■漆章『惚れ惚れ直す刹那の演練』
タカの噂話の通りと言うべきか、一方の泉は新人教育も兼ねての剣戟を繰り広げている最中であった。打ち合って三分程度であるにも関わらず、新米団員は既に汗を飛び散らせている。それもそのハズ、先程から新米は己の結界を全力で行使し続け、その上で泉と渡り合っている状態だ。しかもそんな攻撃の全てを、泉は余裕綽々と躱しているのだから、肉体的にも、精神的にも一方的に追い詰められている。
「このっ……‼」
肩で息をする間もなく、泉の攻撃が繰り出される。新米は的確に弾き返したはいいモノの、刀に掛かった力が新米の結界とほぼ同等の―――しかも泉は結界を使っていないと見える―――力量だった事に動揺してしまう。
「―――っ……‼ なんなんだよオマエッ‼」
吼える新米に、「言っているだろう、泉だ」と呼吸の一切を乱さず返答する泉。見ると泉は呼吸だけでなく、汗すら戦う前の状態そのものである。辛うじて「そういうことは聞いてねぇ……ッ‼」と突っ込む新米だったが、その実追い込まれるしかないことをひしひしと自覚し始めてきていた。
緊張が走る訓練場。感情は徐々に固くなっていき、新米の結界にも悪影響を及ぼした。
「―――甘いっ‼」
この場の感情では、既に泉の一撃を受け止める力は発揮されない。ただの木刀は新米の一瞬を突いて、シャッと頬を掠め傷つける。
「―――‼」
返しの刃も的確に返され、新米は一度泉から距離を取った。傷口を手の甲で拭い、一息を吐き出す。そして依然構えを乱さない泉を鋭い目で睨み付け、悔しそうに歯ぎしりをしたのだ。泉からすれば、「良く足搔く奴だ」程度の認識なのだが。
「刀の扱いがなっていないようだが、誰から教わった?」
「はぁっ……‼ 独学だよ、霧波泉さんを、見てなぁ……‼」
その泉は首を傾げて、まるでとぼけているような反応を返す。それが癪に触った新米は、とうとう怒りの沸点を迎える。
「ふざけんなぁぁぁああああ―――‼‼」
そこからの太刀筋は、我武者羅でしかなかった。己の苛立ちが結界を僅かに強化していたが、泉が躱せば地面に穴が開くばかりだ。威勢だけは良く、「クソッ‼ 偽物がァ‼‼ くたばれェ‼‼‼」と毒づきながら、力任せにブンブンと刀を振り回す―――守りなど無いものだと、場の誰もが思い込んでいた。
その時である。身を翻し凪いだ泉の木刀に、赤鬼特有の強靭な腕が食らいついた。
「ッ……へっ……‼ 幾らお前でも、こいつさえなけりゃ……‼」
これさえへし折ってしまえば、後はどうとでもなる―――そう読んだ新米は、全力を以て木刀を強く握りしめる。怒りは増幅していき、木刀はミシミシと軋み始めた。
そして遂に、棒切れはベキっと音を立ててひしゃげたのである。新米に、余裕の笑みが浮かんだ。
「―――しゃぁ‼ これで―――」
勝ちを確信し、刀を高々と振りかぶって―――と、そのような予備動作の刹那すら、泉には紛れもない「隙」であった。
「―――は……?」
何が起こったのか、握ってた真剣は場外へと吹き飛ばされていた。背後には気配の移動すら悟られず迫った泉の姿がある。次に風切り音が聞こえ、新米の首筋に尖った木刀の先端が突き付けられた。
「―――未熟だ」泉は片笑んで、耳元で言い放つ。途端、血の気が引けて、新米はその場に倒れ伏した。
新米の気絶からワンテンポ遅れて、訓練場に歓声が轟いた。冷えていた戦場はあっという間に熱をもって、団員達は興奮気味に感想を言い合っている。「見たかアレ‼」「滅茶苦茶カッコイー‼」「俺もいつかああなりてぇよ‼」と、そのどれもが耳に入れても痛くない泉への称賛であった。
その中で団長はというと、ぎこちなく笑って……笑って? いる……ようにも見えるね。うん。それくらい、笑みと嘲笑の狭間―――具体的に言えば、眉を下げつつ口は笑っている―――と例えられるだろう表情をしていた。不意にそれが目に入った団員が、隣りの有識な団員に訊ねた。
「……なんですか、あの顔。どういう表情?」
「ああ、あれは『とんでもなく満足している表情』だな。今回の戦いに感心しているのだろう」
「そういう……いや、なんか腑に落ちないな……」
ちょっと疑念が残る団長の表情のことはさておいて、新米は少ししたところで目を覚ました。太陽光が目をくらましてはいたが、それよりも新米の視界を支配したのは、先程まで戦っていた美丈夫の顔であった。
「おい、大丈夫か」
今の体制を気にすればする程、新米は胸に熱が籠るのが分かった。とぼけているようにも見えるが、眉根ひとつとっても「えっ、あっ……自分、そのぉ……」としどろもどろになってしまう。謎の女にたきつけられた怒りも落ち着いて、目の前の泉が憧れの人物である事実に気が付くまで、そんなに時間はかからなかった。
更に泉は美々しい瞳を細めて、申し訳なさげな顔をしてみせる。
「……済まない。少し危険な橋を渡らせてしまったな。ケガは―――」
立て続けに、頬の傷に潤った指が触れた。今にも血を吹き出しそうだったが、その傷口は直ぐに絆創膏―――第二地獄では「晩装甲」、一晩経つまで傷を守る絆創膏である―――で蓋をされる。目立つ音のひとつもないが、ピトッと貼り付けた音が聞こえるようである。それから泉は、柔らかな微笑みを浮かべたのだ。
「新米、焦ることはない。ゆめゆめ努力すれば、某にも追い付くだろう。―――精進するように」
「はっ―――はいぃ‼‼」
……と、色っぽく語ってしまった気もするが、一連の表現は「男」の新米団員のフィルターを通してのモノであると言い訳をしておこう。それがいい。しかし有頂天な彼と対照的に、失望をひたひたと感ずるのは慕火であった。陰から様子を見ていたのだが、あんな腑抜けの為に貴重な余力を削ったことが、どうやら悔しくてたまらないらしい。あーあと呆れ、慕火は独り言つ。
「けっ、そんなヤワじゃぁないか。骨折り損のくたびれ儲け、なんて報告すりゃぁいいのやら。……今日はバックレるか」
そうと決まれば、酒でも飲みに行こうじゃないか。慕火は意気揚々と開き直って、新たな居酒屋を求め町を千鳥足で歩み始めたのだった。進みは当然、亀よりも遅いのだが。
※本エピソードは「小説家になろう」への投稿として公開されており、後にエピソードの内容が変更される可能性がありますことを、ご留意ください。




