表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おいでませ幽鬼神道町  作者: 狐面 シノ
弐話「便利屋二人のなんでもない休日」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/30

■弐章『心労の絶えない便利屋との朝食』

 トントン、カンカン、と聞こえる料理の音をさておいて、咲は事務所の二階へと階段を登る。特に口止めとかはされていないものの、咲が二階の様子を目にするのは初めてであった。廊下に沿う形で扉が二つ、それから突き当たりの洗面台には動いている洗濯機。思ったよりも生活感のある雰囲気で、不安だった重要な何某(なにがし)は置かれていないようだ。

「―――二階って、こんな風になってたんだぁ……で、泉さんの部屋は……?」

 目を開きつつ言葉をこぼし、咲は扉の前を行ったり来たりと右往左往(うおうさおう)。「……こっち?」と自信なさげに指をさし、片方のドアノブに手をかけた。キィ、と蝶番(ちょうつがい)(きし)み、咲は隙間から顔をひょっこりと覗かせる。


 眼前には程々に整理された居室が映る。扉側の手前には布を掛けられた姿見と、奥には綺麗な床と対照的に、ごちゃついた木製の机が置かれている。朝日に輝く(ホコリ)が閃きながら、ほのかな墨の匂いが心を正すようだった。「泉は寝ている」との情報から察するに、こっちはタカの部屋なのだろう。気付けば咲は興味本位で、タカの部屋を見回っていた。何と無く視線を映すだけでも、本人の真面目さが部屋の手入れ度合いから(うかが)える。

「コレって―――誰だろう?」

 机の上に焦点が合った時、ふと気になるモノが見つかった。それは無造作な物々の(なか)で、一番手入れが()されている写真立てであった。顔を近づけると、ふぅっと冷たい風が吹き込んだ。中の写真に映っているのは、タカでも泉でもない、関連性が見いだせない一人の()()が振り返った瞬間。(かす)かに笑みを浮かべて、何処(どこ)か寂しそうにも読み取れる表情をしていた。

「……。ってか、こっちはタカさんの部屋だったね。わたしは何も見ませんでしたっと……」

 ―――おっと、抑々(そもそも)は泉さんを起こしに来たんだった。

 咲はいそいそとタカの部屋を出て、今度は選ばなかった方の扉を開く。


 またもキィと蝶番が軋む。ひょっこり中を覗くと、タカの部屋とは真反対の景色が広がっていた。床にはやたらとモノがあふれているのに、机の上だけはある種専用の領域さながらに整っていた。そんな有象無象(うぞうむぞう)の中心で、泉はぐっすりと眠っていた。横顔は美々(びび)しく、咲がこっそり覗き込んでいても気付く気配はない。

 ―――あっちの世界にいたら、きっと人気者だろうなぁ……。

 不意に思ってしまう程、泉は顔が良い。寝ている姿を集めて売れば、それこそ収益足りうる程には、はだけた着物もぼんやりと開いた口元すら相俟(あいま)って、色男の(くらい)が高いのだ。

 咲はついつい頬が緩んで、呼び起こしもふんわり和らいだ声色になっていた。

「――泉さーん、朝ですよー……!」


 しかし。泉は声を掛けられた途端、ものぐさそうに顔ごと布団を被ってしまった。咲の(とろ)けた顔に亀裂が走り、一変して表情が固くなった。


 咲は直ぐに泉の布団を掴んで、勢いよく引っ張った。

「起ーきーてーくーだーさーいーっ‼」

「……っぅ‼」

 だが泉も負けじと、纏った布団を掴んで離さない。咲が引っ張れば、泉は図ったタイミングで引き戻す。その度に立った埃がてんてこ舞いに散り飛んだ。

「昨日っ、起きるって、言ったとッ、思ったんですけどぉ……‼」

「……ぐっ……‼」

 引き寄せ、引き戻され。引っ張れば、引っ張り返される。どうしても譲れない掛け布団を巡った戦いを数分続けて、咲がバテても泉は一歩も譲ってくれなかった。それどころか、段々と引っ張り方に技巧が凝らされて、そう易々(やすやす)と引き寄せることが難しくなる一方だ。こんなところで戦いの器用さを見せるこったないのにねぇ。

「っ……はぁ、はぁ……っ、抵抗するなら……っ、起きてくださいよぉ……っ‼」

 ―――こうなったら最終手段をとるしかない。

 不確定要素が大きいが、これも修練の一つだと言い聞かせ、咲はタカから借りている指輪をはめてから、もう一度布団を強く引っ張った。その時指輪がちらりと光り、途端に泉の力加減が単純になる。

「―――ここだ‼」

 後は少しフェイントを挟むだけで、掛け布団はとうとう引き剝がされたのだ。バサッと掛け布団が宙を舞い、戦いの最中で姿勢を変えたのか、猫背で丸まっていた泉の姿があらわになる。咲は反動からかバランスを崩し、尻餅の勢いで背後のゴミ箱に骨盤をぶつけてしまった。

「―――痛ったぁ⁈⁈」

 拍子に中の紙くずが、元々散らかった部屋へと更に散らばっていく。泉はと云うと、物音に振り向く飼い犬のように、姿勢はそのまま首だけを振り返った。眉間はパッと見でも筋張っているのが分かる。

「……何用だ」

 そう凄まれても……と、咲は苦笑いを浮かべてしまう。

「……昨日、早起きするって聞いたから……起こしてくれって頼まれて……?」

「……そう、だったな」

 泉は(いま)だ不機嫌そうだったが、意外にもスッと立ち上がりスタスタと部屋を出ていった。やれやれと思いながらも、咲は打った部位をさすりながら、ゴミを片付け泉を追いかけた。

「もぉ……。……お尻痛い」


「「いただきます」」

「……あっ、いただきます‼」

 思い出したように手を合わせ、やっと朝食の時間がやってきた。先の色々で疲れ切った後の、一汁三菜の温かな湯気と香りは、今の咲にとって地獄ならではの天国に思えた。現世では高騰していた玄米の食感、深い味わいが特徴の変わった漬物も絶品で、味噌汁はどの世界でも大正義と言えるだろう。そして本日の主役である、盆の中心に置かれた……おか、れた……。

「……。あのぉ……コレ、何の魚なんですか……?」

 それは魚の切身である事に恐らく間違いはない。しかし太く鋭利に飛び出た肋骨(ろっこつ)に、何故か真っ赤に染まったこれまた太い背骨。一応赤身は(シャケ)らしい色なのだが、安心感は見た目のインパクトに敗北していた。タカは何かに気が付いたのか、少し身体が跳ねた。その後震える声で、なんとか「誤魔化そう」……と必死であった。

「あっ……ええっとなぁ。じ、地獄で取れる『(シャケ)』……やんなぁ」

「やっぱり……鮭、ですよね?」

「そうそう、鮭や鮭。変なモンやない……」

 返答に(うな)りで返す咲。まじまじと『鮭』を凝視している間にも、泉は(くだん)の鮭をバリバリと食べ進めていた。

「……人間が食べてもダイジョブですかね……?」

 上げた真顔で今度はタカの目を真っ直ぐに見つめる咲。タカの背に冷や汗が伝う。

「お、おう。問題は無いと思うで、多分……」

「……」

 咲は視線を戻し、少々悩んだ後慎重に魚の身をほどいていく。恐る恐る一片を口に運んだ瞬間―――。


「……美味しい」

 感じたのは、塩鮭に似ているものの、辛味が確かに存在する独特な味付けの「鮭」であった。そう、(まご)う事ない「鮭」だ。少し油っぽいと云う部分でさえ、日本人の咲にとっては中々の味との評価に落ち着いた。骨にさえ気を付ければ、ただの美味しい「鮭」だったのだと、咲も様子を見ていたタカも安堵した。そんなところで、平和な朝食の再開―――の、ハズだったのだ。


「だろう。()()()()()は、天然の香辛料足りうるのだからな」


「「……は?」」

 天然の香辛料と例える、天然の爆弾発言が飛び出した。結界は関係無いのに、場の空気がさっと変わった気がしてならない。

「……ええか泉はん、知らん方がええこともな―――」

「知識は多いに越したことはないだろう? わかっていれば怖くない、とも聞いたぞ?」

「……あー。えっとな、そのぉ……」

「……罪人の、血。けつ、えき……?」

 最早(もはや)これまでか。青ざめる咲に申し訳なさもあったが、タカは全てを諦めた。

「そうだ。本地獄で罪人の拷問に使われた、未練ある鮭の切身だな。だが熱することで血液の成分が分解され―――」


「……あ、あはは……」

「周防咲、顔が青くなっているがどうした?」

 ……咲の脳裏によぎったのは、「人間の血液(一件のトラウマ)を食した」と云う事実だけ。しかしそれは名状しがたい恐怖心を奮い立たせ、あっという間に理解不能へと陥らせる。直後、箸がころん、と床に転がった。


「―――い、泉はん、枕‼ なんでもええから、足高くせんと―――‼」

「よくわからんが分かった‼」

「咲ちゃん、咲ちゃーん‼ 戻ってこぉーい―――っ‼‼」

 折角の静かな朝だと云うのに、事務所は火が付いたような騒ぎだったのだそう。


 さて、火元には彼女が居て(しか)るべき、と云うのが「奴ら」―――以前便利屋と敵対した「慕火(ボヤ)」とその一味にとってはの当たり前なのだろう。便利屋二人を見張る様に窓ガラスを覗き込んで、慕火は携帯電話を耳に当てた。そこからはとんがった男の声が漏れて聞こえる。

「―――で、どうだったんだ『ボヤ子』」

「ん? なにが?」

 ……朝から千鳥足を踏んで、慕火は飄々(ひょうひょう)と首を傾げた。呆れた様子の男は溜息をついて、慕火にツッコミを入れた。

「いや忘れたワケじゃないでしょ。『呼び寄せた人間』は、どうだったって聞いてんの‼」

「あー、ええっと……っとっとっと……」

 ガシャン、と男の耳に、慕火が何かしらへぶつかった音が届いた。

「……お前、まぁた朝から酒飲んでんのか。ま、らしいけど」

「へへへっ……ひっく」

 慕火は悪びれる様子は無く、男の方も何時もの事で好感が持てる、と(とが)める風ではなかった。やがてふらふらと慕火は立ち上がり、ヒックとしゃっくりひとつ、それから言葉を続けた。

「そうそう、あの子は今ぶっ倒れたよ~、ひっひっひ……」

「……は?」

「よくわからんけど。まま、計画通りに引き剝がすさ。心配すんなって!」

 男は唐突に投げ込まれたよく分からない状況を吞み込めず、不意に慕火へまたツッコミを入れてしまった。

「……あのな。計画はいいけど今心配すんの、人間の方なんだけど」

「ん~?」

 「やれやれ……」と呟く声がハッキリと聞き取れた。男にとってここまでに有意義な会話は特になく、引き続き監視を任せる、と云う意味を込めつつ―――。

「……じゃ、引き続きよろしくー」

 ……と、半ば強制的に通話を切ったのだった。相変わらず酔っているのか、慕火は何度も「お~い」やら「もしも~し」と呼び掛け続けている。通行人の視線は冷ややかなものだった。

「―――んじゃ、時間まで飲んで待つか。よいしょっと……」

 やがて頭に理解が及んだのか、慕火はその場にしゃがみ込んで、懐からまたも酒の缶を取り出した。当然、こんな女に便利屋二人―――そして「呼び寄せた人間」が狙われている事は知らぬ存ぜぬ。この休日はただでは終わらないのだと、状況が物語っていたのさ。

※本エピソードは「小説家になろう」への投稿として公開されており、後にエピソードの内容が変更される可能性がありますことを、ご留意ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ