■伍章『根を張り血を這う黒百合の怪物』
妖魔・鹿島百合子の目覚めと同時に、幽鬼神道町な並々ならぬ復讐心で満たされる事となる。曇る空、大地に蔓延る巨大な花の根―――町は突然の変化に堪え切れず、地を揺らして危機を伝えた。それだけ花の根が幽鬼神道町に、途轍もない速度で現れ続けていると云う事さ。
「ぅえぇえっ⁈ じ、地震⁈」
「これは―――そうやな⁈」
「ああ、急ぐぞ‼」
咲の動揺をよそに、異変を素早く収めるべく、便利屋二人は動揺する咲を置いて直ぐに武器を引っ張り出した。タカは愛用の鎖鎌を、泉はいざという時に磨いた太刀。ドタバタとそれらを携え、善は急げと飛び出そうとした二人を、咲は混乱の中状況説明を求めた。
「ちょっと⁈ な、何が起こってるんですか⁈」
「咲ちゃんは此処に残っとれ‼ ええか、事務所のどこへでも隠れとき‼」
「隠れてって、だから何が⁈」
無情にも待ったは効かず、事務所入口のベルが響いた。咲は完全に置いて行かれ、現状も分からないままに、身を隠す事を余儀なくされただけなのだ。そりゃぁ、どうしていいのかの理由なんて導き出せないだろうね。呆然とする咲―――だが、彼女を又もや幻聴が襲ったんだ。
「……ッ⁈」
『咲―――何処に居るの?』
「これって、また―――‼」
現世で聞いた百合子の声だ。しかし打って変わって、何処か疲れ果てているような、吐息交じりの声色をしていた。この声は―――百合子は何を伝えたいのだろう。咲は逡巡していると、決定的とも云える叫び声が脳裏に響いた。
『お願い―――助けて‼‼』
ハッと気が付けば、百合子の声は途絶えていた。前回のような耳鳴りは無く、咲は真面な思考を続けられた。必死に助けを求める幼馴染、それだけで咲が行動を起こす理由としては十分過ぎた。
そこに確信こそ無かったものの、泉の発言を信じるとするならば、この町で起きている騒動の渦中に巻き込まれている……そう云った可能性を捨てきれないんだ。
「―――いかなくちゃ……‼」
案ずるより産むが安し。咲は事務所を飛び出して、声の主を探しひた走った。手掛かりも何も手に入れていないが、それでもきっと、何もしないより絶対に良いのだと自分に言い聞かせて。
便利屋二人は張り巡らされた花の根を辿って、発生源そのものを叩きに行くつもりのようだ。その根は凡そ只の花ではなく、且つ一見で花の根だと分かる拡散を続けていた。
大元は恐らく町の西側。ややアウトローな雰囲気を漂わせ、住宅街の地下水道には幾つもの怪しい組織が集まっていると噂の地区の方だった。厄介事を起こすならその辺りだろうと、便利屋二人は心底納得しつつ、矢継ぎ早に歩を進める。
道中襲い掛かる根の鞭を咄嗟に切り裂き、もうじき終着点だろうと覚悟を決めた時―――心を乱す絶叫が前方から迫ってきてしまった。女の声で、咲の柔い声でなく、鋭く劈く厳しい叫び声だった。
「―――ぎゃぁぁあああああっ⁈⁈ たァーすェーけェーてェ―――‼‼」
「なんやなんや⁈」
「タカ‼ 前方からだ‼」
「前方―――って、あの嬢ちゃん、まさか……⁈」
そう、見覚えしかないその少女こそ、先に話した「樋口巴」だったのさ。巴は必死に助けを求めながらも、その余力で足を動かし、迫りくる黒百合の怪物から逃げ続けていたようだ。結構長い間走っていたからか、それとも体力が抑々無いのか。巴は息も絶え絶えのまま、二人の武器を一瞥し手を伸ばした。
「助けてッ、た、助けてぇ‼」
「―――嬢ちゃん‼ こっちや‼」
「は、はいぃ⁉」
事情も状況も後でたんまり聞かなくてはならない。便利屋二人が常に感じている結界の空気は、確かにこの間感じたモノに酷似している―――要するに、鹿島百合子のモノだと薄々感づいていたんだ。傍に転がっていた巴と百合子、二人の関係性と現状は繋がっていると思っていいだろう。その為にも、巴に暫く死なれちゃ困ると思って、タカは巴を後ろに隠したのさ。
「た、助かった……⁉」
「おう、助けたるわ‼ 嬢ちゃんはこれでも持っとき‼」
「ちょ、待ってって―――なにこれ、櫛……にしては物騒な……?」
巴に櫛を投げ渡したタカ、目の前の怪物に刀を構える泉。怪物は根をタコ足の様に畝らせて、茎は血を吸い赤く染まって、黒き花弁には夥しい数の牙が生えそろい、誰かの鮮血が滴っていた。
黒百合は花弁を大きく開いて威嚇する。成程、交渉の余地はない―――タカと泉は互いに目配せをした。
「―――いくで、泉はん‼」
「相分かった‼」
二人は指輪を取り出し、中指へと差し込んだ。その途端、周囲の空気が更に複雑な形となった。二人の指輪はキィンと紅の光を放って、個々の結界を作り出していた。
「「結界開門―――散‼‼」」
あらゆるモノを断ち切り、引き寄せ、『黒百合が包む結界』がぶつかり合う―――‼
黒百合はまどろっこしいと唾棄するように襲い掛かった。うねうねと根で地を踏んで、巨大な葉を振りかぶる。泉は冷静に刀を引き抜いて、その機を伺い、黒百合の一手を十分に引き付ける。
「―――我武者羅が‼」
間合い十分―――黒百合の葉は泉は確実な一撃を以て振り払われる。スッと刃が葉を切り裂いた、僅かな音。しかし間もなくして、断面からブクブクと血が泡立ち、あっという間に断たれた部分が再生したんだ。黒百合は自身が再生する事を見越した上で、どんな攻撃方法でも構わないと判断したらしい。
泉は黒百合が能無しの怪物でない事に驚きつつ、ややオーバーに大きく頷いた。
「ほう、少しは考えているようだな」
「……感心しとる場合やないって分かっとるやろ」
「そうか?」などと疑問を抱く隙も無く、黒百合は次なる一手を講じた。根を叩きつけ二人を潰そうとしたが、二人は飛び上がり難無くと避けて見せる。その後根が追跡したのは泉―――先程傷を負わせた対象―――だった。だがそれも二番煎じ、再び根を断ち切り、又もやブクブクと再生していく。
埒が明かないと判断した泉は、タカを見やり目で合図を送った。タカはそれを受け大きく飛び上がり、泉は体制を直ぐに立て直し、地を這うように一直線、黒百合へと突撃を試みる。上下からの同時攻撃で、ターゲットを偏らせる算段だ。
黒百合が真っ先に思うのは、上空からの攻撃に対しての反撃手段がない事。ならば地に落とすべきとでも考え付いたのか、操れる全ての根を以てタカが迫る空へと伸ばしていった。その内の一本は、タカの足首をぎゅっと掴んだんだ。
「ぅおっ⁈ ―――こんなモン‼」
タカは瞬時に反応し、捕まえる根を手の鎌で刈り取った。その反動で攻撃を仕掛けることが出来なくなったのだが、また直ぐにでも仕掛けるつもりであった。しかし黒百合の思考は早く、宙に伸ばした根全てが泉を狙うように操ってきた。一斉に向かい来る根は、通常なら驚異足りうるだろう。だが泉の結界においては、ちっとも驚異とは呼べない児戯同様だった。
「―――閃‼」
冷静沈着に根を薙ぎ払う泉。黒百合は幾つもの痛みが急激に襲ったからか、再生しようとする根を反射的に引っ込めた。タカはその間に仕掛ける準備を整え切っているし、ここから再び追い詰める―――そのつもりだった。
「しまったッ……‼ 避けろ‼」
戦いの中、背後に隠した巴との距離は開いてしまっていた。たった一本、泉が逃した根が一目に巴を狙う。避けろと言うが、巴は只の亡霊―――そんな高等な動きなど会得しているハズも無い。
「待って待って―――‼ きゃぁああああ‼‼」
叫び声と同時に、巴は腕で自身を庇い立てた。
間もなく根が巴を貫かんとしたその直後。巴が握っていた櫛が、その姿を大きく武器の様に変えていった。櫛の面影はあるものの、鋭利な刃が何本も生えそろい、切り付けて戦うには十分な素養があった。
根は刃に触れて、一瞬たじろいでしまう。この櫛は「櫛刃」と云って、敵対する存在を感知した時、武器へと変貌する代物だったのさ。巴は未知の物体に遭遇した事で、襲われた時の半分の混乱を覚えた。
「……え? 噓っ、なにこれぇ⁈」
タカは満足そうにサムズアップを巴に送る。巴は訳が分からなかった。
さて、此処まであらゆる攻撃を返された黒百合は、憤懣やるかたない、せめて一矢報いるべく、根をジタバタと動かして突進を始める。根を総動員し、全力を以て便利屋二人を殺そうと襲い掛かった。
……しかしその敵意こそが、敵対している二人の結界を強化している事には気が付かなかったようだ。タカの指輪がキラリと明滅し、黒百合は直後、凄まじい力で宙へと引き剝がされた。根は土を失い、だらんと垂れ下がるのみ。
「泉はん‼」
「―――承知っ‼」
タカの合図で、黒百合は泉の方へと引き寄せられていく。間合いに迫った刹那、黒百合は生命線たる茎を断ち切られ、花弁は結界の力で粉微塵となった。散り散りの花弁がはらはらと舞い飛ぶ。巴の櫛刃が収縮していくのを見て、二人は戦いを乗り越えた事を実感した。
「―――ふぅ……」
「お疲れさん。随分頑張ったな、泉はん」
「ああ。だが未だアラも多い―――もっと修練が必要だな」
―――十分やと思うけどなぁ。
なんてタカが思っている所に割って入ったのは、申し訳なさそうに腰を低くする巴であった。
「あ、あのぉ……助けて頂いて、アリガトございます……」
「ええよええよ。それよりも、や。アンタ、百合子ちゃ―――鹿島百合子の知り合いやろ?」
「鹿島百合子」、その名を聞いた巴は混乱の渦中から抜け出し、ハッとした顔の後に調子を取り戻した。
「百合子―――そうだ、アイツですよ‼ こんなことになった原因‼」
「『百合子が原因』だと? お前は何を知っている?」
「『お前』じゃないですぅ‼ あたしにはちゃぁんと『樋口巴』って名前があんの‼」
巴は生前の様にやや高慢ちきな、棘のある話し方に戻っていた。
「『曳地』巴か。よろしく」
「ひ・ぐ・ち‼ 樋口‼ 巴‼」
「……何やっとるんや。兎も角、巴ちゃん。詳しく話を聞かせてくれんか?」
「……まあいいよ。守ってもくれたし。先ず、こんなことになったのは、船の中であたしが―――」
巴は事の顛末を語った。百合子が船で起こした出来事や、その後処置を食らった事などを、隠すことなく詳らかに話し続ける。その間、黒百合の怪物が襲って来る事は不思議と無かったんだ。
一通り聞き終えた二人は自然と渋い顔になっていた。二人は一応百合子の関係者だからか、何処か監督不行き届きのように思えてしまったのさ。
「……百合子ちゃん、未だ暴れとったんか」
「ううん……あたしが、馬鹿だったからだと思う。……虐めてたヤツが何言ってんのって感じだけど」
「虐めてた? 誰をだ?」
「勿論、百合子とサ―――」
言いかけたその時、「サ」の付く件の人物の姿が、遠くからやって来てしまった。
「―――タカさん、泉さーん‼」
「ぅげッ⁈ 周防さん……⁈」
巴はまるで生き別れの家族にでも会ったような、気が付いた咲は幽霊でも見るような顔を其々していた。
「えっ……えぇぇえッ⁈⁈ 樋口……⁈」
※本エピソードは「小説家になろう」への投稿として公開されており、後にエピソードの内容が変更される可能性がありますことを、ご留意ください。




