■終局『なんでもない休日、されど格あれと心得よ』
さてこの様相―――名付けるならば「蟠ル溶岩之魔人」といったところだろうか。朝から散々計画を邪魔されて、まどろっこしく嫌になるその感情が体現されているようだった。滴り落ちた溶岩はジュウと音を立てて、一目瞭然にも触れればどうなるかを語っている。
「わっ‼ こりゃぁおっかないなぁ……‼」
『恐ろしいかい? ―――だったらそのまま突っ立ってなぁ‼』
感嘆する間なんてありゃしない。妖魔は大きく広げた腕を便利屋二人に振り下ろす。巨躯故に見切り躱すのは容易だったものの、先ほどまで立っていた地面はドロドロに溶けてしまっている。咄嗟の判断で二手に散開した便利屋のうち、妖魔は泉の方を目で追っていた。
『ちょこざいねぇ……全く、イライラさせてくれるわ』
「結構なことだ。敵対しているのだから、それぐらい緊張のある一戦としよう‼」
『ッ―――‼ 舐めた口を‼』
腕が再び振るわれんとすると察知した泉は、相手との余裕を持った間合いへと突き走る。その辺りにあった岩を捉え、叩き付けられた腕をまたも躱し、飛び込んだ先の岩へと着地する。手早く刀を鞘に収めた泉は、呼吸を一息で整える―――。
「―――かく刻め、『刀靭断々壊』!!」
その言霊は刀を白く閃かせ、次の瞬間に岩を蹴って、泉は妖魔へと飛びかかる。あっという間に距離を詰め、泉が切り込んだ一閃。それは妖魔を一度、何も起こらないと拍子抜けさせ、もう一度―――僅かな時を置いて、斬撃が幾重もの影となり腕へ、胴へと切り傷を刻んで、計二回驚かせる一撃であった。
『ひぃぃっ⁈』
泉が振り返ると、妖魔は今の一撃で右腕が吹き飛び狼狽しているのが分かった。しかし慌ただしく切断口をもう片腕でパッパと払っただけで、そこからジュクジュク右腕が生えてくる。妖魔はひと息つくと、『びっくりさせやがって……もう手加減なんてしてやんないからね‼』とつんけんする。華麗に降り立った泉は、勢いのまま再び走り出した。
「腕を切られたと云うのに、随分な余裕だな?」
『なんの‼ 余裕綽々気取れなくなるまで追い詰めるまでよ‼』
今度こそは‼ と泉を睨んだ妖魔。当の泉は妖魔の方を睨み返した―――と、言う訳ではない。泉が見据えた、妖魔の遥か後方には、既に下準備を終え霊符を展開したタカがほくそ笑んでいたのだ。
「タカ‼」
「おう、任しとき‼」
『しまった―――』と言うより早く、タカは霊符を指図して妖魔に向かわせた。妖魔の図体に次々と穿つ霊符の軌跡はあちこちに穴を開け、それを妖魔は徐々に、徐々に再生させていく。タカの腕がしなって操られる霊符のうち、やがて背中を貫いた霊符に対して『痛ってぇっ⁈』と、有効な反応を見せる妖魔。タカの思った通り―――腕を断ち切られても大して痛覚が無かったのは、何処か中心にでも〝核〟が潜んでいると云う事実に他ならない。現に貫かれた背の穴からは、妖魔の本体がちらりと見受けられる。
「泉はん‼ 捉えたで‼」
「相分かった‼」
タカの一声に足を止めた泉は、踵を返し堂々と妖魔の正面に立つ。妖魔は颯爽とタネを見破られ、苦渋の汁を舐めていることだろう。
『くぅ―――‼‼ この、脱法人間ごときがぁ‼』
轟くは絶叫。我武者羅でもやる事は変わらずに、『この、このぉ‼‼』と腕を振り下ろし、叩き付けが続く。都度泉が右腕、左腕を切り落としたが、焦る余りに傷の再生は遅れている。そうして核を防ぐ手段を失った時には、タカは何の攻撃も届かない高さまで、霊符を足場にたどり着いていた。
そして足場にしていたうちの一枚をくしゃっと丸めると、ありったけを込めて―――‼
「いっけぇぇぇッ‼‼」
それは泉の一閃に及ぶ一投。見事狙い通り、霊符の弾丸は妖魔の核にぶち当たってみせた。『ぎゃんっ‼‼』と情けない声をよそに、タカは地面に降り立って、泉共々頷いた。
「決めるぞ、タカ‼」
「うしっ‼ やったる‼」
二人が指輪に優しく触れたとき、周囲の結界が収縮して、各々の手中に収まった。それを武器と共に天高く掲げると、武器と結界全てが混ざり合い、一振りの大太刀へと姿を変えた。大太刀を中心に霊符が纏い漂う。泉が大太刀を握り整然と構えた時、その場の感情が大太刀に引き寄せられる。力を十分に蓄えた刀は煌々と赤く輝いて、その刀身に熱が広がっていく。
「今こそ自棄の未練を断ち切らん―――覚悟せよ‼」
泉が地面を蹴り、霊符の力を借り勢いを増す突撃。妖魔の核の正中線に、刃が重なる―――‼
「―――彼岸・葬・送‼‼」
―――トドメの一閃。霊符の爆発と共に妖魔ははらはらと崩れ去り、蜘蛛の糸は断ち切られ、地獄も崩壊していく。泉が差し出した手に、タカは鋭く拍手を払った。
「「これにて落着、是非とも便利屋へおいでませ‼」」
さて、これにて決着と相成った。地獄は持ち主へと収縮していき、同時に妖魔となった慕火に纏わりついていた溶岩も光芒として消える。全てが収束した後には、目を回して仰向けに倒れた慕火と便利屋二人だけとなった。
「ふにゃぁあぁ……」
泉は戦いの中で付いた砂埃をパッパと払い、安堵の表情を浮かべた。後は煮るなり焼くなり、好きに解決させてもらおうか―――と、タカの方に目をやった。
「大したことは無かったな、タカ―――」
すると、目線の先の光景のせいか、泉は途端に何とも言えない顔をする。タカは土道に涎を垂らし、無防備にも大きな鼾をかいてすっかり眠り込んでいたのである。戦いの疲れか、はたまた場の雰囲気で酔っ払った気にでもなったのだろうか。何処か満足そうに寝言を言っているのも、泉の目にはほんの少し憎らしく映った。
「……」
「くかぁ……すぅ……んぁ~……」
こうなったら、後始末は泉に任されたようなモノだ。仕方なしに泉が慕火に近づいていき、さてどうしようか……ところが、そう思い当たる暇もなく―――二者の間に、どことも知れぬ男がスッと降り立った。
「よっ……と。―――なぁんだ、一人しか倒せてないじゃん。なっさけなぁ……」
その男は三白眼をゆがませて、挑発的にも聞こえるような冷笑をこぼした。眠っているだけのタカを「倒した」と認識している辺り、この戦いを最初から見ていたわけではないようだ。当然、泉はいきなり立ちふさがった不審者を睨んで、眠気を抑え刀に手をかける。
「―――貴様、何奴だ」
「うわっ……待った待った、今は戦う気ないって……今は」
男はへらりと笑い、それから渋い顔をした。
「オイラは、コイツを回収しに来ただけ。武器とか持ってないし、荒事は御免なんだよ。見たらわかるでしょ……」
「分からんな。暗器を隠し持ってでもいないと言うならば、その女との関係を白状したらどうだ」
「関係……? いや、別に? コイツそんなにタイプじゃないし」
「……は?」
確かに、泉はその男と慕火との「関係」を問い質したのだが。男は見当違いの返答を返すだけ返して、理解の間に慕火を小脇に抱えていた。
「ほら、帰るぞ酒カス。帰ったらお説教だからな?」
「うい~……」
……まあ、ただでは帰さない。どうであれ慕火と関係があるようにしか見えないのだから、恐らくは焦土流派の者か、それに連なる存在か―――泉は逃げようとした男に「させるか―――‼」と切り込んだ。だが男は身軽に一刀を躱し、屋根の上へと離れてしまった。
「じゃあね、何もかも上手く行くと思っているバカコンビ♪」
男は泉にあっかんべぇをしたかと思うと、噴煙と共に消えてしまった。
暫くして、騒ぎが落ち着いたのを感づいたのか、咲が暖簾から顔を出す。そこには夜の静寂が広がっていた。
「お二人とも、大丈夫でしたか―――ってぇ……」
咲は目を丸くした。タカはさっき言ったように眠っていたし、何処かで力が抜けたのか、泉まで同じように寝息を立てていた。ほんの少しだけ固まった後、咲は面倒だと肩を落とした。そのうち啓子も外の様子を見に来て、眼前の状況に首を傾げた。
「……え、どういう……?」
「……ごめん長之原さん。この二人を運ぶの、手伝って欲しいんだけど……」
「んー……ま、いいっすよ。丁度シフトも終わったし、早速の恩返しにもなるっすからね~」
啓子はニヤリと笑った。
それから、二人を背負った少女達は事務所までの夜道を辿る。便利屋二人の肉体は然程重くもなく、比較的足取りは軽かった。地獄の空には、今日も休日を意味する満月が浮かんでいた。
その翌日のことである。咲は昨日と同じように、応接間のソファで目を覚ました。天井の梁が鮮明になっていき、咲はうんと背伸びをする。少し違うとすれば、朝食の香りどころか、薪の燃える匂いもしないことだろうか。そして何より、何時もは無かった横方向からの視線を感じていた。
「……ん? うえぇっ⁈」
咲は視線の方を一瞥し、思わず身を引いてしまった。
「……んぐ」
応接間なのだから、ソファは対面に二つ。咲が眠っていた向こう側のソファからの視線は、ロープでぐるぐる巻きにされ、身動きが取れない状態で口に「封印」と書かれた札を貼られ横たわる、不服そうな顔のタカであった。驚きのあまり完全に目を覚ました咲に、階段の上からやってきた泉が声を掛けた。
「目覚めたか、周防咲」
「……あのぉ……これって、どういう……?」
瞬きが多い咲に、泉は何の事でもないように小首を傾げる。
「ああ、先日の戦いの後、休まず働こうとした奴を縛り上げただけだ」
見ると、先日作業した机の上は一度片付けたハズが、いつの間にかまた散らかっていた。泉が面倒そうに道具を軽く追いやると、勝手に触るなとばかりにタカが唸る。「反省したと思ったのだが……」とボヤいた所を見るに、どうやら初犯ではないようだった。咲は二人の様子を見て、只々苦笑いをするしか出来なかった。
……すると、泉はタカの様子を一瞥。何か思い立ったように顔を上げ、口元を緩ませながら冷蔵庫の前に立つ。
「そういえば、ここに確か……あった、ぞ?」
非常にわざとらしく、非常に悪い顔をして、取り出したのはケーキの箱。見るなり「んー‼ んぐぐー‼‼」とタカは必死の形相で体をばたつかせるも、芋虫がうねるようにしかならない。
「それって、ケーキ……ですか?」
「周防咲、先日の礼だ。折角の休日なのだから、朝に洋菓子はどうだ?」
なんて提案に女心から目を輝かせた咲。多分タカに都合が悪い……ようにも見えなくないのだが……何を言っているのかサッパリなので、恨むなら私以外で―――と、早速ケーキに駆け寄った。中身はチーズケーキ……タカにとって、休日と云えばのご褒美であった。
「いいんですか⁉ いいんですよね⁉」
「ああ、好きなだけ食べるがいい。遠慮は無用だ」
「はぁ……‼ やったぁ‼」
さてさて、本人が「休んだ方がいい」……と言っていたにも関わらず、かっこつけたいが為に余力を残そうとしなかった便利屋が一人。動けなくなっては休日は平日と変わらぬ慌ただしさ。果たしてどう過ごせば、チーズケーキを守れただろうか。咲の口に頬張られた一片を見て、タカはしとしとと涙を流す他出来なかったのだとさ。
※本エピソードは「小説家になろう」への投稿として公開されており、後にエピソードの内容が変更される可能性がありますことを、ご留意ください。




