■参章『付喪神より役立てずにいる全力少女』
「では行ってくる」
「おう、きぃつけてな」
明快な挨拶を交わし、泉は便利屋の外へと出掛けていった。確か今日は、自警団の訓練に付き合わされる約束だったと聞いている。折角の休日なのに勿体無いなぁ、と小さく溜息をついて、タカはぬるい水で食器をすすいでいく。その後方、先程からうーんと唸りながら、咲は新聞と睨めっこを続けていた。綴られているやや古っぽい言葉をひとつひとつ、すぅっと指でなぞりながら、断片的にその内容を読解しようとしているのだ。
「『女子』……は、『さも』……だから、ええっと―――あぁーっ……‼」
「うぉっ、なんや⁈」
「あっ、いやいや、なんでもないんです‼」
煮え切らなくなった咲が根を上げた時、タカは何に驚いたのかとつい振り向いてしまう。咲も直ぐに自身のせいだと察し、咄嗟に誤魔化そうと震えた言葉を返す。その時、癖になっていた苦笑いを見破られたのか、タカは咲の手元を一瞥、何の事かと推理したのだ。
「……新聞? いや、無理に読もうとせんでも。咲ちゃんの使っとる言葉やないやろし」
「うぅ……でも、他にやることが思いつかなくって……」
以前にも少し話したのだが、この町の連中は人間を容赦なく食い殺すことも有り得る。その事から未だ人間である咲は、便利屋事務所から不要な外出を止められている状態になっていた。しかし此処に居て出来る事は限られたもので、どうしようかと悩んだ末に、勉強が不得手ながら新聞でも読もうか、と思い立ったワケだ。何分、現世へ戻れるのが当分先と分かっているからこそ、趣味の一つでも持っておいた方が退屈凌ぎには丁度いいのだろう。
「……確か『黄泉帰離の井戸』でしたっけ。そこの工事だって始まったばかりですし、外にも出られないし……なんか、うずうずしちゃって……」
「うずうずかぁ……咲ちゃん、朝から色々あったけど、疲れてないんか?」
「あー……あっちの世界だと常に何かやっていたから、つい……」
そう始めると、咲は現世でやっていた事を嬉々として並べていった。
咲は幼い頃から夢を訊かれると、「サラリーマンになってお父さんとお母さんの役に立ちたい‼」と、堂々と語れる程に、誰かの為になりたい欲求が強くあった。父母には毎朝早起きして家事を肩代わりし、その流れで幼馴染の「鹿島百合子」の弁当まで仕上げ、その上で自身のやりたいことをしていた。何事にも他者優先、だからこそ自身が優先されている便利屋での生活に、少しばかり物足りなさを抱いてしまった、と云う事らしい。
飼い犬は何時もブラッシングしていてサラサラだとか、お母さんの水晶玉からもきゅっと音がするくらい磨いただとか……タカは咲の話に頷きつつ、「今の子はせっかちさんやなぁ……」とこぼしていた。タカ自身も基本他者を贔屓目に見る性格だから、咲の言い分も何と無く分かってしまう。だからこそ、とタカはひとつ考えを口にしたのだ。
「せやったら、ちぃとばかし手伝いでもすっか?」
「お手伝い、ですか?」
身構える咲に、タカは何でもない風に片笑む。
「そんな固く考えんでも、うちの『付喪神』がやったヤツ片付ける程度やから。簡単、簡単」
「んー……ん? 『付喪神』って?」
「あぁ、可愛いお手伝いさんや」
第二地獄は物に宿った小さな神―――「付喪神」の面倒を見てくれる人を頻発に募集している。この便利屋事務所にも何個か住み着いていて、その一つこそ、咲が眺めているドラム式の洗濯機であった。朝から動いている洗濯機の付喪神をあっちこっち観察していると、タカの言っていたように、電気ではなく自らの意志で動いている話に説明がつくようだった。
「本当に電気、繋がってないんですね……へぇー……」
それから硝子越しに回る洗濯物を覗き込んでいると、洗濯機は急にヴィンと唸り、またゴドンとその体を跳ねさせた。こちらも思わず体が跳ねた咲に、タカは口酸っぱく言い聞かせる。
「あんましジロジロ見んといてな。ソイツ、人見知りなんよ」
「付喪神にも人見知りとかあるんですか?」
「当然。意識も思考も、咲ちゃんとかワイみたくちゃんと動いとる。もうただの道具やないってこった」
「そうなんだ……なんか、ごめんね?」
洗濯機に対して、如何にもバツが悪そうに謝る咲。やがて動きが止まったのを見て、分かってくれたと無い視線を合わせようとした―――刹那。
「―――ァいだッ⁈」
……勢いよく蓋が開いて、ゴンっと鈍い音がする。見事に命中させられた咲は、つい鼻が砕けたかと思ってしまった。
それからも咲は、タカに案内されて色々な付喪神と顔を合わせた。依頼書を整理しようとすれば、さび付いたヴィンテージ棚からは自ずとファイルが飛び出して、かと思えば急にやる気満々に掃除を始めていた、コード式の掃除機にも出くわした。そして会計を始める時に取り出したそろばんは、硬貨を並べただけでけたたましく玉を弾かせる。その度彼らには「ありがとう」と告げていたものの、咲の胸には無力感が募るばかりであった。
「はぁー……」
咲は無意識に、深い溜息と頬杖をついてしまった。
「ご苦労さん。残りはコイツとやっから、しばらく休んどき」
「えぇー……でも、確かにわたしには難しいし……はーい」
―――わたし、大して何もしていないのに……。
気が重くなった咲が突っ伏している間にも、目先のそろばんはパチパチ黙々と計算を続ける。ここまでの作業の中、そもそも「手伝う必要があったのか」と思案したくなるほど、付喪神は優秀なお手伝いさんだ。咲はそれを羨ましそうに見つめることしか出来ない状況故に、しばし少しの劣等感に苛まれていた。
「……いいなぁ、付喪神」
「何が?」
「だって、この子達はわたしと違って努力しなくても役に立てますし。それに道具だから、疲れとかも無さそうで……なんだか、お役御免な気分で……」
……そう愚痴る咲を反論しようとするそろばんに代わって、タカが宥め代弁する。
「……いや、そんな完璧な存在やない。付喪神も持ち主の為に努力するモンやし、意思あるからこそ疲れだって感じとる。現にコイツも、そろそろ休ませんといかんしな」
指差したそろばんは、先程の意気揚々とした玉捌きから一転して、時計の秒針さながらに動きを鈍くしていた。
「そろばんが……疲れるんですか?」
「そうそう、やから咲ちゃんが思い詰める事やないで」
タカは疲弊したそろばんを布巾の上に載せ、それから手早く包み結んだ。
「折角やし、咲ちゃんにもあいつらを紹介せんとな。ちょい一緒に来てくれんか?」
「いい、ですけど。何処へ?」
そう尋ねると、タカはすっと天井を指差した。この便利屋事務所のある建物は合計で三階建て。その最上階に、これからそろばんを診てもらう専門家がいるのだ。
「―――うちより上の階、古道具『九十九屋』へな」
※本エピソードは「小説家になろう」への投稿として公開されており、後にエピソードの内容が変更される可能性がありますことを、ご留意ください。




