■伍章『矢鱈と躍動怒りの謀略』
新米団員にとって、霧波泉という武将は憧れであり原動力、そして格好良さの頂点であった。どんな逆境でも己を貫き通すその姿に鬼ながら焦れ、こうして自警団に加わるまでに至ったのだ。そのように崇高な存在が今日、訓練を手伝って下さると思っていたというのに、現れたのは如何にもひ弱そうなただの人間だった……不満の一つでも抱かない方が可笑しくない。新米はぶつくさ文句を口ずさんで、泉を名乗る人間の持ち物から、本性を暴こうと目論んでいた。
「……けっ、『武将霧波泉との』だぁ? あんな人間が泉さんなワケあるか。おおうつけの欠片もないじゃんかよぉ、ったく。なぁんで団長はそんなに買い被ってんだか、あんなヤツ、あんなヤツにだなぁ……」
この時、新米は大きな思い違いをしていたのは明白だろう。あんなヤツと揶揄する人間こそが紛れもない「霧波泉」であり、新米の憧れていた部分部分は眉唾でしかなかったのだ。しかし当の本人は盲目というか、間違いに気付く余地も余裕も無かったのさ。
更衣室までやって来た新米は、意気揚々と扉を開く。
「今に見てろ、偽物だって証明して―――あ?」
「―――んん?」
……僅かな沈黙。新米は視線の先に、見覚えのない女が泉の荷物を漁っている光景を捉えていた。女も突然現れた新米に気づき視線を合わせ、暫くしてまた、ごそっと荷物を探る仕草を見せた。
「っ―――⁈ 盗っ―――‼」
途端、女はこなれたように新米の背後を取り、騒がれぬよう口を塞いだ。首元を掴み逃げられないようにして、女―――慕火はにへらと笑った。
「おおっと、静かにしな。五月蠅い男は嫌われるよ?」
「―――‼ ―――⁈」
冗談っぽく嘲笑し、暴れる新米の足とを絡めて動きを封じられていく。もたついている間も新米の心の奥底では、慕火の結界の影響を受け確かなる「怒り」が灯りつつあった。徐々に抵抗すら馬鹿馬鹿しくなっていき、先程よりも思った通りの力の制御が出来なくなる。
「おやおや、さっきの威勢はどうしたんだい? 『偽物だって証明』だっけか……ねぇ?」
「……‼」
そう耳元で囁かれ、新米は目を丸くした。明らか状況を理解した表情から慕火は新米がこれ以上抵抗をしないと見受け、絡めた手足をほどき、一歩下がって話を続けた。
「っ―――ハァッ……‼」
「その憤り、わっちにゃ分かるさぁ。奴さんのテリトリーを、あんなヤツに踏みにじられるのが見過ごせない。んでもって、大好きな人の名前を好き勝手に使われとるわけだ。いやぁ……十分、十分」
「……本当に何者だよ、読心術でも使えるのか?」
「ま、心得はあるさね。今回はただの同情さ」
「同情?」と聞き返した新米に、慕火は「野暮ったい話は今度にしようや」と受け流す。
「それよりも奴さん、力とか欲しくないかい?」
「……は?」
「いやいや、怪しかないよ。その怒りを天元突破―――奴さんにはそれで充分だろう?」
「―――まさか、噂の―――‼」
「そうさ―――奴さんの怒り、利用させて貰うよ―――‼」
そう言いかけた瞬間、慕火は新米の心中目掛けて掌を叩き付ける。強い衝撃に衝動が湧き上がって、とめどなく思考、能力、身体に考え……怒りはそれらの主導権を奪っていった。息を荒げ、必死の抵抗も虚しく、新米は傍にあった泉の真剣を奪い、更衣室を飛び出していった。走り去る背中を尻目に、慕火はその場で余裕そうに酒の蓋を開けた。
「正しく『真剣勝負』……まぁお相手はデクの棒だがね。悔しいだろうが、あの人間を回収する為の必要な犠牲ってことさ―――ヒッヒッヒッ……」
一方では一方的、泉は次々と挑む団員達を難無く打ち負かし続けていた。鬼の方が人間よりも―――また元人間よりも―――ハイスペックなのは確かなのだが、ハンディキャップなどハナから存在しないように、また一人泉の剣裁きで膝を付いたのだった。
「ぐぁっ……‼ ―――くぅー……‼」
「おぉー‼」「今ので三十三連勝‼」「新記録更新まであと一歩だ‼」と喝采が上がり、訓練場の空気は闘技場と何ら変わりはなかった。泉は余裕そうに何も付いていない木刀を宙に払うと、悔しげな団員に目を配る。
「さて、再戦するのならば構え直せ。何時でもかかって来い」
団員は大きく深呼吸を繰り返し、整った気息で息をつくと同時に立ち上がった。
「……っし、お願いします‼」
「……ふふ、ふふふっ」
再び剣尖の打ち合う音が響き始めた。双方を応援する声が止まない中、団長は奇妙な笑みを浮かべていた。堪えているようにも、ご満悦にも見える絶妙な表情を、初めて見た……と、ある団員が隣りの団員に質問を投げる。
「……なんか団長、にやけてません?」
「団長は戦いにおいて美学を追及している。その為泉さんとの戦いやアイツの根気に、何かしら感じることがあるのだろうと……多分、そういうことだ」
「どうした、急に饒舌になって……」
「今日の戦い―――伝説になるかもしれん……‼」
「……ホントにどうした、お前」
そんな茶番をよそに、歓声は絶えず響いていた。木刀同士が打ち合い続けて、数分後だろうか。泉は相手の木刀を吹き飛ばさんと、鍔迫り合いから一気に力を込めた。その力が放たれると同時に―――‼
―――しかし、空気が一変した。突如として衝撃波が土煙を巻き上げて、訓練場は視界と歓声を覆い消した。団員達が次に目にしたのは、不意打ちを仕掛けただろう新米団員の真剣を、木刀一本で受け止めていた刹那であった。
「―――何の真似だ」
双方の刀身がジリジリと軋む。やがて土煙が収まると、一度退いた新米は威勢よく口をついた。
「そっちこそ、勝手に名前を使っといてどういう了見なんだ?」
「意味が分からん。一度頭を冷やせ」
「……ッチ、人間がよぉ」
毒づく新米に臨戦態勢の泉―――傍から見ていた副団長は焦り始める。
「アイツっ……‼ このままじゃ泉さんが危ないですよ団長ッ‼」
新米とて第二地獄の住人、彼の持つ『限界以上の力を発揮する結界』の影響さえあれば、泉がどれだけ手練れだろうと押し切られてしまうかもしれない。ましてや、団員達は動揺のあまり感情を抑えきれていない……と、立ち上がろうとした副団長を、団長は諌め止めた。
「まあ待て。……少し様子を見ようじゃないか」
「ですが、アイツの結界は……‼」
団長はいたく落ち着いた風な眼差しであった。
「―――そもそもあの鈍らでは、泉に傷一つ付けられないだろうしな……ふふっ」
「……団長、さては興味本位でしかないんでしょう」
……だが、その眼差しとは裏腹に、興奮による笑みを隠せていないようだった。
泉は木刀を構えなおすと、静かに新米へと目を据えた。睨み合う両者―――先に言葉を発したのは、泉だ。
「最早、口で語るのは無駄らしいな」
「だったらどうするよ、霧波泉?」
「聞くまでもない……が、少しだけ可哀想に思えるな」
ねちっこく怒りで濁った目からの判断か、泉は木刀を一度下げて、それから自身の指輪へと手を伸ばす。結界を駆使するべくして身に着けていた指輪を外し、再び刀身を握ったのだ。
「―――これでいい」
新米は明らか頭に血を登らせ、今にも襲い掛からんとしていた。泉も血がたぎるようで、一気にその目を鋭く尖らせた。
「何時でも掛かってこい‼」
「―――図に乗るなよ、偽物がぁッ‼‼」
その頃、休日のハズの閻魔庁。刑部省のオフィスに取り残された、便利屋二人の友人「ツグ」は、酷く退屈そうに椅子に座ったまま、机をぐりぐりと蹴りつけていた。顔を今朝の新聞で覆って、見えなくともウンザリした表情が見て取れるようだった。
「はぁ……ワタシの休日って何なんでしょうか……」
見えない空を仰ぐツグ。眼前の新聞記事には、先日巻き起こった―――咲もあの時読んでいた―――鹿島百合子の暴走事件が取り沙汰されていた。最近はこの手の事件が絶えず巻き起こる。被害者の証言では、とある女が近づいてきてそそのかし、そんな気は無かったハズが怒りのままに暴れたのを覚えている……とのことだった。閻魔庁では件の女に懸賞金を掛けて、捜索を続けている、といった所だ。
「……この記事、前に読みましたねぇ……」
すると、ツグの机に置かれた電話がけたたましく鳴いた。完全に気を抜いていたツグは、机を足蹴にしたまま受話器へと手を伸ばしてしまう。
「もしもし―――ってええ、ッ―――⁈」
そのまま態勢が大きく崩れ、盛大に椅子から転げ落ちたツグ。横着にも転げ落ちた態勢のまま、ツグは受話器から聞こえた後輩からの連絡を聞いていく。
先程眺めていた暴走事件についてのことで、被害者の多くが「女」にそそのかされたのだと証言していたと言った。しかし後輩は今、新たな被害者から新たな可能性を聞き出した所なのだという。どうにも一人は「ひょろがりの男」に接触したとか、一人は「背の低い男児」を見た瞬間にだったとか、やたらと事態をややこしくする情報ばかりで、こうしてツグに助けを求めたのだとか。
こう見えて中間管理職のツグは見過ごしたくても見過ごせずに、椅子に座り直し、頷きながらメモを取り始める。現在関連性が疑われる、女、男、男児……共通点は見当たらないが、事件は同様のモノを引き起こしている。
「……であれば、グループでの犯行を疑いつつ、捜査を進めましょう。新聞社にも情報をお願いします」
そう結論付けて、ツグは受話器を置いた。ツグの嫌う厄介事が、こうしてまた一つ増えてしまった。
「……休日って、本当になんなんでしょうねぇ……」
※本エピソードは「小説家になろう」への投稿として公開されており、後にエピソードの内容が変更される可能性がありますことを、ご留意ください。




