語り部
「と、言う事があったのよ。」
オーデンセ教授の元自室の中。
まるで、歴史の語り部であるかの如くに、出淵ナオは全員にそう語った。
「……。」
結生は右手で自分の右耳を撫で、手狭な室内で、居心地が悪そうに身動ぎする。
他の男女数名も、それは同じだ。
ファラフナーズと、石破望。ホセ、マリーア、そして、ルシーア・ミゲル・デ・ミニョーラの、三兄妹。
結生はルシーアの、白く燦然と輝く横顔を垣間見た。
数日前、この背の高い少女と、殺し合いに至るまでの決闘を演じたという事実が、信じられなかった。
「俺達、生まれ変わったのか…?」
ホセが無骨な両腕を胸の前で組み、胸騒ぎを抑えているかの様に、そう言って、ため息をつく。
「ええ、そうよ。」
清楚な和風の美しさをたたえたその少女、出淵ナオは告げる。
彼女は全員が座るテーブルの向こうで、意味ありげな微笑みを浮かべつつ、続ける。
「細胞レベルでね、いったん全部溶けて、そして組み直されたの。そして“脱皮”して生まれ変わった。この都市の全員がね。」
「オーデンセは違うわ。」
とファラフナーズは口を挟んだ。
「そうね。」
と少女ナオは答えた。
「彼だけは違う。この学園都市から逃げた。残念ね、火の女神様。自爆攻撃までして、彼を追い詰めたのに、結局逃げられてしまった。」
「……。」
ファラフナーズは頷き、傷一つない自分の片腕を撫で、うつむいた。
結生はその光景を遠い目で眺め、そしてスリプナーの細い顔を思い返していた。
あの日、出淵ナオの力で、この学園都市39番の住民全員が、直近の死者をも含めて“生き返った”。
大規模な有害スモッグの拡散による集団中毒、及びそれに伴う錯乱、として当局はこれを処理し、住民に説明した。
記憶や認識を操る“神影”の術者も、複数名動員されたらしい。
結生は、スリプナーの遺体が埋葬されていると言う場所へ向かった。
彼女はいなかった。
スリプナーは、戻ってはこなかった。
“あるべき場所へ、魂が還ったのでしょうね”
そう、出淵ナオは言った。
「……。」
結生はひたすらに沈黙する。
彼女を含めた学園都市の全住民の記憶は、あの日より2,3日程度後退していた。
今や結生達は、この少女ナオの言葉を真実と、受け入れるしかない立場だった。
彼女は思う。
細胞レベルで分解され、再構築された自分は果たして、これまでの自分か?
魂とは、命とは、一体何なのだ?
結生は終わらない問答を、心の中で自分自身と繰り広げた。
「ま、良かったじゃん。出淵さんが証言してくれたお陰でオーデンセの悪行もバレて、私らに掛けられた疑いも晴れたんだからさ。」
マリーアが長めの袖を振りつつ語る。
「そうだな。しかしあの物知りな御仁は、一体何をどうしたかったと言うのだ?」
女優の様なよく通る美声で、ルシーアが問いかける。
「…単に、平和を乱したかったんじゃないかな…。」
そう語る石破望の顔に、部屋中の視線が集まった。
「…いや、結局彼の、“神影”って言うんだっけ?オーディンだったんだよね、北欧神話の。彼もまた、カミサマって言うやつに自分を“喰われた”んじゃないかなって。戦いの神様が導くままに、操られていた…。そう考えないと、合理性がない気がするんだ。」
「まぁとりあえず。」
ファラフナーズが立ち上がって、結生にニッコリと微笑みかけて言う。
「ユキちゃん。そろそろ行きましょうか。もう時間よ。国から“ご褒美”が貰えるらしいから、楽しみね。」
「ご褒美…?」
結生は少しだけ、心を躍らせつつ、ゆっくりと立ち上がった。
次回、最終回です。




