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おいでませ幽鬼神道町  作者: 狐面 シノ
弐話「便利屋二人のなんでもない休日」

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■陸章『不思議な鼠と少女と島江長』

「こんな所に階段が……この先なんですか?」

「そ。便利屋の上にあるんよ」

 事務所から出て直ぐ、壁に沿うように続いている上階への階段。タカの話に出ていた古道具屋は案外近く―――どうやら隣人同士の関係性だと、咲は目を丸くして察したようだった。タカの手元には、先程そろばんをくるんだ布巾(ふきん)が収まっている。

 二人は鉄板の階段をコツコツと登っていき、道中の吊り看板を潜り抜け、ひとつのドアの前までやって来た。踊り場の立て看板には、「古道具『九十九屋(ツクモヤ)』」と洒落(しゃれ)た字で記されている。重工な銅の扉を叩き、それからドアノブを(ひね)る。チリリンとドアベルが鳴って、「邪魔するでー」とこなれた挨拶を投げかけるタカ。一方の咲は店内をぐるりと見回していた。多くの古道具が目に入るものの、小綺麗で落ち着いた内装だ。天井から下がっているランタンも、(そば)の手触り良いソファも、そのどれもが年季を感じられる。そしてカウンターの向こうでうたた寝をする少女も見受けられたが―――。

「―――耳?」

 (ネズミ)の耳に、細い尻尾。(ぞく)っぽく言うのであれば、ケモ耳という属性に分類されるだろう。どちらかといえば欧風な寝顔の少女の傍には、こじゃれた絹のリボンを尾根に結んだ灰色の鼠が(うずくま)って、こちらもうつらうつらとしていた。しかしタカの姿に気が付くと、鼠はチュッと驚きつつ少女をつついて呼び起こす。チューチューと呼び掛けられ、少女は目を擦りつつも、うんと伸びをして二人に向き直った。

「……いらっしゃいませ。我がアリスも歓迎しつつ『今日は女の子と一緒なのね』と興味深そうにしているよ」

 そう少女が文語風に語って、鼠もほほうと鋭い視線―――どうやっても丸い目でしかないが―――で咲を見つめていた。タカは「おう」と返してから、「紹介するわ。こっち(人間)がルイス。んで、こっち()がアリス」と示しつつ咲に一人と一匹を紹介する。

「は、はじめまして‼ 周防(すおう)(さき)といいますっ‼」

「スオウ、サキ……で合っているだろうか。我がアリスは不思議そうに『人間だった、じゃなくて人間そのものかしら?』そう考察しているようだ」

「あはは……手違いみたいな感じです、多分……」

 どうやって人間だと見抜いたのか、と疑問こそあった咲だったが、ここでは誰が何を持っていても不思議ではないと()に落としたのだった。

「事情を詳しく聞いてもいいだろうか、便利屋よ」

「かまへんよ。咲ちゃんはな―――」

 ルイスへの説明をこなすタカを尻目に、咲はアリスをじぃっと見つめていた。不思議そうに首を傾げる仕草さえ(いと)おしく思えてならない。咲が何の気なしに人差し指でアリスを撫でてやると、警戒心剝き出しから一変、(とろ)けた顔でご機嫌そうにちゅぅと息をついた。

「ふぁ~……かわい~……」

 すると、咲の言葉で我に帰ったアリスは、突然咲の指先から逃れると、大凡(おおよそ)の説明を聞き終えたルイスへと駆け寄り、足早に肩へ登って行った。癒しを惜しむ咲の表情を、アリスは膨れっ面で睨んだ。

「―――っと、我がアリスは『ペット扱いはやめて頂戴』と気丈(きじょう)に振る舞っているよ」

「あっ、ごめんね‼ ……って、ルイスさんはもしかして、アリスちゃんの言葉が分かるんですか?」

「正答。我らの事情は、後で我から話すとしよう。その前に要件を(うかが)おうか」

 ルイスは改まってタカに向き直る。タカは「そやったな」とこぼしてから、手に持っていた布巾をカウンターにそっと置き、結び目を解いた。その中では疲れているだろうそろばんが、微動だにせずじっとしていた。そろばんの姿が目に映ったアリスは、ほとほと(あき)れた様子だった。

「『またあなたじゃない』と我がアリスはため息をついた。見当はつくが、一応()てみるとしようか」

 アリスに呼び掛け、ルイスとアリスは精神を統一させつつ、そろばんへと両手をかざした。徐々にカタカタと弾が震え、しばらくするとピタリと止まった。ルイスは息をついて、大きく頷いてから、そろばんを優しく手に持った。

何時(いつ)もの知恵熱のようだ。我がアリス、果たして頼めるだろうか」

 ルイスの言葉に激しく首を縦に振って、ルイスは少し待つよう二人に言った。ルイスはアリスを肩に乗せたまま、カウンター奥の倉庫へと立ち去っていく。傍にあったソファにタカが腰掛けるのを見て、咲も真似するように腰を下ろした。それから少し感心して、タカに言葉を投げたのだ。

「凄い人ですね。動物の言葉が分かるし、あの耳もアリスちゃんも可愛いし……いい人そうで良かったです」

「まぁいい人……なのはそうなんやけど……()っつうか―――なんつったらええかなぁ……」

「どういうこと、ですか?」

「―――では、我から説明をしよう」

 どうにも歯切れの悪い返答に答えたのは、そろばんをアリスに任せて戻って来ていたルイスだった。相変わらずの鼠の丸い耳は、これからの話にピンと張っていた。

「ええんかルイス、あんま無理せんでも……」

「打ち明けなければ、何かと誤解を招くだろう。ならばここで伝えるものは伝えておくべきだと思ったまでだ」

「いいなら……お、お願いします……‼」


 ルイスは楽な姿勢になって、言葉を紡ぎ始める。それは思い出話に花のない、辛い過去を手放すような言いようだった。

「こうなったのは、ついこの間のことに思える。我がアリスの魂は人から鼠へ、我は鼠の体から我がアリスの体へと入れ替わってしまったのだ。今は昔、名も無き野鼠であった我は、伴侶(はんりょ)をめとったばかりであった。伴侶は突然()の事故で無くなり、亡骸を前に途方に暮れていた。それを見つけたのが、我がアリスである。我がアリスは命を守ることに勤勉(きんべん)で、それなりの地位でありながら種の違う者への献身を(いと)わない少女であった。しかし呆ける我が殺さ(ひか)れんとする間に割り入って、懸命に(かば)おうとしたのだ。……だが結果はこの通り、双方地獄に落とされるばかりか、我と我がアリスは体を(たが)えた。勤勉で献身的な我がアリスの為にも、我の結界を極め、姿形を返さねばならないのだ」


 勤勉な一人と一匹の事を笑う人はここにいない。どころか咲は、先程までのルイスやアリスへの扱いを(いまし)めているようだった。

「……知らなかったとはいえ、すみません。余計な事しちゃったみたいで……」

「ああ、構わないさ。慣れたもので、我がアリスも久々の新たな客人への扱いに悩んでいたのだから」

「え?」

 すると、アリスがカウンターの上に姿を現した。何やら書類を引っ張ってきて、ルイスが受け取ると同時に息を吐き切った。そしてつんと威張ったように顔を背けるしぐさを見せる。

「『全く。アイツには道具としての自覚がないようね』道具だからと体力を過信しているのだろう、我がアリス」

「……やっぱり、付喪神って疲れるんですか?」

「『当たり前よ。肉体じゃなくて、魂が疲れるの』付喪神は動く為に精神を擦り減らす。人間でも休息が必要なように、付喪神も休憩しなくては、こうして不調を(こじ)らせてしまうよ」

 「ま、そういうこったな」そこまで言って、タカが口を挟んだ。

「道具だって休憩はする。咲ちゃんも、現世で頑張りたいんやったら、今くらい休んどき」

「うーん……でも―――」

 「やっぱり行動はしたい」と本音を口にする直前、咲の脳裏には浮世で待っている父親の顔が浮かんだ。父の日だからと、わざわざ会社まで追いかけてしかられたこと。咲が「役に立ちたくて」と打ち明けると、父親はぽんと咲の肩に手を置いて言った。「咲は頑張ってる。父の日は咲の休みだから、お父さんは咲に休んでほしいな」なんてはにかんだ表情でだ。その理由が今まで分からなかったのが、ルイスやタカと出会って、初めて飲み込めた気がした。

「……そっか。お父さん……そういうことだったんだ」

 咲が何を思ったのかは分からない。しかし次の瞬間にはぱあっと明るい笑顔を取り戻し、すくと立ち上がると、天高く拳を突き上げたのだった。

「―――よぉっし‼ 頑張って休んで、また頑張らないとだね‼」

「いや休んどき‼ さっきの言葉忘れたんか⁈」

 アリスのチュウチュウと、ルイスの笑い声が聞こえる古道具屋。この笑みは「それをタカが言ってしまうのか」と図星を指す風であった。

 これでひと段落はしたものの、実はまだ日は沈んですらいない。突然、咲の顔目掛けて、何かが勢い良く飛び込んできて張り付いた。「ぬべっ⁈」と()頓狂(とんきょう)な声を上げ、()ぐ張り付いた何かをはがそうと、咲はあれやこれやと引っ張った。

「咲ちゃん⁈」

「ぬぐぐ……ったはっ……‼ 一体何―――」

 そうして手元を見てみると、ぱっちりまぁるい黒目が視界に飛び込んでくる。それはきゅるんと首を傾げて、咲を純真無垢な顔で見つめている。ふわふわした手触りの「シマエナガのぬいぐるみ」であった。

「―――‼」

 声にならない感嘆(かんたん)を上げると、咲は勢い良くルイスたちに詰め寄った。

「こ、この子、どど、どうしたんですか⁈」

「その子か。『その子、持ち主を探してウチに居候(いそうろう)してたのよ』我から見れば、持ち主を見つけて喜んでいるように見える」

 「はぁ⁈」と()ず驚いたのはタカであった。

「いやいやいや、咲ちゃんが持ち主って―――地獄の付喪神は()()()()()()()()()ハズやないか‼ 咲ちゃんはまだ生きとるんやろ⁈」

「え? ……持ち主、持ち主……?」

 困惑だらけの二人を差し置いて、ルイスはシマエナガに聞き耳を立てる。ふむふむと何回か頷いて、それからアリスに何やら相談を始める。そして片笑み、咲に向き直ったのだ。

「『その子、連れ帰ってくれないかしら。喜んでるのは事実みたいだし、悪い話でもないでしょ?』我がアリス共々、頼まれてくれないだろうか」

「えっ⁈」

 と驚く咲だったが、手に収まったシマエナガの愛くるしく涙ぐんだ表情には叶わなかった。直ぐにタカに視線を刺して、そのままじぃっと見つめ続ける。タカは腕を組んで、もたもたと(うな)ってしまう。

「あー……付喪神はこれ以上増やしたく―――」

「面倒は見ますから」

 タカの眼前に、酷く真剣な表情が広がった。迫力にたじろいだタカは少々考えたのち、「……最後まで面倒みること。ええな?」と苦渋(くじゅう)の決断を下したのだった。

「はーい‼」

 咲は先程までの困り顔が噓のように、「名前は何がいいかな~」と口ずさんでは、きゃっきゃと明るく跳ね回っている。これから先の咲にとって、相棒が誕生した瞬間であった。

「ところでだが、泉さんはどちらに行っているのだろうか。我がアリスも、珍しいと疑問に思っているのだが」

「ああ、鬼姫組ンとこやな。アイツの強さは()()()()()()って、力自慢の新人教育に丁度ええんやと」

※本エピソードは「小説家になろう」への投稿として公開されており、後にエピソードの内容が変更される可能性がありますことを、ご留意ください。

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