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おいでませ幽鬼神道町  作者: 狐面 シノ
弐話「便利屋二人のなんでもない休日」

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■参章『付喪神より役立てずにいる全力少女』

「では行ってくる」

「おう、きぃつけてな」


 明快な挨拶を()わし、泉は便利屋の外へと出掛けていった。確か今日は、自警団の訓練に付き合わされる約束だったと聞いている。折角(せっかく)の休日なのに勿体無いなぁ、と小さく溜息をついて、タカはぬるい水で食器をすすいでいく。その後方、先程からうーんと(うな)りながら、咲は新聞と睨めっこを続けていた。(つづ)られているやや古っぽい言葉をひとつひとつ、すぅっと指でなぞりながら、断片的にその内容を読解しようとしているのだ。

「『女子(おなご)』……は、『さも』……だから、ええっと―――あぁーっ……‼」

「うぉっ、なんや⁈」

「あっ、いやいや、なんでもないんです‼」

 煮え切らなくなった咲が根を上げた時、タカは何に驚いたのかとつい振り向いてしまう。咲も直ぐに自身のせいだと察し、咄嗟に誤魔化そうと震えた言葉を返す。その時、癖になっていた苦笑いを見破られたのか、タカは咲の手元を一瞥(いちべつ)(なん)の事かと推理したのだ。

「……新聞? いや、無理に読もうとせんでも。咲ちゃんの使っとる言葉やないやろし」

「うぅ……でも、他にやることが思いつかなくって……」

 以前にも少し話したのだが、この町の連中は人間を容赦なく食い殺すことも有り得る。その事から()だ人間である咲は、便利屋事務所から不要な外出を止められている状態になっていた。しかし此処(ここ)に居て出来る事は限られたもので、どうしようかと悩んだ末に、勉強が不得手ながら新聞でも読もうか、と思い立ったワケだ。何分(なにぶん)、現世へ戻れるのが当分先と分かっているからこそ、趣味の一つでも持っておいた方が退屈凌ぎには丁度いいのだろう。

「……確か『黄泉帰離(ヨミガエリ)の井戸』でしたっけ。そこの工事だって始まったばかりですし、外にも出られないし……なんか、うずうずしちゃって……」

「うずうずかぁ……咲ちゃん、朝から色々あったけど、疲れてないんか?」

「あー……あっちの世界だと常に何かやっていたから、つい……」

 そう始めると、咲は現世でやっていた事を嬉々(きき)として並べていった。

 咲は幼い頃から夢を()かれると、「サラリーマンになってお父さんとお母さんの役に立ちたい‼」と、堂々と語れる程に、誰かの為になりたい欲求が強くあった。父母(ふぼ)には毎朝早起きして家事を肩代わりし、その流れで幼馴染の「鹿島(かしま)百合子(ゆりこ)」の弁当まで仕上げ、その上で自身のやりたいことをしていた。何事にも他者優先、だからこそ自身が優先されている便利屋での生活に、少しばかり物足りなさを(いだ)いてしまった、と()う事らしい。

 飼い犬は何時(いつ)もブラッシングしていてサラサラだとか、お母さんの水晶玉からもきゅっと音がするくらい磨いただとか……タカは咲の話に(うなず)きつつ、「今の子はせっかちさんやなぁ……」とこぼしていた。タカ自身も基本他者を贔屓目(ひいきめ)に見る性格だから、咲の言い分も何と無く分かってしまう。だからこそ、とタカはひとつ考えを口にしたのだ。

「せやったら、ちぃとばかし手伝いでもすっか?」

「お手伝い、ですか?」

 身構える咲に、タカは何でもない風に片笑(かたえ)む。

「そんな固く考えんでも、うちの『付喪神(つくもがみ)』がやったヤツ片付ける程度やから。簡単、簡単」

「んー……ん? 『付喪神』って?」

「あぁ、()()()()()()()()()や」


 第二地獄は物に宿った小さな神―――「付喪神」の面倒を見てくれる人を頻発に募集している。この便利屋事務所にも何個か住み着いていて、その一つこそ、咲が眺めているドラム式の洗濯機であった。朝から動いている洗濯機の付喪神をあっちこっち観察していると、タカの言っていたように、電気ではなく自らの意志で動いている話に説明がつくようだった。

「本当に電気、繋がってないんですね……へぇー……」

 それから硝子(ガラス)越しに回る洗濯物を覗き込んでいると、洗濯機は急にヴィンと(うな)り、またゴドンとその体を跳ねさせた。こちらも思わず体が跳ねた咲に、タカは口酸っぱく言い聞かせる。

「あんましジロジロ見んといてな。ソイツ、人見知りなんよ」

「付喪神にも人見知りとかあるんですか?」

「当然。意識も思考も、咲ちゃんとかワイみたくちゃんと動いとる。もう()()()()()()()()ってこった」

「そうなんだ……なんか、ごめんね?」

 洗濯機に対して、如何(いか)にもバツが悪そうに謝る咲。やがて動きが止まったのを見て、分かってくれたと無い視線を合わせようとした―――刹那(せつな)

「―――ァいだッ⁈」

……勢いよく蓋が開いて、ゴンっと鈍い音がする。見事に命中させられた咲は、つい鼻が砕けたかと思ってしまった。

 それからも咲は、タカに案内されて色々な付喪神と顔を合わせた。依頼書を整理しようとすれば、さび付いたヴィンテージ棚からは(おの)ずとファイルが飛び出して、かと思えば急にやる気満々に掃除を始めていた、コード式の掃除機にも出くわした。そして会計を始める時に取り出したそろばんは、硬貨を並べただけでけたたましく玉を弾かせる。その度彼らには「ありがとう」と告げていたものの、咲の胸には無力感が(つの)るばかりであった。

「はぁー……」

 咲は無意識に、深い溜息と頬杖をついてしまった。

「ご苦労さん。残りはコイツとやっから、しばらく休んどき」

「えぇー……でも、確かにわたしには難しいし……はーい」

 ―――わたし、大して何もしていないのに……。

 気が重くなった咲が突っ伏している間にも、目先のそろばんはパチパチ黙々と計算を続ける。ここまでの作業の中、そもそも「手伝う必要があったのか」と思案したくなるほど、付喪神は優秀なお手伝いさんだ。咲はそれを羨ましそうに見つめることしか出来ない状況故に、しばし少しの劣等感に苛まれていた。

「……いいなぁ、付喪神」

「何が?」

「だって、この子達はわたしと違って努力しなくても役に立てますし。それに道具だから、疲れとかも無さそうで……なんだか、お役御免(やくごめん)な気分で……」

 ……そう愚痴(ぐち)る咲を反論しようとするそろばんに代わって、タカが(なだ)め代弁する。

「……いや、そんな完璧な存在やない。付喪神も持ち主の為に努力するモンやし、意思あるからこそ疲れだって感じとる。(げん)にコイツも、そろそろ休ませんといかんしな」

 指差したそろばんは、先程の意気揚々とした玉捌きから一転して、時計の秒針さながらに動きを鈍くしていた。

「そろばんが……疲れるんですか?」

「そうそう、やから咲ちゃんが思い詰める事やないで」

 タカは疲弊したそろばんを布巾(ふきん)の上に載せ、それから手早く包み結んだ。

「折角やし、咲ちゃんにもあいつらを紹介せんとな。ちょい一緒に来てくれんか?」

「いい、ですけど。何処へ?」

 そう尋ねると、タカはすっと天井を指差した。この便利屋事務所のある建物は合計で三階建て。その最上階に、これからそろばんを診てもらう専門家がいるのだ。

「―――うちより上の階、古道具『九十九屋(つくもや)』へな」

※本エピソードは「小説家になろう」への投稿として公開されており、後にエピソードの内容が変更される可能性がありますことを、ご留意ください。

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