■参章『四十九日の再会望んで』
幽鬼神道町の季節とは違い、浮世は只今秋めいている所だった。向日葵はとっくに折れていて、慟哭寺の景色は枯葉で染まっていく。木枯らしが落葉を渦巻かせて、それを住職が隅へと何度も追いやっていたのさ。
今日は百合子の火葬から四十九日を迎えた日。もう此岸から遠ざかった親友を想い、「周防咲」は両手一杯の花束を抱えて、階段をよいしょと登って来ていた。どの花も混じり気一つだって無い、綺麗な白色の鮮やかさが映えていたのさ。
住職はやって来た咲に会釈をすると、合わせて咲も大きく頭を下げた。その健気で全力で、思いやりの心がある、やはりいい子なのだと住職は感心しきっていた。
「住職さん! おはようございますっ!」
「はい、おはようございます。今日もお墓に御挨拶ですか?」
「そんなところです。今日も百合子に会いに行かなくちゃって……」
咲は百合子の火葬から、ずっと住職と顔を突き合わせる日々が続いていた。未だ学生さんでお小遣い制だろうに、手には毎度墓花を抱いて、マメに墓の掃除まで徹底している。それだけやはり、この子にとって百合子の存在は大きかったのだろうと、読んでいる私も痛感してしまったんだ。私にゃそんなに大事な人なんか、大して居なかったってのにね。
住職は自分の事のように、咲の行動を嬉しがっていた。
「喜ばれると思いますよ。きっと家族以上に愛されているでしょうし」
「家族以上なんて、そんなことないですって。……ない、ですよね?」
「いいえ。酷い話ですが、鹿島さんの親族は未だに誰も来ていませんでしたから」
「えー⁈ なんでですか⁈」と感情を露にして驚く咲だったが、それは百合子の親族が来ていない事よりも、未だ親族が心を入れ替えもしていなかったのか、と云う方が大きかった。
「ご存知でしょう。火葬の時も周防さんだけで、あれから親族の誰も墓参りには来なかったんですよ」
「……そう、ですか」
―――どうしてあの事件の後で、そんな平然と無視が出来るんだろう。
咲はようやくここで、百合子の親族らを見限る事が頭によぎった。寧ろ遅いくらいだ。だが、失礼な親族に対して、とでも言いたげに、住職はにっこりと咲に笑いかけた。
「―――でも、周防が来て下さる事の方が、鹿島さんも喜ばれるのではないですか?」
「……うん、そうだと思います‼ わざわざありがとうございますっ‼」
えへへっ、と調子を取り戻した咲だったが、これから話す事を考えると、どうしても先程の暗い雰囲気に戻さざるを得なかった。再び目を伏せて、咲は住職に大事な話を切り出す空気を作り出す。
「……でも、もう会えなくなっちゃうんです」
「どうして、ですか?」
「……引っ越すんです。うちの家族みんなで。だから、最後になると思います」
住職は下手に慰めるでも責めるでもなく、落ち着いて咲の言葉を待っていた。咲は暫し息を次いで、「だから」と話を続ける。
「だから、皆の分を持ってきたんです」
「皆ですか。それは、鹿島さんと……?」
「樋口達皆の分です。一応、同情位はしていますから……」
咲は百合子が妖魔となった一件で、それまで敵視していた巴ら虐めっ子相手に、ある意味情けを掛けられる程に心を落ち着かせていた。眼前に広がった血の海の光景こそ時たま夢に見るものの、もし自分が巴の立場で殺されていたら―――そう考えると、ほんの少しだが「可哀想」だと憐れんでしまうのだ。
何分、咲自身も窮地ギリギリだった事を鑑みるに、どうしても自分が追い詰めた事だってあるのではないか、そう悪循環が頭を回っていたわけだ。
「……あの日の事は、深くお聞きしませんよ。ただ、こちらとしては有り難い事に違いありません」
「はい、何時も百合子の事、ありがとうございますっ‼ 柄杓とかお借りしますね‼」
「ええ、ご自由にお持ちください。その前に、本堂でお参りをしてくださいね」
「あっ、そうでした……!」
両手に墓花、腕に通した柄杓と桶を携えて、咲は意気揚々と墓地に向かった。夏場で泣き疲れた蝉を蟻が運んで、何処からか鈴虫がリリンと音を奏でる。少し肌寒い秋の風は、墓地では一層冷えているように感じて、咲は鳥肌に身を震わせた。水場から跳ねた冷水が、季節違いのスカートを濡らす。そこから墓花を持って巴達の墓参りを済ませた頃には、手に霜焼けが浮かんでちりちりと痛む。
しかし百合子の前位は強がって見せるぞ、と咲は意気込んで、墓参りの手順を携帯電話で確認しつつ進めていく。墓前で一度合掌をし、鴉だのが運んだ枯葉を拾い集める。それから丁寧に墓石を拭いて、「ちょっと寒いけど……」と遠慮がちに打ち水をする。すっかり清められた墓に白百合が備えられ、線香はゆっくりと、煙を天へくゆらせていく。
「―――こんな感じ、だよね。……よし、っと」
空を見上げて百合子の事を考えるうち、その優しさは自然と咲を墓石の横へと座らせる。まるで屋上で楽しげに話しかけたあの時のように、咲は百合子の墓へと話しかけた。
「……百合子、今日も会いに来たよ。どう? 寒くなかった?」
何時もだったら、「咲は寒くない」なんて返ってくるだろう。だが今となっては、そう答える事を空想するしか、会話を弾ませることが出来なくなってしまった。
咲はもう何度も話しかけていると云うのに、思わず涙を流す癖が治らないでいる。
「今日ね、学校で話しかけてくれた子がいたんだ。『消しゴム落としたよ』って。今まで誰も話しかけてくれなかったけど、別に嫌われてないんだって思えたんだ。百合子みたいに優しい子、ちゃんといたんだよ」
頑張って笑おうと、咲は無理に頬を歪ませた。笑顔になり切ってはいなかったが、心の中では満面の笑みのつもりをしていた。
「百合子も、わたしの落し物を見つけてくれたりとか、わたしも百合子の落し物を拾ったりとか……あとあと、落し物を直したら、すっごい嬉しそうだったよね。……もう一度、見たかったなぁ」
結局、思い出話は四十九日まで尽きなかった。どうしても伝えたい事も、叶わない約束も、何だって話し終わった気がしていた。だからこそ、今回が「最後になるかもしれない」と言うことも必要なのだと、咲は意を決して言葉を紡ぎ始めたんだ。その視線は真っ直ぐ、刻まれた百合子の戒名を見つめていた。
「……わたし、もう直ぐ引っ越すんだ。お父さんの転勤だって。だから、百合子にこうして会えるのもこれっきりかもって……思って……ッ……‼」
……ああ、私も泣けてきちゃったよ。「もう一度逢いたい」と思ったとして、この二人の再会は金輪際叶う事が無い。当然の事だが、相手は此岸から遠くへと、三途の川を渡っていったのだから。
「……ごめんね、最後なのに泣いちゃって。なんでもないよ。また、ちゃんと来るから待ってて」
それから咲は、涙を大袈裟に拭って見せて、やっとの思いで立ち上がった。既に真っ赤に腫れた目で、出来る限りの笑顔を向けて、お別れを告げようと思ったんだ。
「―――またね、百合子」
『―――行っちゃうの? 咲』
「……えっ?」
―――突如、五月蠅い程の耳鳴りの奥で、聞きなじんだ声が微かに響いた。心臓が締め付けられ、頭もきしんで。懐かしいあの声が脳裏を埋め尽くす。
思わず、拍子抜けした声が垂れた。信じられない様子の咲を見ている、と言う様に、声は再び耳をつんざいた。
『もう逢えないの? ねぇ、咲』
そう。やけに落ち着いていて、散々今まで聞いてきて、忘れるハズも無いその声こそ、墓に眠る百合子の声だった。それが分かった途端、今までこらえていた寂しさだとか、逢いたい気持ちだとかが咲の胸で騒ぎ立てて、平常心を酷く乱れさせている。
「……百合子、百合子ッ⁈」
返事は一向に聞こえない。だがこちらに語りかける、一方通行の言葉は徐々に鮮明に、そして狂気的に変わっていく。言葉一つ一つが放たれる度に、咲の視界がどんどん原型から崩れていく。
『またねなんて、噓だよね? 咲』
「でも、そんなこと言っても―――ッ⁈」
とうとう、意識が朦朧とし始める。赤、青、緑。それらの残像が視界を支配して、霊感を抜きにしても危機感を覚える事は容易に出来た。
『もう引き剝がされたくないよ、咲。こっちにおいで』
「ぅ、あ―――」
遂に立って居られない程の眩暈によって、ぐらりと世界が回転する。倒れた痛みは不思議と無い。それよりも恐ろしく強大な睡魔が襲い、挙句の果て、咲は意識を手放した。
『地獄においでよ、咲』
―――次に咲が目を覚ましたのは、生暖かい風が身体を包んでいる事に気が付いた瞬間であった。大気が肌にぶつかって、落ちているような感覚がやって来て……疑問に思い、恐る恐る瞼を持ち上げる。
「……ッ、んんっ?」
そう、咲は形容などではなく、実際に空から落ちていたのだ。
「―――ぅあああああああ⁈⁈」
それからちょっとして、咲は痛みを感じることなく、またも意識を手放すことになった。一体何が起こっているのか、誰か教えて欲しいだなんて思いながら。
※本エピソードは「小説家になろう」への投稿として公開されており、後にエピソードの内容が変更される可能性がありますことを、ご留意ください。




