■壱章『何時でも変わらぬルーティーン』
罪人やら魑魅魍魎が贖罪に励む第二地獄、幽鬼神道町にも休日がやってきた。静まり返った早朝、事務所自室の観音開きの窓を開け、タカは大きく息を吸い込んだ。雀もわざわざ温まる必要のない空気が町を包んでいるし、焦らず支度をせずとも、そもそも「開店します」の看板をひっくり返す店などそうそう無い。大きく伸びをして、目覚ましに頬を叩く。そうしてタカの瞼はしっかりと開いた。
「―――っし、ぼちぼち始めっか!」
早速、と押入れを開けて、取り出したのは肩幅位の葛籠ひとつ。その中に詰まった衣服から普段着を引っ張り出すと、寝間着袖を抜いてから淡々と着替えを進めていく。何時もの肌触りの良いタンクトップに、軽く赤のパーカーを羽織る位が丁度いい―――脱いだ服を後回しに、姿見の布を取ったタカは、机の引き出しから木の櫛を手に取る。寝起きでぼさぼさの髪がほどけていくのを見やりつつ、ある程度からまりが無くなった仕上げに、キュッと後ろ髪を一束に結い上げた。タカは改めて映った全身を眺め、それから腕を組んで考えた。相変わらず頭の上に飛び出た一本の毛束が気になってしまうのだ。
「んー……ま、ええか」
―――気にしなくても何も変わりゃしない、か。
タカは毛束の事を隅に追いやって、次の作業に取り掛かることにした。置いといた寝間着を拾い上げ、葛籠をしまい、直ぐ隣にある泉の部屋のドアを叩いた。「入るでー」と一言告げてから中に入ると、昨日息巻いて「起こしてくれ」なんて言った早起き宣言を忘れて、布団に潜り出てこないつもりだろう泉の姿があった。大方反応に予想はついてしまうが、一応タカは泉の傍で、しゃがんで声を掛ける。
「おーい、起きるかー?」
「……起きる」
信憑性のない眠たそうな返事だ。タカは少しムッとして、今よりちょっと前へと顔を泉の耳元に近づける。泉は睨まれているのにも気が付かず、しっかりと目を閉じていた。
「何時、起きるんや」
「……八の、刻」
今から二時間も眠るつもりなのだろうか。「起こしてくれ」と頼まれた以上、タカは仕方なしに最終確認を試してみる。泉への冷ややかな目線が、一層険しくなっている。
「……ンじゃぁ、八時に起こせばええか?」
「……いや、いい」
「はぁ……一応は起こしたかんな」
……どうやら、二時間眠るどころでは済まない様だった。タカはやれやれと泉の服を回収し、その部屋を後にすることにした。
手洗い場の傍に置いてある、比較的新しい洗濯機へと、集めた衣服を持っていく。洗濯機はご機嫌そうに自ら自身の蓋を開ける。タカが洗濯物を詰め込んだ後、蓋は意気揚々と閉まって洗濯が始まった。ゴトン、ゴトンといつにも増して高く跳ねる洗濯機。これなら付喪神の状態は良好だと、タカは次の作業に取り掛かるべく、一階へと階段を下っていく。
一階のソファで眠っている「周防咲」の掛け布団を直して、今度は倉庫へと足を運ぶ。大きな麻袋に溜まった不用品を詰め込んで、規定通りの霊符で封をして、それを抱えたまま事務所から外に出る。静まった町をちょっと歩くと、直ぐに不用品の供養所が見えてきた。大抵、この日時は合掌亭の現アルバイト「樋口巴」の姿があるのだが、今日はその取り巻きだった「長乃原啓子」が、金曜日には珍しく不用品を置きに来ている。
不思議に思い声を掛ける前に、啓子の方からタカに話しかけてきた。水曜日に聞く気軽な声色であった。
「お、タカパイセンちぃーっす。金曜日に珍しいっすね~」
「啓子ちゃんやないか。今日は巴ちゃんの当番やなかったか?」
けらけらと笑う彼女に、タカはキョトンと首を傾げて質問を投げかけた。すると啓子は居たたまれないような瞳で、カラッと苦笑いをした。
「あー、樋口なら朝から寝込んでるっすよ。だからうちが代わりに供養来たっす」
「『寝込んどる』って……何したん、巴ちゃん」
「いやぁ……原因は分かってるっすよ。ほら、百合子の一件でうちら纏めて合掌亭っとこ入ったじゃないっすか。入って早々、樋口めちゃめちゃ無理してて……『早いとこ良い人になるんだ』って、朝も夜も信じらんないくらいキビキビ動いてて……」
「ンまぁ、真面目なんは悪かないな。そんで?」
「んで、めちゃめちゃ疲れてたのか、お酒持ったまま転んだっす。未成年なのに酒被って、朝から気持ち悪いらしいっすよ」
「あー……確か、現世の法律やったっけ、〝未成年〟っちゅうのは」
「そそ、二十歳未満はアルコールに耐性ないからってヤツっす」
そんな世間話の最中、巴は不意にくしゃみを連発した。面倒を見ていた取り巻きの一人は心配そうに声を掛けたが、当の本人は「何でもないし‼ 誰か噂してんでしょ‼」と強がってみせた。呆れた様子の取り巻きは「はいはい、休んでおこうねー」と言い分を信じていない風だった。
「ま、刑期考えるんやったら、急いだってしゃぁない話やけどなぁ」
一方のタカも巴については、やれやれと云った感じの反応を示す。大して急いでも、地獄での刑期そのものに何ら影響が無いと知っての意見だった。啓子は大きく頷いて、表情もカラッと和らいで言う。
「そっすね~。うちもまだ何十年コースっすから、コツコツ頑張るつもりっすよ~」
その後も多少の世間話を交わし、遠くに回収用の荷車が見えてくる頃。啓子は話を結んで、タカに半身を向けた。足は帰路の方へと歩き出そうとしている。
「んじゃぁこの辺で。周防さんによろしくっす!」
「おう! 今日も頑張んなー!」
啓子と別れ、タカが事務所に戻ってきたのは午前七時前後であった。ソファで眠っていた咲は、掛けられた時計の鐘で目を覚まし、丁度大きな欠伸と共に、うんと背伸びをしていたんだ。タカは気さくに「おはようさん」と声を掛け、咲も「おはよう、ございます……」と瞼をこすって返事をする。
「……あれ、泉さん居ないですね。もう外、出掛けたんですか?」
「まだ寝とる。折角やし、起こしたってくれや」
「はーい……ふぁぁ……」
さて、とタカは台所に立って腕を捲り上げる。今日の朝食は昨日買っておいた魚をメインに、何時もの玄米や漬物、味噌汁と言った所。意気揚々と、タカは腰に手を当てたのだった。
「よし―――ちょっとだけ、休日仕様で豪華にしたるか‼」
※本エピソードは「小説家になろう」への投稿として公開されており、後にエピソードの内容が変更される可能性がありますことを、ご留意ください。




