、ごめん。じゃあまた掛けなおすね」
「うん。身体に気を付けて」
「ありがとう。それじゃ」
「じゃあね」
私は携帯をテーブルに置いてベッドに横になった。
はあ…。裕は忙しいんだなあ。忙しのはわかったけどなんでまだ私のお墓に毎年行っているのか訊くことができなかった。裕の仕事が落ち着くまで裕也の誤解を解くのは難しそうだな。それまでに私にできることってなんだろう。
ベッドの上で考えている私だったけどしばらくするともう夕ご飯の支度をしないとな、と立ち上がって台所に向かった。




