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おいでませ幽鬼神道町  作者: 狐面 シノ
壱話「百合咲く少女ら指切限満」

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20/23

■漆章『幼き日に見た善・悪・善』

 百合子(ゆりこ)が職員室から(だっ)せた時、既に空は赤く夕焼けが広がっていた。()ぐにでも落っこちる太陽が夜を運ぼうとしていると()うのに、百合子は彼女の姿があった事にふっと驚いた。こんな時間になっても、幼馴染としての(さき)が校門前で待っていたのだ。咲は振り返り、百合子を見つけると微笑(ほほえ)んで、それから「おいで」と手を振った。


「ね、一緒に帰ろ?」

「……うん!」


 咲の優しい声、仕草、所作(しょさ)や行動をも、百合子は(たっと)び涙が零れた。家に帰ったら起きる惨状は、咲とこうして下校する間だけは思い出さずにいられた。永遠に続かない時間を恨みつつも、二人は下校ルートを辿っていく。

 歩いてゆく(ほど)、空は黒に塗りつぶされていく。ぽつりぽつり、家々の(あか)りがともっていき、何処(どこ)からか香辛料の香りが漂ってきては、腹の虫が泣きわめく。こんなにも当然のように思い描ける幸せな日常と、百合子は遥か遠くに位置していることに劣等感を覚えてしまう。きっと今日の夕飯も、門限を破った罰で捨てられてしまうだろう。

 そう不安げになった顔を覗き込んで、咲は待ってました、と笑顔を浮かべてしゃがみ込む。何かと百合子が首を傾げる間に、咲はランドセルに手を突っ込んで、そこから一箱、バンダナに包まれた弁当箱を取り出した。そこから(わず)かな温もりを感じる弁当箱を、咲は表情を崩さずに「はい!」と百合子に手渡したんだ。


「……咲、これって……?」

「今日ね、たまたま早く起きれたの。だから、百合子にあげるお弁当、作ってきたんだ‼」

「え……⁉ もっ、もったいないよ、こんな……い、いいの?」


 「なにが?」と逆に疑問を抱く咲。百合子は申し訳なさで弁当箱を突き返すつもりだったのだが、どうにもお腹が鳴るばかり。折角(せっかく)の、こんなに美味しそうな食事の機会は当分ないのだろうか。可能性が脳裏をよぎった時に、突き返す……なんて選択肢は無くなってしまった。

 百合子は少し照れくさそうに、けれど嬉しそうに(うなず)いた。


「……ありがと」

「えへへっ、百合子が喜んでくれて、ほんっとうに良かったぁ……‼」


 二人は帰路にある公園に立ち寄ると、人目を避けつつ言葉を交わす。百合子が広げたお弁当の中には、不器用な切り方のリンゴウサギ、ごま塩が溶け込んだ白米に、(いわ)く余り物のほうれん草の和え物がぎゅうぎゅうに詰まっていた。

 ―――いつもはこんな量、家では出されないんだよね。

 まるで宝石箱にも思えた幼馴染のお弁当は、百合子にとってお腹も心も、()り減った分を埋めてくれるようだった。今日の実験楽しかったね、なんて談笑(だんしょう)していると、門限を守ろうとする使命感がさておかれ、気が付けば三日月が二人を見守る頃合いになっていた。

 そろそろ帰らないといけない。こんな時間にうろついたりでもしたら、いつ不審者に出会っても可笑(おか)しく無いだろう。すると、咲がこんなことを百合子に呟いたんだ。


「……その、百合子は悪くないよ」

「え?」

「今日のこと。そもそも零点(れいてん)が顔狙ってたのが悪いんじゃん‼」


 「別に気にしなくても」と奥手の百合子を、「そんなことない!」と懸命に(はげ)ました咲。その瞳は真っ直ぐで、理不尽に触れて来なかった純粋な眼差しだったんだ。そんな無垢(むく)さに仕立て上げた百合子自身は、そう咲に言われるだけでも、溜めていた鬱憤(うっぷん)が晴れていくようだった。

 百合子はどうしても元気づけようとする咲に折れて、やや怪しげなままに聞き返す。


「……私、悪くない……の?」

「そうそう―――」


 刹那(せつな)、暖かい体が触れた。冷えてやせ細った胴を包み込む、暖かく優しい包容―――咲は百合子を抱きしめて、「大丈夫、大丈夫だよ」と背を撫でる。今迄(いままで)感じていた不安も不満も、全てが温もりに溶けていくようだった。


「―――だから、百合子は自分が悪いなんて思わなくていいのっ!」


 咲は百合子の肩に手を置いたまま、目線を合わせて微笑んだ。月夜に照らされた太陽のような少女―――百合子は改めて決意を固めた。


「うん、大丈夫だよ、咲。私、もう何とも思ってないから」

「ならよかった! また明日も話そうね、百合子!」

「―――うん!」


 ―――それはおおよそ、幼く弱い少女の姿で抱く感情ではない。少なくともこのおぞましき感情は陰に隠れて、咲は見つけることができないだろうから。


 そして、あの日が訪れた。まだ校庭の砂が熱されている真夏の放課後のこと。百合子を今日も待っていようと、咲が校門をくぐろうとした瞬間。誰かが咲の手をぎゅっと繋いだ。驚いて振り返ると、咲の手を握っていたのは間違いなく、百合子と今日も喧嘩をした「零点」その人だった。

 咲は、百合子を困らせている零点が、いきなり手を繋いだことに少しばかりの恐怖を抱いた。だがそこはいつも強引な零点のことで、彼は顔を伏せたまま、黙って手を引いた。

 それは一匙(ひとさじ)の興味本位。咲は零点に何も言わずついていくと、歩いて一分も満たない校舎裏まで連れられてきた。ここは道路からは見つからず、窓から見下げることでしか人目の付かない場所だった。零点はそこで手を話し、酷くもったいぶって、噓くさい咳払いをした。


「……周防(すおう)さん。その、なんだ……えっと」

「……零点くん、どうしたの?」


 顔を真っ赤にしているのは、真夏の気温のせいだろうか。ふと、零点の背に何かが隠されているのを、咲は見付けてしまった。その瞬間から、零点の火照(ほて)りを夏の仕業に出来なくなったんだ。

 何故なら、背に隠されていた紙の束の正体こそ―――。


「―――お、俺っ、周防さんのことが好きなんだ! 付き合ってください!」

「―――えっ」


 そう、ラブレターであった。火照りの正体は恥じらいであり、零点の勇気を表してもいたのだから。


「……えぇっ⁈」


 今迄気を(つか)って来なかった男子生徒は、ラブレターを差し出したまま動かない。咲も固まったまま混乱に陥り、同時に恐怖や相手への配慮なんかで脳を支配されてしまう。付き合いたくない、だが傷つける事もしたくないのだと、我が(まま)な思考が渦を巻く。

 緊張で流した涙が、砂に溶けて茶色く濁った。―――途端。


「―――ぇ……⁈」


 宙を舞った、ラブレターの束。蝉時雨(せみしぐれ)がかき消した、殴打の音。そして流れる、幼馴染の青い髪が、赤をはらんだ。


「―――ッぅ……‼ 鹿しっ……⁈」

「―――ふざけんなぁっ‼‼」

「ッ⁈ ガッ、ああっ、ギッ……ひっ……!」


 何度も、何度も、幼馴染は拳を振り下ろす。既に血が滲んだ皮膚を、依然として殴る、殴る。


「―――ゆりっ、百合子、やめ、やめなよ……‼ もう十分だって‼」


 断末魔が鳴り止まない。(ひぐらし)がより一層(わめ)き散らかし、現実を曖昧にしていった。


「わたし悪い事されてない‼ だから止めて、お願いっ、死んじゃう……‼」


 既に零点は動けなくなっていた。顔を徹底的に潰されて、滔々(とうとう)と血が流れた。咲は恐怖で身をすくめ、告白の時より大粒の涙を滴らせる。それを起き上がった百合子は、不思議そうな顔で見つめていた。


「―――百合子、どうして殴ったりなんか……」

「逆に、さ。咲は()()()()()()()()?」

「……ッ、え?」


 アリス・リデルの気持ちが何と無く分かってしまう。狂気を感じつつ、「不思議の国では普通だ」と言われているような、奇妙な一言。幼馴染はどこで、殴って当然などと学んだのだろうか。

 続けざまに、百合子は自身の考えを示した。


「だって、零点が咲を困らせたんだもん。殴らないの?」


 ―――やっと、理解が追いついた。

 咲はこの時から、世の中には「()()()()()()()」が存在するのだと悟った。そして―――簡単に覆さない百合子の世界(不思議の国)も、確かにあるのだと。

 考え抜いた末に、(アリス)は意を決して鹿島百合子(ハートの女王)に願い出る。


「……百合、子。一つだけ、お願いがあるの。」


「―――わたしは百合子に、取引をしたんだ。『友達でいたいなら、もう誰も傷つけないで』って。……正直、無謀だった。百合子はそもそも、傷つけることが当たり前だったのに、それをわたしが縛った。……百合子は、わたしの約束をあの日まで、ずっと守ってたんだ」

「……じゃ、じゃあ抵抗とかしなかったのは、その―――」

「そう、約束。()()()()()()()()()()()()、樋口にも反撃しなかったんだと思う。……だからきっと、百合子はわたしと離れて……あんなことをした」

「……ッ」


 巴は咲が話す間、一言も口を挟まずに聞いていた。真剣に(あやま)った(おのれ)と向き合おうとしているのだと、咲も知っていて話を進めていた。そして明かされた「鹿島百合子を縛った呪い」を、巴は利用していたと理解が及んだんだ。

 便利屋二人は(そば)で黙って、二人の様子を(うかが)っている。地獄に落ちる罪状は様々で、こう言った「誰かの呪い」云々(うんぬん)は対して珍しいことでもない。だが現状問題を起こしている百合子は、咲の言う通り、巴だけのせいで妖魔となった訳ではないのだと、確信を抱くことができたんだ。

 「そんな感じ」と、咲は思い出話の紐を()じ、幼い頃から得意だったろう笑顔を浮かべたんだ。


「―――長くなっちゃったね。でも、樋口のこと、少しでも知れて良かった。ありがとう」

「……さっきも言った。あたしみたいなのを褒めないでよね。全く……」


 二人は地獄と云う場所で(ようや)く、互いの事を知る事ができた。話もひと段落ついて、息をついた巴が便利屋二人に声をかけようとした―――瞬間だった。


『御釈迦様は地獄の様子を御覧に入れた。汝の行いは報われるべきだ。なればこそ、その【糸】を掴むが善い』


 ―――それは二度目の悲劇だった。二度目の罪だった。もう二度と見たくないと願った、全てを引き裂く―――百合子の血濡れた刃だった。


「なっ……⁈ くそっ、どっから嗅ぎ付け―――⁈」


 タカが足元の異変に気がつくのは一秒と掛からない。あの時黒百合が掴んだ足首、その靴下の中には、身を隠していた種子が顔を覗かせて不気味に微笑んでいた。そう、既に場所なんざ把握されていたんだ。

 そうして頃合いを見て、咲の目の前で思い出話の再演をした百合子は、巴の魂の身体を踏みつけて、酷く失望した溜息をついた。


「……咲。来て早々に何をしているの?」

「……っ」

「ねぇ、こいつを許そうとでもした? ……咲は優しいから、しょうがないけど」


 「周防咲‼」と泉が叫ぶ。咲はその声に押されるように、一歩、また一歩と引き下がる。しかし百合子も、一歩、また一歩と咲に迫った。


「咲、これからは一生一緒にいようよ。あんな世界、もう知らないふりをしよう?」

「……百合子、本当にごめんなさい‼ あんなこと―――あんな約束しちゃったばっかりに……‼」

「だったら、今度は私の約束、守ってくれるよね?」


 カツン、と足音が響いた。途端に周囲の景色は、路地裏から花畑へと変わっていく。霧が立ち込め、咲き誇る黒百合が地を覆っている。再び権限した《復讐地獄》は、新たに怒りを加えられた空間として、この幽鬼神道町を脅かさんとしていた。

 そうして息つく間もなく、咲は巨大な黒百合に包まれて(とら)われてしまう。その花弁を愛おしそうに撫でて、百合子はキッと便利屋二人を睨み付けた。


「―――この便利屋どもを殺したら、()()()()()()()()()()()()()―――咲‼」


 百合子の姿は見る見るうちに黒百合に飲み込まれる。茎の中枢(ちゅうすう)、まるでポッドのような空間に漂う百合子。空から舞い降りた蜘蛛の糸は、百合子を飲み込んだ黒百合に蜘蛛足を生やした。そして花弁は裂けて、口となり咆哮(ほうこう)する。

 百合子は再び妖魔となって、『黒百合が包む結界』に捕らえた咲を守るべく、その憤怒を便利屋二人へと向けた。


「―――百合子ちゃん、ちぃっとばかしお灸据えっかんな‼」

「ああ、ここで因縁を断ち切らせて貰う―――放っておくわけにはいかぬ故‼」


『鬱陶しい……こんな虫、あの子に近寄らせることすらおぞましいのにッ‼‼』

※本エピソードは「小説家になろう」への投稿として公開されており、後にエピソードの内容が変更される可能性がありますことを、ご留意ください。

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