【19】 集大成のトッピング
それから2日後。
ボートレース戸田最終日。
予想屋『六さん』が、
人生最後の大勝負に出た。
六郎「もう俺もこれが最後かもしれない」
お立ち台の横にいる助手に向かって言った。
助手は、黙って頷いた。
六郎は、自分の命が燃え尽きようとしているのを、
朝起きた時から感じ取っていた。
六郎(思えば、16年間、良くやってきたものだ)
六郎は、つくづくそう感じた。
六郎(市役所のあんちゃんが『死ぬ間際まで、出来る仕事があっていいですね。私たちは、定年で辞めさせられちゃうから』と、言ってたけど、本当だな。この仕事で良かったよ。短いけど、いい人生だった。悔いはねえ。今日、悔いのない最後の予想をするよ)
六郎が国民年金課の金塚の顔や表情を思い浮かべながら
人生を振り返った。
そして、六郎が、
木で作ったお立ち台を右手のひらでやさしく撫ぜ始めた。
六郎(このお立ち台も、手作りの割には、ここまで良くもったもんだ。予想が当たれば『お立ち台』だが、予想がハズレればお客様から罵声を浴びる『死刑台』に早変わりよ。因果な商売だな)
六郎(プロスポーツの選手たちがよく『結果がすべて』と言うが、その最たるものが俺たちだろうな。予想が当たれば、ご祝儀で万札を数枚貰えることもあるが、ハズレれば『ふざけんなバカヤロー』と言って客は去って行く)
六郎(この世界は、世襲制。新規参入はできない。俺が助手をしてた頃、親父が言ってたっけなぁ。『客は鉄火場(ギャンブル場のこと)に居ると、熱くなり気も荒くなるし、言葉も荒くなるんだよ』と)
『鉄火場』とは、元々、刀や包丁の刃を作る鍛冶場のことであるが、
公営競技場、パチンコ店、雀荘、株式市場を指して言う者が居る。
【回想の始まり】
六郎の父「ボートレース場は他のスポーツ同様、真剣勝負の『スポーツ競技場』なんだよ。客に『鉄火場』なんて言わせちゃいけねえや。第一『鉄』っていう字は「金」を「失う」って書くから、こいつはいけねえや。こんな言葉、いつか無くさないといけねえな。おめぇの立つ場所は立派な『スポーツ競技場』なんだからな」
【回想の終わり】
六郎(親父が言ってたとおり、ボートレースは、今や立派な『スポーツ競技』として人々に認知されている。『2連単』『3連単』などの舟券は、その競技をより楽しく、より夢中にするためのひとつの材料に過ぎないのだ。ラーメンで言えば、『チャーシュー』『煮卵』などのトッピングと思ってもいい。だから、俺たち予想屋は、最高のトッピングを客に提供しなければならないんだ)
六郎は、今日がその集大成のトッピングを作れる日だと
考えていた。




