■終章『更生と再起、百合咲く少女ら指切り直し』
復讐地獄が割れ、路地裏の景色が取り戻される。砕けた風景は白に黒、百合の花弁がはらはらと舞い、今目を覚ます少女にそっと触れていく。
百合子が目を覚ますと、先ず目に入ったのは涙を溜めて、不安げな笑顔を浮かべて、目に入れても痛みの無い愛しき咲の顔であった。気付けば膝に頭を預ける体制で、人の温もりを持ったちらつく素足が、百合子の体に触れていた。
咲は百合子の目覚めに安心し、目一杯の息をついた。
「……咲」
「百合子ッ……! 良かったぁ……‼」
溢れた涙はとめどなく、百合子の学生服を濡らしていく。その涙が手の甲に落ちて、百合子は今迄の事を後悔する。怒りに任せて、咲との約束を何度も破ったのだから、こんなに優しくされる義理など無い、なんて思ってしまったんだ。涙は伝播し、百合子も不意に泣き出してしまう。
「私―――どうしてこんな事しちゃったんだろう……ッ‼ ごめんね、ごめんね咲っ……‼ こんなんじゃ、友達でいるなんて……ッ‼」
「わたしも、本当にごめんね……! 約束なんて気にしないで、百合子らしくいてくれるだけで、わたしはいいの……‼」
まるで子供の様に泣きじゃくる百合子の頭に、そっと咲の手が添えられる。母親から受ける事の無かった愛情が、撫で付けられる手のひらから感じ取れるようだった。二人はひたすらに良いよ、良いよと慰め合う。二度と訪れる事の無いハズだった、約束の取り決めを何度も、何度も、彼岸で気の済むまで。
「―――大丈夫、大丈夫……! 百合子は、もう悪くないんだよ……!」
「咲ぃ……っ!」
心を寄せ合う二人を眺めていた巴にも、嬉しい出来事が訪れる。先の一件、途中まで行動を共にしていた、生前の取り巻きが巴を見つけたのだ。取り巻き達は巴の名をしきりに呼んで、あちこち探し回ってようやく、と言ったところだろうか。
「―――巴ぇー‼」
駆け寄ってきた取り巻き達に対し、巴ははっと振り向いて、けれど直ぐに動揺を取り繕い「遅い!」などと大袈裟につんけんしたんだ。
「アンタ達、今迄どこ行ってたのさ⁉ こっちは大変だったんだよ⁈」
「ごめんごめん。襲われた時、つい逃げちゃって……」
わざとらしく舌を出して謝った取り巻きの一人に、巴は見せた事の無かった、仕方のないと言いたげな表情を浮かべた。
「全く……悪気ないんだったらいいけどさぁ……」
「……え? 怒らないんだ」
「……んん?」
「いやぁ、いつもだったら『マジで許さないから』とか言ってさ、三日は口きかないし……丸くなった?」
ここで気が付いて、巴は顔を真っ赤にして、性格のみならず目をも丸くした。言う通り、生前の巴なら咎めるなんて行為はせず、怒りのままに罵倒してばかり……だったと云うのに、巴は今、怒る事もなく軽い程度で済まそうとしていた。突っ込まれた自身の変化に驚きつつも、その事が酷く恥ずかしさを呼び寄せたんだ。
「バッ―――うっせぇ‼ 一々突っ込むなしぃ‼ 色々あったの色々と‼」
態度をひた隠す巴が可愛らしいのか、取り巻き達は煽るように声を揃える。
「へぇ……」
「っぅ―――‼」
取り巻き達は巴のことを心底心配していたが、巴の印象が変わった風に感じて、それが何処か可笑しくらしくない、なんてけらけらと笑い飛ばした。便利屋二人も納得できる結末に、心が落ち着いたようだった。それから一通りの区切りがついて、幽鬼神道町を漂う花弁は何時の間にか、三途の川のその先まで、古き約束を連れて流れていったのさ。
―――これにて、『もう一度』を望んだ少女らの約束は果たされて消えた。これからは使命感に消える事の無い、「自分らしくある」約束を携えて、彼岸と此岸双方で彼女らは生きるんだ。
そう話を結んだ時、雪分の拍手が可愛らしく本殿に響いた。傍にあった百合の花は、以前よりも芸術的な色―――白黒が渦を巻いているような模様―――をしていたんだ。早速、それを『彼女』の墓まで持っていこう、と提案すると、雪分は大きく頷いてくれた。
記憶界は誰かの忘れられた記憶が住み着く。もし思い出されれば、住人は新たな記憶として現世へと帰り、此処からは姿を消す。白百合の花畑もこうして、私が語った事で意義を果たし、既に現世へと復活を遂げているだろう。だからこそ、残されたこの一本は唯一、先程で「語り切れなかった顛末がある」事を表していた。そんなことを話題に挙げ、墓から戻る帰り道。雪分は興味津々に「その後の彼女達がどうなったのか」を訊いてくる。まぁ、供えるモノは供えたのだから、別に語ってもいいだろう―――。
さて、便利屋事務所は俄かに騒がしくなっていた。女子高生三人はその後どうするかの結果が出るまで、咲から語られる今の現世トークに花を咲かせていた。ネガティブな事柄は程々に、ポジティブな話題を積極的に―――だがその中で、巴はあるひとつに仰天したんだ。
「―――はぁ⁈ アイツに彼女⁈」
聞くところによると、巴が思いを寄せていた男子生徒は、余りにも凄まじい速度で彼女を手に入れたらしい。巴はバレンタインデーにもプレゼントを贈る程に心酔していた彼奴が、巴が居なくなった途端に彼女を作った―――只々ショックを受ける報告であった。
「そうだよ? あれからもう『卒業したら結婚するんじゃない?』なんて噂もあるよ」
「誰よその女ぁ‼ おーしーえーなーさーいぃっ‼」
涙ながらに必死こいて、その女の名を聞き出そうとする巴。あー、あー、と目を回しているのに構いなく、咲の肩を掴んで揺さぶりつつ問い掛けていると、不意に殺気が向けられている事に気が付いた。視線をゆっくり移動した先には、まるで不気味な人形さながらの笑みを作った百合子がいた。
「……えっとぉ……?」
「……咲を困らせないで、樋口巴?」
威勢は彼方に飛んでいき、巴は一気にしおらしくなる。
「分かったっ、分かった分かった……泉さんみたいな呼び方、百合子が言うと心臓に悪いって……」
「心臓ないでしょ?」
「そうですけどねぇ‼」
やり取りに思わず笑いを零す咲。一先ずと茶をすする百合子に、頬を膨らませて遣り切れない様子の巴―――三人の様子を見守っていたタカも、元気で何よりと、肩をすくめた。
「若者は騒がしいやっちゃなぁ……」
「―――只今、戻ったぞ」
「おう、お帰り。んで、その手のヤツは……閻魔庁からか?」
ここで、今日の依頼を終えた泉が事務所へ帰ってきた。手に持っていたのは、先程覗いたポストの中身だろうか。一見して分かる朱色の封筒は、丁度三つ届いていた。
「そうだ。今確認するが―――そこの三人宛だ」
それから暫くして、三人を集めた便利屋二人は、改まって封書の中身を伝える事にした。少し前に、閻魔庁へと送った申請書―――一つは、百合子が幽鬼神道町の各所に送った履歴書の結果。一つは、巴が友人達と志願した勤め先の通知書。先に取り出したのは、巴に関する書類であった。
「―――えー、先ずは樋口巴からだ」
「……うっす」
流石に緊張してきたのか、巴はつばを飲み込んだ。しかし泉の顔が比較的柔らかい事が引っ掛かり、おちおちと感情を上げ下げするのもままならない。泉は何を心配するでもなく、大様に報告をした。
「合掌亭から許可が貰えた。友達も認可され、住み込みでの業務にあたるよう……とのことだ」
タカの「良かったなぁ!」と言う言葉を皮切りに、巴はガッツポーズを決めて見せる。キャッキャと嬉しそうに何度か飛び跳ねて、せわしなくポケットから携帯電話を取り出すと、バッと立ち上がり端末を開いた。
「―――ぃやったぁ‼ 泉さん、ちょっとアイツらに連絡してきます‼」
「相分かった。……次に、鹿島百合子」
「……はい」
百合子が送った履歴書は片手で数えられはする。その中で一つでも引っ掛かっていれば御の字だと、百合子は平然を装って気を張っていた。しかしこれにも、泉は緊張感を抱かせる事無く言葉を続けた。
「応募書類の中のひとつ、死神協会から正式に見習い採用だそうだ。暫く住まいは閻魔庁になるが……部屋はここだ」
ほっと息をついて、安堵した百合子。同封されていた閻魔庁の寮の見取り図がテーブルに広げられ、部屋の一つに赤い丸があるのを見つけられる―――そこに百合子がお世話になる住まいがハッキリと記されていた。だが泉が指差した地点を眺めて百合子より先に反応したのは、心当たりしかない部屋の位置に気が付いたタカであった。
「えー……ほんまかいなぁ……」
「どうした?」
「いいやなんでも。……百合子ちゃん」
「はい……?」
態度が急に変わったタカを、百合子は不思議そうな顔で見つめている。タカは鋭く忠告するように、更にやや語気を落ち着かせて、あることを願い出た。何処か落ち着かないようで、先程から組んでいた上の足が、宙で貧乏ゆすりを始めていた。
「……なんか転がっとったら、直ぐに送っとくれんか?」
「まぁ……大丈夫、です……?」
閻魔庁の寮室、タカが心当たりのある、今は誰も住んでいない部屋―――わかったろう、元・タカの部屋であった。タカはそれだけを百合子に伝えると、泉を小突いて話を進めさせる。泉は咳払いの後、咲に宛てられた一枚の書類を広げる。
「最後に、周防咲……の、事なのだが……」
途端に、泉の表情が曇った。咲に悪寒が走る。
そう、最後の封筒の中身というのは、人間である咲を現世に送り返す願書、その返答だったんだ。その事を双方知っていたからこそ、咲は妙に躊躇う雰囲気の泉を見て、予想してしまった今後の展開に戦慄してしまったのだ。
「……なんですか、凄くもったいぶってるみたいな……?」
咲が震えた声で訊ねると、泉は眉間にしわを寄せた。「非常に言いにくいのだが―――」と触れ込んだ瞬間、咲にくっついている全ての肉が石の様に動かなくなった。
「―――帰る目途が立たないようだ。」
「え―――」
「第二地獄から現世への移動は、地獄由来の魂のを利用している。人間の移動は本来ならば『井戸』を使うのだが―――少なくとも当分は、工事が終わらないそうだ」
「え、え―――?」
要するに閻魔庁の言いたいことは、「たった一つ人間を送る手段が使えない状態であるからにして、保証こそあるが時間が欲しい」とのことだった。
「あぁ、エレベーターになるっちゅう噂かぁ……で、どうすんねん」
「それをこれから決めなければならない。時間はかかるが―――そう時間は掛からないようにするさ」
「……」
……こうして、周防咲は暫くの間、第二地獄にとどまる形となった。これからの話にも顔を出すだろうし、登場人物に花があるのは、こちらとしてはまあ構わないんだけどね。「第二地獄にとどまる」と云うことは、「現世で暫く行方不明になる」事を指し示すんだ。それ以前に、帰れると思ってあれこれ話していた咲は、約束に水を差されたってわけさ。
「そ―――そんなぁあああああっ‼‼」
恥ずかしいし、特段嬉しいかとも言えないだろう、咲は期待と云う空から落とされて、また叫ぶ事になってしまったとさ。
※本エピソードは「小説家になろう」への投稿として公開されており、後にエピソードの内容が変更される可能性がありますことを、ご留意ください。




