眠るラナンとの再会
城もだいぶ元通りになってきた頃、
トーアがレティアの元へやってきた。
トーア『レティアちゃん。本当にヘレボルスを助けてくれてありがとう。
ディセントラも、ラヴィエもいなくなって‥‥
平和になったけど、やっぱり誰かが死ぬのは後味が悪いものだよね。
ラインハルトも操られさえしていなければ
罪のない人たちを殺めるような王様じゃなかったしさ。』
トーアは寂しそうにに言った。
レティア『‥‥‥そうね。
それに、亡くなった人たちは戻らない。
ソフィアのお母様も、親友も、民達も‥‥
そして森に住んでいたたくさんの動物達もね。』
レティアも俯いた。
かつてレティアはこの国を守っていた天使だったのだ。
澄んだ目の動物達の存在を、忘れたことはない。
レティアはもう数ヶ月も経ってしまった、
終戦の日を思い出した。
レティア『トーア。
覚えてる?ディセントラが死ぬ前に、
意味深なことを言っていたわよね。』
トーアも少し考えてから口を開いた。
トーア『‥‥確かに言っていたね。
【私は殉教者になる】
【必ずや全世界はあのお方達の手に】ーー‥‥』
トーアはディセントラの最期の言葉を呟いた。
レティア『殉教者って、どういう意味だっけ?』
トーア『自らの信仰のために命を失った者のことさ。』
レティア『自らの信仰‥‥
ディセントラは黒魔術を使ったから‥‥悪魔を信仰していたってこと?』
トーア『そうかもしれないし、違うかもしれない。
何故なら、前も話したけど
黒魔術は、ディセントラの心の闇に付け込んだ
【誰か】が
わざと彼女ディセントラの目に触れるように仕向けたから。
その【誰か】こそがディセントラの信仰する者かもしれないよね。』
レティアは頭がパンクして
湯気が出そうになる。
トーアはその姿を見て優しく微笑んだ。
トーア『一緒にこれから暴いていこう。
君とミラちゃんへの恩は忘れないから。』
レティアはその言葉に力強く頷いた。
2人の間にしばらく沈黙が続いた。
トーアはしばらくどこかを虚に見つめていたが、
おもむろに口を開いた。
トーア『で、レティアちゃん。
約束のラナン君の眠る場所を教えるよ。』
レティアは目を開く。
そうだ、ヘレボルスを助けたら、
ラナンのお墓を教えてくれる約束だったのだー‥‥‥
トーア『シャーマンのいる国。
そこにラナン君が眠っている。
大きな赤い鳥居がある場所さ。』
トーアはポケットから何かを取り出すと、
レティアに握らせた。
花の絵が描かれた栞のようなものだった。
トーア『シャーマンの国に着いたら、
お札と結界が貼られているお家を目指して。
レティアちゃんならすぐオーラでわかるよ。
チャイムを押して、男の人が出てきたら
この栞を見せて、君の名前を伝えて。』
レティアはトーアの説明を忘れないように
何度もトーアの言葉を頭の中で浮かべた。
レティア『わかったわ。』
トーア『今日は時間がある。
今から行っておいで。
‥‥ちゃんと帰ってきてね。』
トーアの言葉を聞いた瞬間、レティアは駆け出していた。
大好きだった、ラナンの眠る墓‥‥‥
そしてラナンの父が住む国‥‥‥
少し前まで天界にいたはずなのに
まるで遠い昔のことのように感じられる。
そのくらい、人間界に来てから色んなことがあった。
目まぐるしい毎日なのだ。
たまにふと思う。
もしかしたらこれは全て長い夢で‥‥‥
目覚めたら、大輪の笑顔を咲かせるラナンに会えるのかもしれないと。
修行に寝坊するレティアが
アウロに叱られているのを、笑いながら優しくフォローしてくれる
懐かしいあの日々に‥‥‥
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かれこれ3時間は走っていただろうか。
大きな鳥居が聳え立つ場所に辿り着いた。
ミラのおかげで地図が読めるようになったレティアは、
少しも迷わずに シャーマンのいる国に着くことができたのだった。
レティア『ラナン‥‥‥』
レティアはつぶやいた。
ラナンに、会える。
どんな姿だとしても、ラナンに会えるのだ。
たとえそれが、冷たく硬い墓標だとしても‥‥‥
レティアは深呼吸をして、鳥居をくぐった。
大木が立ち並び、ヘレボルスとは全く違う服装の人々がいた。
和服と呼ばれるものだろうか。
黒髪の人間が多く、青緑色の髪で鎧を着ているレティアの姿は、とても目立った。
南の方へ行くと、トーアの説明の通りの家があった。
お札と結界が貼られていて、そこだけ空気が違うのだ。
ヘレボルスの森のオーラとは少し違い、神聖よりも【厳か】という言葉が合うだろう。
背筋が伸びるような緊張感と、澄んだ空気を感じる。
レティアはチャイムに手を伸ばす。
指が小刻みに震えた。
ラナンの場所を知りたいのに、知りたくないような気持ちになった。
彼の墓標を見れば、
ラナンの死を、ついに受け入れなければならないのだ。
まだ、ほんの少しだけ
もしかしたらという一縷の望みを
心の隅で抱いていたからだ。
ピンポン、と不思議な音が鳴る。
家の中から足音が近づいてきた。
不意に扉の小さなガラスから影が動くのが見えると
ガチャッと音を立てて開いた。
黒髪で黒い瞳の、50代くらいの男が出迎えた。
白い着物に袴を履いていた。
黒髪の男『どちら様ですか?
見ない顔ですが‥‥‥』
黒髪の男は、レティアを見て恐る恐る聞いた。
レティアは緊張のあまり、頭が真っ白になった。
次に何をすればいいか、すっかり忘れてしまったのだ。
レティア『えっと‥‥‥あの‥‥』
レティアの舌がもつれる。
黒髪の男『焦らなくて大丈夫だよ。
ゆっくり話してごらん。』
黒髪の男はレティアの混乱する姿を安心させるように優しく微笑む。
レティアはその言葉と笑顔に、落ち着きを取り戻した。
すぐに栞を取り出し、男に伝えた。
レティア『私はレティアと申します。』
黒髪の男は目を見開いて栞を受け取った。
黒髪の男『レティア‥‥ちゃん?』
男は、今にも泣きそうな顔をして、
レティアを見つめる。
レティアはその姿にオロオロし始めた。
黒髪の男『よかった‥‥!無事だったんだね!!
天界から落ちたと聞いていたけど‥‥!
よかった!!!』
黒髪の男はハンカチを取り出して目を拭い始めた。
レティアは、誰から聞いたのだろうと思った。
黒髪の男は、レティアに自己紹介を始めた。
黒髪の男『紹介が遅れたね。
ラナンの父、清光だ。
君のことはラナンから聞いていたよ。』
清光は穏やかそうな人だった。
ミンとは正反対の性格だ。
清光の子供を産んだミンは、
人間に例えると20代後半から30代前半くらいの姿だった。
50代くらいの清光とは、
随分歳の差カップルに見えた。
清光『ミンと出会ったとき、僕はもっと若かったんだけどね。
天使と人間じゃ、時間軸が違うらしいんだ。
僕だけが歳をとるんだよ。』
清光は寂しそうにレティアに言った。
清光『ミンは昔から変わらず、若くて美しいよね。』
レティアは頷いた。
強烈な性格ではあったが、ミンが美しいというのは本当のことだったからだ。
清光『‥‥‥ラナンに会いにきてくれたんだね。』
清光は優しくレティアに語りかけると、
レティアはこくりと頷く。
清光『ありがとう。
君に会えてよかったよ。
こっちだよ。』
清光はレティアに家に上がるように言った。
レティアは彼の後をついていく。
レティア(お墓は‥‥家にあるというの?
それともお骨だけ‥‥)
清光の家はとても広く豪邸だった。
地理が苦手なレティアは、もはや1人では玄関に辿り着けないだろう。
しばらく歩いた先に、厳重な結界とお札が貼られ、
鎖が巻かれた扉があった。
あまりに異様な光景に、
レティアは 不安に駆られる。
清光『ここがこの家で1番奥の部屋だよ。』
清光がどこからか鍵を取り出して
巻かれた鎖を解くと、
扉を開けた。
ガチャッ‥‥という音が
妙に耳に響いた。
清光『入って。』
清光の言葉に恐る恐る部屋に入るレティア。
レティア『はっ‥‥‥‥!!』
レティアは小さな悲鳴を上げ、息を呑んだ。
そこには真っ白なベッドに寝かされる
ラナンの姿があったのだ。
レティア『ラナン‥‥!?』
レティアはラナンに近づく。
あの日、この近くの森で
自分を庇ってくれた少年だ。
天界にいた頃、ラナンはレティアより3つくらい年上に見えた。
でも今は、ラナンが自分よりもずっと幼い男の子に見える。
彼の見た目は10代前半だったからだ。
レティア『ラナン‥‥‥』
白い顔をしたまま 目を閉じているラナン。
レティアは、醜い自分を決して逸らさずに映してくれた、
美しい翡翠色の瞳を思い出す。
もう、ラナンは
この目を開けることがないのだ。
美しい翡翠色の瞳を
二度と見つめることは叶わないのだー‥‥‥
レティアは、目まぐるしく変化する感情と現実に
ひどく動揺していた。
レティアの目から
ボロボロと涙が溢れて止まらないのだった。




