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おいでませ幽鬼神道町  作者: 狐面 シノ
弐話「便利屋二人のなんでもない休日」

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■終局『なんでもない休日、されど格あれと心得よ』

 さてこの様相―――名付けるならば「蟠(ワダカマ)ル溶岩(ヨウガン)之(ノ)魔人(マジン)」といったところだろうか。朝から散々計画を邪魔されて、まどろっこしく嫌になるその感情が体現されているようだった。滴り落ちた溶岩はジュウと音を立てて、一目瞭然(いちもくりょうぜん)にも触れればどうなるかを語っている。

「わっ‼ こりゃぁおっかないなぁ……‼」

『恐ろしいかい? ―――だったらそのまま突っ立ってなぁ‼』

 感嘆(かんたん)する間なんてありゃしない。妖魔は大きく広げた腕を便利屋二人に振り下ろす。巨躯(きょく)故に見切り躱(かわ)すのは容易だったものの、先ほどまで立っていた地面はドロドロに溶けてしまっている。咄嗟(とっさ)の判断で二手に散開した便利屋のうち、妖魔は泉の方を目で追っていた。

『ちょこざいねぇ……全く、イライラさせてくれるわ』

「結構なことだ。敵対しているのだから、それぐらい緊張のある一戦としよう‼」

『ッ―――‼ 舐めた口を‼』

 腕が再び振るわれんとすると察知した泉は、相手との余裕を持った間合いへと突き走る。その辺りにあった岩を捉え、叩き付けられた腕をまたも躱し、飛び込んだ先の岩へと着地する。手早く刀を鞘(さや)に収めた泉は、呼吸を一息で整える―――。

「―――かく刻(きざ)め、『刀靭断々壊(トウジンダンダンエ)』!!」

 その言霊は刀を白く閃(ひらめ)かせ、次の瞬間に岩を蹴って、泉は妖魔へと飛びかかる。あっという間に距離を詰め、泉が切り込んだ一閃。それは妖魔を一度、何も起こらないと拍子抜けさせ、もう一度―――僅(わず)かな時を置いて、斬撃が幾重もの影となり腕へ、胴へと切り傷を刻んで、計二回驚かせる一撃であった。

『ひぃぃっ⁈』

 泉が振り返ると、妖魔は今の一撃で右腕が吹き飛び狼狽(ろうばい)しているのが分かった。しかし慌ただしく切断口をもう片腕でパッパと払っただけで、そこからジュクジュク右腕が生えてくる。妖魔はひと息つくと、『びっくりさせやがって……もう手加減なんてしてやんないからね‼』とつんけんする。華麗に降り立った泉は、勢いのまま再び走り出した。

「腕を切られたと云(い)うのに、随分な余裕だな?」

『なんの‼ 余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)気取(きど)れなくなるまで追い詰めるまでよ‼』

 今度こそは‼ と泉を睨んだ妖魔。当の泉は妖魔の方を睨み返した―――と、言う訳ではない。泉が見据えた、妖魔の遥か後方には、既に下準備を終え霊符を展開したタカがほくそ笑んでいたのだ。

「タカ‼」

「おう、任しとき‼」

 『しまった―――』と言うより早く、タカは霊符を指図して妖魔に向かわせた。妖魔の図体に次々と穿つ霊符の軌跡はあちこちに穴を開け、それを妖魔は徐々に、徐々に再生させていく。タカの腕がしなって操られる霊符のうち、やがて背中を貫いた霊符に対して『痛ってぇっ⁈』と、有効な反応を見せる妖魔。タカの思った通り―――腕を断ち切られても大して痛覚が無かったのは、何処(どこ)か中心にでも〝核〟が潜んでいると云う事実に他ならない。現(げん)に貫かれた背の穴からは、妖魔の本体がちらりと見受けられる。

「泉はん‼ 捉えたで‼」

「相分かった‼」

 タカの一声に足を止めた泉は、踵を返し堂々と妖魔の正面に立つ。妖魔は颯爽とタネを見破られ、苦渋の汁を舐めていることだろう。

『くぅ―――‼‼ この、脱法人間ごときがぁ‼』

 轟くは絶叫。我武者羅でもやる事は変わらずに、『この、このぉ‼‼』と腕を振り下ろし、叩き付けが続く。都度泉が右腕、左腕を切り落としたが、焦る余りに傷の再生は遅れている。そうして核を防ぐ手段を失った時には、タカは何の攻撃も届かない高さまで、霊符を足場にたどり着いていた。

 そして足場にしていたうちの一枚をくしゃっと丸めると、ありったけを込めて―――‼

「いっけぇぇぇッ‼‼」

 それは泉の一閃に及ぶ一投。見事狙い通り、霊符の弾丸は妖魔の核にぶち当たってみせた。『ぎゃんっ‼‼』と情けない声をよそに、タカは地面に降り立って、泉共々頷いた。

「決めるぞ、タカ‼」

「うしっ‼ やったる‼」


 二人が指輪に優しく触れたとき、周囲の結界が収縮して、各々の手中に収まった。それを武器と共に天高く掲げると、武器と結界全てが混ざり合い、一振りの大太刀へと姿を変えた。大太刀を中心に霊符が纏い漂う。泉が大太刀を握り整然と構えた時、その場の感情が大太刀に引き寄せられる。力を十分に蓄えた刀は煌々と赤く輝いて、その刀身に熱が広がっていく。

「今こそ自棄の未練を断ち切らん―――覚悟せよ‼」


 泉が地面を蹴り、霊符の力を借り勢いを増す突撃。妖魔の核の正中線に、刃が重なる―――‼

「―――彼岸・葬・送‼‼」


 ―――トドメの一閃。霊符の爆発と共に妖魔ははらはらと崩れ去り、蜘蛛の糸は断ち切られ、地獄も崩壊していく。泉が差し出した手に、タカは鋭く拍手を払った。


「「これにて落着、是非とも便利屋へおいでませ‼」」



 さて、これにて決着と相成った。地獄は持ち主へと収縮していき、同時に妖魔となった慕火に纏わりついていた溶岩も光芒(こうぼう)として消える。全てが収束した後には、目を回して仰向けに倒れた慕火と便利屋二人だけとなった。

「ふにゃぁあぁ……」

 泉は戦いの中で付いた砂埃をパッパと払い、安堵(あんど)の表情を浮かべた。後は煮るなり焼くなり、好きに解決させてもらおうか―――と、タカの方に目をやった。

「大したことは無かったな、タカ―――」

 すると、目線の先の光景のせいか、泉は途端に何とも言えない顔をする。タカは土道に涎を垂らし、無防備にも大きな鼾(いびき)をかいてすっかり眠り込んでいたのである。戦いの疲れか、はたまた場の雰囲気で酔っ払った気にでもなったのだろうか。何処か満足そうに寝言を言っているのも、泉の目にはほんの少し憎らしく映った。

「……」

「くかぁ……すぅ……んぁ~……」

 こうなったら、後始末は泉に任されたようなモノだ。仕方なしに泉が慕火に近づいていき、さてどうしようか……ところが、そう思い当たる暇もなく―――二者の間に、どことも知れぬ男がスッと降り立った。

「よっ……と。―――なぁんだ、一人しか倒せてないじゃん。なっさけなぁ……」

 その男は三白眼(さんぱくがん)をゆがませて、挑発的にも聞こえるような冷笑をこぼした。眠っているだけのタカを「倒した」と認識している辺り、この戦いを最初から見ていたわけではないようだ。当然、泉はいきなり立ちふさがった不審者を睨んで、眠気を抑え刀に手をかける。

「―――貴様、何奴だ」

「うわっ……待った待った、今は戦う気ないって……今は」

 男はへらりと笑い、それから渋い顔をした。

「オイラは、コイツを回収しに来ただけ。武器とか持ってないし、荒事は御免なんだよ。見たらわかるでしょ……」

「分からんな。暗器を隠し持ってでもいないと言うならば、その女との関係を白状したらどうだ」

「関係……? いや、別に? コイツそんなにタイプじゃないし」

「……は?」

 確かに、泉はその男と慕火との「関係」を問い質したのだが。男は見当違いの返答を返すだけ返して、理解の間に慕火を小脇に抱えていた。

「ほら、帰るぞ酒カス。帰ったらお説教だからな?」

「うい~……」

 ……まあ、ただでは帰さない。どうであれ慕火と関係があるようにしか見えないのだから、恐らくは焦土流派の者か、それに連なる存在か―――泉は逃げようとした男に「させるか―――‼」と切り込んだ。だが男は身軽に一刀を躱し、屋根の上へと離れてしまった。

「じゃあね、何もかも上手く行くと思っているバカコンビ♪」

 男は泉にあっかんべぇをしたかと思うと、噴煙と共に消えてしまった。


 暫くして、騒ぎが落ち着いたのを感づいたのか、咲が暖簾(のれん)から顔を出す。そこには夜の静寂が広がっていた。

「お二人とも、大丈夫でしたか―――ってぇ……」

 咲は目を丸くした。タカはさっき言ったように眠っていたし、何処かで力が抜けたのか、泉まで同じように寝息を立てていた。ほんの少しだけ固まった後、咲は面倒だと肩を落とした。そのうち啓子も外の様子を見に来て、眼前の状況に首を傾げた。

「……え、どういう……?」

「……ごめん長之原さん。この二人を運ぶの、手伝って欲しいんだけど……」

「んー……ま、いいっすよ。丁度シフトも終わったし、早速の恩返しにもなるっすからね~」

 啓子はニヤリと笑った。

 それから、二人を背負った少女達は事務所までの夜道を辿る。便利屋二人の肉体は然程(さほど)重くもなく、比較的足取りは軽かった。地獄の空には、今日も休日を意味する満月が浮かんでいた。


 その翌日のことである。咲は昨日と同じように、応接間のソファで目を覚ました。天井の梁(はり)が鮮明になっていき、咲はうんと背伸びをする。少し違うとすれば、朝食の香りどころか、薪の燃える匂いもしないことだろうか。そして何より、何時(いつ)もは無かった横方向からの視線を感じていた。

「……ん? うえぇっ⁈」

 咲は視線の方を一瞥(いちべつ)し、思わず身を引いてしまった。

「……んぐ」

 応接間なのだから、ソファは対面に二つ。咲が眠っていた向こう側のソファからの視線は、ロープでぐるぐる巻きにされ、身動きが取れない状態で口に「封印」と書かれた札を貼られ横たわる、不服そうな顔のタカであった。驚きのあまり完全に目を覚ました咲に、階段の上からやってきた泉が声を掛けた。

「目覚めたか、周防咲」

「……あのぉ……これって、どういう……?」

 瞬きが多い咲に、泉は何の事でもないように小首を傾げる。

「ああ、先日の戦いの後、休まず働こうとした奴を縛り上げただけだ」

 見ると、先日作業した机の上は一度片付けたハズが、いつの間にかまた散らかっていた。泉が面倒そうに道具を軽く追いやると、勝手に触るなとばかりにタカが唸る。「反省したと思ったのだが……」とボヤいた所を見るに、どうやら初犯ではないようだった。咲は二人の様子を見て、只々(ただただ)苦笑いをするしか出来なかった。

 ……すると、泉はタカの様子を一瞥。何か思い立ったように顔を上げ、口元を緩ませながら冷蔵庫の前に立つ。

「そういえば、ここに確か……あった、ぞ?」

 非常にわざとらしく、非常に悪い顔をして、取り出したのはケーキの箱。見るなり「んー‼ んぐぐー‼‼」とタカは必死の形相で体をばたつかせるも、芋虫がうねるようにしかならない。

「それって、ケーキ……ですか?」

「周防咲、先日の礼だ。折角の休日なのだから、朝に洋菓子はどうだ?」

 なんて提案に女心から目を輝かせた咲。多分タカに都合が悪い……ようにも見えなくないのだが……何を言っているのかサッパリなので、恨むなら私以外で―――と、早速ケーキに駆け寄った。中身はチーズケーキ……タカにとって、休日と云えばのご褒美であった。

「いいんですか⁉ いいんですよね⁉」

「ああ、好きなだけ食べるがいい。遠慮は無用だ」

「はぁ……‼ やったぁ‼」

 さてさて、本人が「休んだ方がいい」……と言っていたにも関わらず、かっこつけたいが為に余力を残そうとしなかった便利屋が一人。動けなくなっては休日は平日と変わらぬ慌ただしさ。果たしてどう過ごせば、チーズケーキを守れただろうか。咲の口に頬張られた一片を見て、タカはしとしとと涙を流す他出来なかったのだとさ。

※本エピソードは「小説家になろう」への投稿として公開されており、後にエピソードの内容が変更される可能性がありますことを、ご留意ください。

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