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おいでませ幽鬼神道町  作者: 狐面 シノ
壱話「百合咲く少女ら指切限満」

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19/23

■陸章『消え失せた二人の悪意の訳』

「噓っ、アンタも死んでたの⁈」


 (さき)が久々に聞いた(ともえ)の第一声は、当然の事であり物凄く頓狂(とんきょう)な問い掛けだった。さもありなん、咲は口をついて言い払った。


「死んでないよ‼ ……多分‼」

「なんで自信ないのよっ‼ もぉ……‼」


 立て続けに訪れる、意図しない知り合いとの再会に困り果てて、遂に巴は頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。百合子は暴走(ちゅう)だし、咲とも今、合わせる顔を持ち合わせていなかったのさ。

 そんな様子を眺めていたタカはピンと来たように、巴へ確認を迫った。


「巴ちゃん、(イジ)めよった『サ』ってのは……」

「……そう、咲。周防(すおう)さんのこと」


 「まぁそうなるわな……」タカは諦め気味に息をついた。泉はいまいち状況を飲み込めていないのか、さほど興味も無いのか。黒百合をツンツンとつついて、動かないかを念入りに確かめている。……まぁ後者だろうけどね。

 ()()として、巴は二進(にっち)三進(さっち)も行かなくなってか、「あーもぅ‼」などと一人で毒づいている。それを見た咲の目は、やや軽蔑(けいべつ)こそあったが同情の余地を残している風だった。


「……樋口(ひぐち)

「ホンット間が悪いっつうか……()だ逢いたくなかったのにぃ……」


 険悪な空気が漂う。だがそこで(ようや)く気に掛けた様子の泉が、物申す気持ちを抑えきれずに、巴へと近づいた。

 タカは如何(いか)にも「やめときゃええのに……」と冷ややかな目線を送っていたが、そんなこと泉には感づけぬまま、泉は言葉を絞り出す。


「―――樋口巴、水を差すようで悪いが、口を挟ませてもらう」

「なによ……大した事情も知らない癖に」


 「それも承知の上だ」と言い切った泉を、巴が切り捨てる事は無かった。


「確かに詳しい事は計り知れない。……だが、生前の未練を地獄(此処)まで引き擦るのは頂けないな」

「……ッ」

此処(ここ)贖罪(しょくざい)の場だ。今のうちに清算した方が、今後の為だろう」


 悔しそうに唇を嚙み締める巴。ええ分かっていますとも、と少し目を伏せた後、再び咲を見やる巴の視線がぶれる。

 巴の心に、もう誰かを傷つけたりはしたくないと()う思いが芽生えていたのは、その場の感情を利用する便利屋にとどまらず、誰もが知りうる事だったろう。何故かと言われれば、歴然(れきぜん)として悪感情が抜けきっていたからである。泉が「承知の上で」と口を挟めたのも、毒づいた台詞(せりふ)何処(どこ)にだって、相手を(けな)す雰囲気が感じ取れ無かったのさ。

 そして自身の心であるが故に、巴も逃げ切る事は出来ないと悟った。彼女は大きく目を瞑って、眉間(みけん)にしわを寄せ、語気強く観念の言葉を吐いた。


「……分かりましたッ‼ 分かりましたよ‼」


 勢いのままに立ち上がった巴は、つかつかと咲に近づいた。咲は少し身構え、巴の行動を見守っている。その手にあった櫛刃(くしば)を突き付けてきても、今迄(いままで)の巴を考えれば有り得ない事ではない―――と、警戒していた咲だったが、予想に(はん)してしおれた様子の巴は、櫛刃をスカートのポケットにしまい込んで、それから咲へと目線を合わせたんだ。


「周防さん‼」

「なっ、なに⁈」


 意外な驚きと、突然の呼び掛けの二つ。それが半々の感情の状態で、咲はビクッと反応してしまう。その声は如何(いか)にも改まっていて、傲慢(ごうまん)な印象の巴とはかけ離れたシチュエーションであった。

 更に咲の度肝(どぎも)を抜いたのは、次に巴が背筋を伸ばして、頭を下げた事だった。


「……ごめんなさい。嫌がってた事に、気づけなかったあたしのせいだ。……本当に、ごめんなさい」


 ―――そこまで言うつもりは無かったのに、つい。

 巴は自身の厚生ぶりに驚きつつも、懇切丁寧(こんせつていねい)に謝り通したと感じていた。百合子に口を開いた時と同様、許す判断を相手に(ゆだ)ねるつもりの謝罪だった。しかも相手は百合子ではなく、理不尽に巻き込んだあの周防咲だ。到底許される事ではないと、涙を(こら)えた時だった。


「―――樋口」

「……なにさ」


 咲からは罵声から程遠い、(さと)すような優しい声色(こわいろ)をしていた。巴が恐る恐る顔を上げると、咲の顔は(むし)ろ悪意の無い、安堵(あんど)の微笑を浮かべていたのさ。


「言ってくれて、ありがとう」

「は―――なんでよ、なんで感謝なんか―――っ‼」

「じゃあ、(うら)んで欲しかった? ……多分、違うよね?」


 文字に起こすだけではきっと伝わらないだろう、咲の「大丈夫、分かっているから」と言いたげな発言は、まるで過去に経験した賢人(けんじん)たる雰囲気を(まと)っていた。

 勿論(もちろん)、何を言っても恨み節を語って欲しい訳じゃぁない。巴は心を見透かされた、奇妙な感覚に(おちい)っていた。


「……そう、だけど。どうして周防さんが分かったのさ」

「……なんだか、百合子みたいだなって思っただけ。『()()()()()悪い事』は、散々見てきたから」

「百合子が……? アイツ、悪気無くて()()()()を……?」


 信じられず、つい聞き返した巴。百合子は現世にて《復讐》の地獄を展開するに至った。そこで取り巻きや巴を、憎悪(ぞうお)(こも)った瞳で睨み、躊躇無(ちゅうちょな)く殺してのけたのだったね。……けれど、それらが「悪意の無い行動」だったと咲は言ったんだ。何か、百合子は表に表していない「()()」を握っている―――悪意の無い、自身に似た行動の意味がそこにあると、巴は興味を向けたのだ。それに咲は何も言わずとも、(うなず)いて語ろうとする。


「ううん。……わたしも百合子も、小さい頃の話なんだけどね」


 だが、便利屋二人は現状を忘れていない。此処は何時(いつ)戦いが起こっても可笑(おか)しく無い、地獄の一丁目なのだから。タカは申し訳なさそうに話を中断させる事に踏み切ったんだ。


「―――悪いけど、長話やったら場所変えるで。何時までも同じ場所にとどまる方が危険やし」


 一行は路地裏へと移動する。そこまでは便利屋二人の余力と巴の武器を用いた戦いが何度かあって、身を潜めた時には全員が疲れている様子だった。これ以上の消耗は御免だと、路地裏は入口が二つだけ、その両方を壁に偽装できる代物「追目隠(おいめかく)し」で(ふさ)ぎ、用のある二人だけの空間を作り出した。勿論、便利屋二人は注意深く目隠しした通路を見張って、だね。

 互いが戦いから漸く落ち着いたのを見て、()ず声をかけたのは咲の方だった。


「本当に悪意はないんだよね?」

「……うん、絶対に正しい……なんて思ってて」


 そう、巴はハナから悪意なんて、本来は無いハズなのさ。巴が今迄(いままで)百合子に行ってきた行動の意味―――それは嗜虐(しぎゃく)なんかじゃなく、一種の「コミュニケーション」の手段だったんだ。これだけ聞くと耳障りに思えるだろうが、幼い子が芸能人なんかに影響されて、良い使い方をしない言葉を多用するだろう? 原理は大体同じでね。

 巴の両親は、酷く愛娘(まなむすめ)に甘かった。どんなに酷い言葉をも褒めちぎって、娘のやりたいようにさせていた。幼い頃から「馬鹿」に「酷ぉい」とかの罵声も許されていたとか。だから何時しか、こう思い込んでしまった。

 ―――「人がイヤイヤ言う時は、相手は嬉しがっているリアクションなんだ」……とね。当然、そんな事はないだろう。

 咲はそんな巴に、ある種の同情を抱いていた。自分がそう思っていたと云う反面教師になろうとかじゃない。その源流は、「鹿島百合子」にあったのさ。


「なら、話しても大丈夫かな。百合子が小さい頃の話」


 咲は一貫して、優しい口調を崩さずに言った。


 少しばかり耳を傾けて欲しい。これは咲も百合子も、()だ小さかった頃の話だ。二人は公園で出会ってから、同い年だと知って、自然と幼馴染としての関係を続けてきた。当時の咲は今よりも臆病で、百合子は今よりも明るい子だった。

 友情は幼稚園に上がっても引き続く。百合子はより咲の事を真剣に考えるようになり、依然(いぜん)臆病な咲を守る存在となるよう努力していたんだ。結果として悪い虫がつく事無く園児生活を終え、咲も百合子を心から信頼できると一目(いちもく)置いていた。

 ここからが本題―――二人が小学生の頃に、クラスで(うと)まれていた人物がいた。それは悪ガキの「零点(れいてん)」と云う男子生徒と、その零点と喧嘩を繰り返していた()()()だった。


「せんせぇ……ッ、ぅぐッ……っゥッ‼」

「また喧嘩したの? 今度は何が原因なの?」

「鹿島がぁ……ッ‼ 鹿島が、殴ってきたぁ……ッ‼」


 主に泣いていたのは零点の方だ。百合子は問題を起こそうとする零点を、未然のうちに殴っては、こうしてクラスメイトの前でしかられていた。しかし泣いている零点をよそに、百合子は反省するどころか開き直っているように見えた。


「泣かない泣かない……それで鹿島さん、何で殴ったりなんかしたのかな?」

「……別に」

「『別に』じゃなくて、ちゃんとワケを話しなさい」

「……零点が、困らせてた。ドッジボールで顔狙ってたから、殴った」


 これは百合子が自身の行動に間違いはない、悪口を言われたからやり返しただけだと思い込んでいるからである。当時の先生は(あき)れて、よそを見ている百合子をピシャリと言い正す。


「はぁ……鹿島さん? 貴女が投げつけられてはいないんですよね? 狙っていたのを見ただけでしょう」

「……ん」

「だったらいけません。零点くん、未だ何もしてないじゃないですか」


 厳しい先生の言葉にも、百合子は未だ納得している風ではなかった。


「……で?」

「いけません、そういう口も。ほら、零点くんも泣かないで?」

「……うぅ……ッ、ぅぐ……ッ」

「……鹿島さんは、後で職員室に来てください」


 丁度響いたチャイム音に、先生は一度百合子への説教を諦める他無かった。そのまま授業が始まり、先生がひとつ言葉を発した時。隣の席だった咲は、百合子の呟きを聞いてしまった。


「……私、悪くないのに」

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