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おいでませ幽鬼神道町  作者: 狐面 シノ
弐話「便利屋二人のなんでもない休日」

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■漆章『惚れ惚れ直す刹那の演練』

 タカの噂話の通りと言うべきか、一方の泉は新人教育も兼ねての剣戟(けんげき)を繰り広げている最中であった。打ち合って三分程度であるにも関わらず、新米団員は既に汗を飛び散らせている。それもそのハズ、先程から新米は(おのれ)の結界を全力で行使し続け、その上で泉と渡り合っている状態だ。しかもそんな攻撃の全てを、泉は余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)(かわ)しているのだから、肉体的にも、精神的にも一方的に追い詰められている。

「このっ……‼」

 肩で息をする間もなく、泉の攻撃が繰り出される。新米は的確に弾き返したはいいモノの、刀に掛かった力が新米の結界とほぼ同等の―――しかも泉は結界を使っていないと見える―――力量だった事に動揺してしまう。

「―――っ……‼ なんなんだよオマエッ‼」

 ()える新米に、「言っているだろう、泉だ」と呼吸の一切を乱さず返答する泉。見ると泉は呼吸だけでなく、汗すら戦う前の状態そのものである。(かろ)うじて「そういうことは聞いてねぇ……ッ‼」と突っ込む新米だったが、その(じつ)追い込まれるしかないことをひしひしと自覚し始めてきていた。

 緊張が走る訓練場。感情は徐々に固くなっていき、新米の結界にも悪影響を及ぼした。

「―――甘いっ‼」

 この場の感情では、既に泉の一撃を受け止める力は発揮されない。ただの木刀は新米の一瞬を突いて、シャッと頬を(かす)め傷つける。

「―――‼」

 返しの刃も的確に返され、新米は一度泉から距離を取った。傷口を手の甲で拭い、一息を吐き出す。そして依然構えを乱さない泉を鋭い目で睨み付け、悔しそうに歯ぎしりをしたのだ。泉からすれば、「良く足搔(あが)く奴だ」程度の認識なのだが。

「刀の扱いがなっていないようだが、誰から教わった?」

「はぁっ……‼ 独学だよ、霧波泉さんを、見てなぁ……‼」

 その泉は首を傾げて、まるでとぼけているような反応を返す。それが(しゃく)に触った新米は、とうとう怒りの沸点を迎える。

「ふざけんなぁぁぁああああ―――‼‼」

 そこからの太刀筋は、我武者羅(がむしゃら)でしかなかった。己の苛立(いらだ)ちが結界を(わず)かに強化していたが、泉が躱せば地面に穴が開くばかりだ。威勢だけは良く、「クソッ‼ 偽物がァ‼‼ くたばれェ‼‼‼」と毒づきながら、力任せにブンブンと刀を振り回す―――守りなど無いものだと、場の誰もが思い込んでいた。

 その時である。身を(ひるがえ)()いだ泉の木刀に、赤鬼特有の強靭(きょうじん)な腕が食らいついた。

「ッ……へっ……‼ (いく)らお前でも、こいつ(武器)さえなけりゃ……‼」

 これさえへし折ってしまえば、後はどうとでもなる―――そう読んだ新米は、全力を(もっ)て木刀を強く握りしめる。怒りは増幅していき、木刀はミシミシと(きし)み始めた。

 そして遂に、棒切れはベキっと音を立ててひしゃげたのである。新米に、余裕の笑みが浮かんだ。

「―――しゃぁ‼ これで―――」

 勝ちを確信し、刀を高々と振りかぶって―――と、そのような予備動作の刹那すら、泉には紛れもない「隙」であった。

「―――は……?」

 何が起こったのか、握ってた真剣は場外へと吹き飛ばされていた。背後には気配の移動すら悟られず迫った泉の姿がある。次に風切り音が聞こえ、新米の首筋に尖った木刀の先端が突き付けられた。

 「―――未熟だ」泉は片笑(かたえ)んで、耳元で言い放つ。途端、血の気が引けて、新米はその場に倒れ伏した。


 新米の気絶からワンテンポ遅れて、訓練場に歓声が(とどろ)いた。冷えていた戦場はあっという間に熱をもって、団員達は興奮気味に感想を言い合っている。「見たかアレ‼」「滅茶苦茶(メチャクチャ)カッコイー‼」「俺もいつか()()()()()()よ‼」と、そのどれもが耳に入れても痛くない泉への称賛であった。

 その中で団長はというと、ぎこちなく笑って……笑って? いる……ようにも見えるね。うん。それくらい、笑みと嘲笑(ちょうしょう)の狭間―――具体的に言えば、眉を下げつつ口は笑っている―――と例えられるだろう表情をしていた。不意にそれが目に入った団員が、隣りの有識な団員に(たず)ねた。

「……なんですか、あの顔。どういう表情?」

「ああ、あれは『とんでもなく満足している表情』だな。今回の戦いに感心しているのだろう」

「そういう……いや、なんか()に落ちないな……」

 ちょっと疑念が残る団長の表情のことはさておいて、新米は少ししたところで目を覚ました。太陽光が目をくらましてはいたが、それよりも新米の視界を支配したのは、先程まで戦っていた美丈夫(びじょうふ)の顔であった。

「おい、大丈夫か」

 今の体制を気にすればする程、新米は胸に熱が(こも)るのが分かった。とぼけているようにも見えるが、眉根ひとつとっても「えっ、あっ……自分、そのぉ……」としどろもどろになってしまう。謎の女にたきつけられた怒りも落ち着いて、目の前の泉が憧れの人物である事実に気が付くまで、そんなに時間はかからなかった。

 更に泉は美々(びび)しい瞳を細めて、申し訳なさげな顔をしてみせる。

「……済まない。少し危険な橋を渡らせてしまったな。ケガは―――」

 立て続けに、頬の傷に(うるお)った指が触れた。今にも血を吹き出しそうだったが、その傷口は直ぐに絆創膏―――第二地獄では「晩装甲(ばんそうこう)」、一()経つまで傷を()()絆創膏である―――で蓋をされる。目立つ音のひとつもないが、ピトッと貼り付けた音が聞こえるようである。それから泉は、柔らかな微笑みを浮かべたのだ。

「新米、焦ることはない。ゆめゆめ努力すれば、(それがし)にも追い付くだろう。―――精進するように」


「はっ―――はいぃ‼‼」

 ……と、色っぽく語ってしまった気もするが、一連の表現は「男」の新米団員のフィルターを通してのモノであると言い訳をしておこう。それがいい。しかし有頂天(うちょうてん)な彼と対照的に、失望をひたひたと感ずるのは慕火(ボヤ)であった。陰から様子を見ていたのだが、あんな腑抜けの為に貴重な余力を削ったことが、どうやら悔しくてたまらないらしい。あーあと呆れ、慕火は独り()つ。

「けっ、そんなヤワじゃぁないか。骨折り損のくたびれ儲け、なんて報告すりゃぁいいのやら。……今日はバックレるか」

 そうと決まれば、酒でも飲みに行こうじゃないか。慕火は意気揚々と開き直って、新たな居酒屋を求め町を千鳥足で歩み始めたのだった。進みは当然、亀よりも遅いのだが。

※本エピソードは「小説家になろう」への投稿として公開されており、後にエピソードの内容が変更される可能性がありますことを、ご留意ください。

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