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おいでませ幽鬼神道町  作者: 狐面 シノ
弐話「便利屋二人のなんでもない休日」

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■肆章『聞かず知らざる新米団員』

 咲が手伝いをしていた丁度の時。泉もまた、とある組織への手伝いに向かうべく歩を進めていた。今いるここは、便利屋から十分程度の位置にある「鬼姫組(おにひめぐみ)自警団(じけいだん)」、その詰所であった。

 鬼姫組というのは所謂(いわゆる)ギャングのような鬼一族の集まりであり、幽鬼神道町では治安維持の名目を(もっ)て、道を外れた住人に裁きを(くだ)していた。同じように閻魔庁には私刑を司る刑部省(ぎょうぶしょう)があるものの、ルールに縛られず心情を重視する点では上手く差別化が出来ていると言えるだろう。

 そんな彼らが運営する自警団に、泉はしょっちゅう()り出されていた。というのも、普段からぬるい罪人の相手ばかりさせられる町であるが(ゆえ)に、団長以外の戦力が(おとろ)えつつあるのだとか。だからこそ、(うた)われる武将として名が知れている泉であれば、腑抜(ふぬ)けた団員にちょっとした灸をすえられる適材、と思われているようなのだ。泉にとっても断ったとて得はないし、特段悪い話ではない。


「―――よし」

 自警団の詰所の門を潜る直前、泉は懐の巾着から()()を取り出し、しっかりと耳穴を塞いだ。モスキート音と心音しか聞こえないのを確認し、いざと意気込んで門を潜る。建付けの悪い玄関扉をガッガと開き、そこからひょっこり顔を覗かせた。

「泉だ、邪魔させて貰おう」

 とここで、泉には聞こえていなかったのだが―――どうやら奥の訓練場で、団長に頼み込む誰かの声が響いていたのだとか。その声は必死そうに訴えを続けている、何処(どこ)(うわ)ずった雰囲気があった。

「オレが行きます‼ 行かせてください‼」

 そしてこれも聞こえてはいない―――バタバタとこちらへ、先程の声の主であろう走音が軽快に鳴り響いていた。泉が彼の存在に気が付いたのは、目視できる一直線の廊下の先―――勢いのまま急ブレーキで旋回し、泉の目の前で寸止(すんど)まった時であった。

 彼―――泉よりか相当図体の大きい―――赤鬼は泉と正中線を合わせ、ビシッと敬礼をしてみせた。

「おはようございます‼ 霧波(きりなみの)いず―――」

 すると嬉しがっていた声音(こわね)がみるみる暗くなっていく。異様に上がっていた視線も下がっていき、ようやく泉を目視で捉えると、赤鬼は心底不思議そうにして、泉の顔を怪訝(けげん)そうに眺め始めたのだ。明らかなる、疑いの眼差しだ。

「……えっと、どちら様?」

 目をぱちくりさせる赤鬼に対し、何も聞こえていない泉はただ赤鬼を見つめるだけであった。赤鬼はうんともすんとも言わない目の前の「人間」に対し、()()()()()()()()……と眉間(みけん)にしわを寄せた。

「確かに泉―――霧波(きりなみの)(いずみ)さんの事だと思って、オレ……」

「……」

 泉は依然不思議そうに目を合わせつつ、その図体で道を塞ぐ赤鬼に、ようやっと声をかけた。

「……通してくれ。もう一度言うが、指南役の泉だ」

 それを聞いて赤鬼は、ははーん……なるほどね、なんて顔をして、態度を一変させた。先程のまでの期待感のある礼儀正しさを捨てて、やれやれへらへらと、うざったく話を仕切り始めたのだ。

「―――さては(こじ)らせた()()()()()()()でしょう? ええ、分かってますって」

 赤鬼は分かってますと言わんばかり、大仰(おおぎょう)(うなず)く態度が鼻につくようだった。というのも、この赤鬼が先程訴えていた要件というのが「憧れの武将をどうしても自身が出迎えたい」と、泉の名を聞いての懇願(こんがん)だったのだ。彼にとって霧波泉―――説明するまでもなく泉のことだが―――は、無礼で無骨でうつけ者、それでいて一騎当千の有名人……といった人物だと信じている。まさか泉が、そんな偏見とは程遠い天然野郎だとは、知る(よし)も無かったのさ。

「泉さんは言葉に出来ない程素晴らしい人間ですし、そういうファンがいるってのも分かりますよ。……で、お名前は?」

 にっこりと笑う赤鬼は、目の前の泉を本物だとは思っておらず、完全に子供を相手する気満々であった。だが耳栓をつけたままの泉には、煽り文句の一つも聞こえていない。泉は何時(いつ)までも正面に居座る赤鬼に、黙ったまま疑問符を浮かべる他なかった。

 しかし一向に態度を変えない人間に対しても、黙ったままではいられないのがこの赤鬼であった。徐々に笑顔が歪み()()()()()()、じわじわとイラつきが抑えられなくなってくる。声も吐き捨てるような色をし始めていた。

「だから、『泉』って本当の名前じゃないでしょ? こんな所じゃなくて、仏様の所にいますよ()()()。じゃあ聞き直すけど、何用ですか。ここは君みたいな弱っちぃ人間が来る場所じゃないの。ささ、用を言ってごらん。郵便? 言伝(ことづて)? 迷子?」

 語る間、みるみる態度が粗雑(そざつ)になる赤鬼。仁王立ちでふんぞり返って、それでも泉に声は届いていない。泉は何でもないような顔を続けて、何時までも冷静なままであった。

「……通してくれ」

「っ―――‼」

 ―――ああもう、なんなんだよコイツ‼

 遂に怒りを抑えきれなくなった赤鬼は、勢いをつけて泉に食って掛かった。頭に血が上っているのか、赤い顔が更に赤く染まっていた。

「だーかーらー‼ ここはあの鬼姫組のちゃぁんとした詰所なんだよ‼ 人間は来ちゃいけないんですぅ‼ 早いとこどっか行ってろって―――」



()()()()()()()()()‼‼‼‼ ()()()()()()()()()()()()()()‼‼‼‼ ()()()()()()()()()()()()()()()()‼‼‼‼‼』

 

 

「―――っああ……ッ‼ だぁっ……‼」

 途端、新米団員は余りの声量に、耳を抑えてうずくまった。泉は先程の爆音―――()()()()を認識し、すっと耳栓を外す。そして目の前で苦しむ様子の赤鬼に、しゃがんで声を掛けた。

「―――と、大丈夫か?」

「頼むっ……黙っ……ぐぅっ……っ、ァァッ……‼」

「どうした―――って、お前……何してんだよ。耳栓置きっぱだったぞ」

「ッぅ……‼ ギィッ……ぁ……ッ‼」

 ここで控室から顔を出した別の団員が、彼の耳栓を持って歩み寄る。心底優しい声掛けであったにも関わらず、赤鬼の鼓膜は常に貫かれたような痛みに(さいな)まれる。泉にとって向かってくる団員は顔見知りだったが、当の(うめ)きのたうち回る赤鬼の顔には覚えが無かった。耳栓を忘れる団員なんて、そうそういないハズだが……と、泉は問いを投げかける。

「こやつ、見ない顔だが……新入りだったか?」

「そうです、この前入ったばっかの新米でして……昨日団長に鼓膜を破られて、まだ完治してないんですよ……全く……」

 団員は申し訳なさそうに、新米団員に声を掛けつづける。その度に新米団員は耳を塞いで(もだ)えるしか出来ないでいた。恐らくこの新米は、団長の声を憂慮(ゆうりょ)して普段から耳栓を持ち運ぶ習慣が無いのだろう、と泉は結論付けた。

「ふむ……なら今度、耳栓を携帯できる巾着でも用意するか」

「いや別に必要ないと思います……」

 苦しむ新米を尻目に、泉は更衣室へと足を運んだ。訓練用の武具を借り着用すると、何気なく持って来てしまった真剣をその辺の壁に立て掛けた。代わりに何本も用意されている木刀一本を携えると、団長が待つ訓練場へと向かったのだった。


 扉を潜った先、開けて太陽が照らす訓練場では、今まさに多くの団員が木刀を交えて鍛錬を積んでいた。何度も木の打ち付ける音に、ヒュッと風を切る切り込みの音色―――誰もが真剣に訓練に向き合っているのが聴覚で分かる。切れ切れに聞こえる話し声も、あの太刀筋はどうとか、頑張ったんだけどなだとか、そんなような自己研鑽(けんさん)の雑談ばかりであった。

 彼らを見守るように、腕を組んで仁王立ちをしている赤鬼こそが、この自警団の団長であった。団長は感心したように笑みを浮かべて、うぬと頷いて満足気。泉に気が付くと、気さくなはきはきとした声を投げかけ、大げさに手を振ってみせた。

「おーい、泉ぃ‼ こっちだー‼」

 泉が団長の元へ駆け寄って行くと、団長の隣にいた副団長とも目が合った。団長共々、結構な顔馴染みである。団長は「いやぁすまんな‼」と言いつつも、へつらうことなく堂々と言葉を続ける。

「休日だってのに呼び出しちまって……最近団員達がたるみがちだったモンでな、ハッハッハッ‼」

「いいや、問題ない。明日は日曜日、今日休まずとも明日に肩の力を抜けばいい話だ」

 そう自信ありきで片笑(かたえ)んだ泉を見て、団長は更に機嫌を良くして、これまた大仰に高笑いをした。

「言えるようになったなぁ、泉ぃ。初めて来た時なんかよりずぅっと男前じゃないか‼」

 肩をバシバシと叩く団長に続いて、副団長も笑みを浮かべて、眼鏡をくいっと引き上げる。

「そうそう、玄関入って()ぐに『(よろ)しくお頼み申し上げます』……ってね」

「あ、あれは馴染んでないが故、多少気を張りすぎていただけだ……‼」

 過ぎた話を掘り返しけらけら笑う二人に、泉はつい顔を赤らめて恥を覚えてしまう。団長は「懐かしいなぁ‼」と依然(わる)びれず、また副団長も可笑(おか)しさで吹き出して、ツボに入ってしまったようだ。一頻(ひとしき)り笑われた後、団長は感慨(ぶか)げに「まさかそんなヤツが、当日中に全員を負かすなんてなぁ……」と口ずさむ。

「……で、今でもこうして気張ってるワケだ」

「っ……‼ 談笑はもう良いだろう、気恥ずかしい……」

 泉は羞恥心と気を紛らわすように話を(さえぎ)り、刀の柄に手を添えた。ここには見栄っ張りの団員が多い中、「ひゅー。っぱ人間は正直だねぇ」と副団長は茶化したのだった。

「―――皆の者ぉ‼ 一旦手を止めてくれぇ‼ 武将霧波泉との手合わせの時間だぁ‼」

 団員達は一度木刀を収め、呼び掛けから直ぐに整列を始めていく。しかし全員が並び終わったにも関わらず、たった一人分の隙間が表れていた。そう、たった一人泉に突っかかった新米団員だけは、真面目に揃った団員達を尻目に―――その顔を如何(いか)にも不満げにして―――更衣室へとつかつか歩いていったのだった。

※本エピソードは「小説家になろう」への投稿として公開されており、後にエピソードの内容が変更される可能性がありますことを、ご留意ください。

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