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おいでませ幽鬼神道町  作者: 狐面 シノ
壱話「百合咲く少女ら指切限満」

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■弐章『最後の味と譲れない舌戦』

 閑話休題。(ところ)変わって、此処(ここ)は幽鬼神道町。大通りから少し外れてちょい南東、中々目立たない路地に入ったすぐそこに、町に住んで長いこと経つ老夫の蕎麦屋があった。そこの店主は物腰柔らかで、「じぃちゃん」なんて気軽な愛称で呼ばれ親しまれている。新しい客は珍しいんだが、常連客は毎週のように通い詰めている隠れた名店なのさ。

 しかし時が経てば、いずれ別れがやって来るモノ。そこのじぃちゃんは明日(あす)明後日(あさって)で、刑期を終えて転生を迎えることとなった。転生を迎える年数は此処じゃぁ数百年程度。元人間でもない魂は閻魔庁からの通達を皮切りに、幽鬼神道町から現世へと向かう決まりになっているんだ。

 今の幽鬼神道町には桜並木が揃っていて、太陽は丁度(ちょうど)真上くらいまで推移している。時刻は大体お昼時だろうか、舌切り雀が不器用に鳴いて、春の訪れを告げていた。便利屋二人はと()うと、(さき)の蕎麦屋の常連として、最後に来店してみようか、なんてノリで幽鬼神道町を歩いていたのさ。

 タカの手には(くだん)の店のチラシが握られていて、見るたびに名残惜しいと溜息をついていた。


「じぃちゃんの蕎麦も、もう食べれへんのやなぁ……」

「そうだな……叶うなら今日くらいは、何事も無く食べたいモノだ……」

「せぇやんなぁ。申し訳なっつうか、なんつぅか……」


 まるで何時(いつ)も暴れているんじゃないか、と云う口振りだが、実際そうなのが困った話だ。便利屋二人は割と、幽鬼神道町のそこかしこで何かしら起こす事に定評があってね。例として、酒屋での素行の悪さだとか、商品の陶器を落とすだとか、あぁ後、本を泥に浸からせた事もあったかね。

 しかし本人達は(わる)びれているからか、責めるに責められない。酒屋なんかじゃ、どっちが先に潰れるかの賭けが横行しているくらい、幽鬼神道町の「当たり前」になっているのさ。


「全くだ。先週は蕎麦湯に(ひじ)をぶつけて(こぼ)してしまったし―――」

「あー……アレかぁ」

「先々週はツグさんとタカの喧嘩に巻き込まれて、蕎麦湯を零したりもしたな」

「いやそれはスマ……ん?」

「先月は立ち上がった衝撃で蕎麦湯を―――」

「―――いや蕎麦湯零したことした思い出ないんか⁈」

「重要な問題だろう。あの店が無くなると云う事は、もう蕎麦湯を飲む機会が無いと云う事だ……くっ‼」


 心底悔しそうに顔をしかめる泉に、タカは呆れ果てていた。


「……じぃーちゃんがカワイソーやワァ……」


 ―――もうちょっとじぃちゃんの事を哀れんだれよ。

 蕎麦湯の何が泉をここまで追い込んでしまうのか。それは泉が未だに「蕎麦湯が醬油味」だと思い込んでいる事が原因なのだろう。



「じぃちゃん、邪魔するでー」

「ほう、邪魔するなら帰って頂いてくれません?」

「じぃちゃ……やない、なんでツグもおるんや‼」


 便利屋二人が蕎麦屋の暖簾(のれん)を潜った時、返事を返したのは先客のツグであり、何時ものように何時もの席でかけそばを頂いている最中だった。最後の来店だと云うのに巡り合わせが悪い、とタカはつい突っ込んでしまったんだ。

 何故居るのか、と云う仕様(しょう)も無い質問だ、とツグは鼻で笑って答える事にした。


「そりゃぁ、ワタシに此処を紹介したの、アナタですよね? ワタシも最後だから~っと、こうやって『()()()()』を食べに来たんですよ」

「まぁたかけそばかいな。趣味わりぃやっちゃ」


 わざと『かけそば』を強調するツグに対し、タカはやれやれと突っかかっていく。そこに心底気に食わない、と喧嘩を売り買いする二人の間に、火花が散るのを見れるようだった。


「……つけそば派閥のアナタには言われたくありません、つけタカさん」

「はぁ⁈ ンだと()()()()がぁ‼」

「『さん』を付けなさい()()()()()()ぁ‼」


 (にら)み言い合いをする旧友同士を尻目に、泉は席に座って店主のじぃちゃん相手に申し訳なさそうだった。


「……済まない。毎度騒がしくて」

「ほほ、良いんですよ。この喧嘩を見るのも最後……感慨深いものです」

「感慨深い……そうか。(それがし)には何時もの冷やそば大盛りを頼めるか?」

(うけたまわ)りましたよ、泉さん」


 何だか納得した様子の泉だが、喧嘩の何処が感慨深いのか、私にはイマイチ分からないねぇ。

 ()(かく)そこから、かけツグ()つけタカの舌戦(ぜっせん)が幕を開けたんだ。両者共に視線を逸らさず、一度の油断すら禁物のこの戦い―――最初に仕掛けたのはかけツグの方だっ‼


「―――いいですか⁉ かけそばと云うのは贅沢の象徴なのです‼ つけそばみたいにちまちま食べず、その極上のつゆを一気に頂けるのですよ⁈」


 ()ず引き合いに出したのは、かけそば特有の『贅沢な心』‼ 確かにかけそばではつゆを使い切る事が多いとされ、つけそばの様に蕎麦湯ありきの完食は認めない、とでも言うのだろうか⁉

 だがその程度、つけタカは想定内だという笑みを浮かべた―――‼


「一気に頂くなんざ勿体(もったい)無いねん‼ つけそばやからじっくり楽しめんのに、それを知らんかけそば派閥は可哀想やわ~‼」


 おおっと‼ 煽りを乗せた反撃に、かけツグの沸点が上昇していくっ‼ その怒りの矛先は、容赦無くつけタカに襲い掛かって行きます‼ それを眺めるのは、先程(さきほど)から無言で蕎麦をすする泉だ―――‼


「こちとらアナタのせいでゆっくりじっくり食べる時間無いんですよ⁈ 吞気(のんき)に便利屋だとかつけそばだとかねぇ‼」


 まくし立てるのが早い速い‼ しかしつけタカも負けてはいません‼ (なお)もかけツグの弱点を狙い、正確な反撃を繰り出しますっ‼ それを眺めるのは、まだ無言で蕎麦をすする泉だ―――‼

 

「アンタどーせ自分で仕事増やしとるんやろ⁈ せやからかけそばなんぞに甘えんねん初心者(ペーペー)がぁっ‼」


 これは互いにダメージが大きいでしょう‼ 舌戦を制するのは、果たしてどちらなのか―――‼


「図星ですよつけタカが‼」

「こっちも図星やかけツグめ‼」


「……どっちでもいいのではないか?」

「『泉はん(何も掛けない派閥)は黙ってて‼』『泉さん(何も掛けない派閥)は黙ってください‼』」

「そうか、もう一枚頼む」


 なんと、泉はここで冷やそばを完食‼ もう一枚注文しました―――‼


「おまっ……また追加で注文しよるんか⁉」

「安心しろ、自費だ」

「自費ちゃうねん」


 そう、自費ではありません‼ 事務所の食費なんですっ‼



 激しい舌戦を繰り広げ、流石(さすが)に疲れた二人は、その後各々(おのおの)の蕎麦をすすり始め”ェ”ッ……ごめんね、ちょっと咳が出ちゃったよ。言い合いで腹を空かせるのは結構だが、この実況をさせるのは頂けないねぇ。ま、私が考えたんだけれど。

 しかし舌戦に一時間も費やしてたと云うのに、蕎麦はじぃちゃんの腕前なのかちっとも伸びてはいなかった。まるで出来立てのままのようでさ、配慮が行き届いているところも、じぃちゃんに好感が持てる理由だろう。

 幸いにも他の客は居なかったんで、(いく)ら喧嘩しても迷惑にはならなかったんだ。

 タカは最後まで蕎麦を食べきって、満足そうに息をついた。泉の方もちゃんとおかわりまで完食して、ツグはとうに食べ終わったからか、第二地獄で流行っている携帯電話で予定を確かめているのだった。内容的にどうやら、じぃちゃんの転生手続きを、ツグ自身が()け負ってしまったらしい。

 此処にいる全員が食後になったのを見て、じぃちゃんはほろりと涙を流した。


「寂しくなりますなぁ……きっと来世じゃ蕎麦は作れないでしょうなぁ……」

「そういやじぃちゃんが蕎麦打ち始めたんは、生前からやったっけ」

「そうですなぁ。わしが倒れるまで、ばぁさんと一緒に、こうやって蕎麦を振る舞ってたんですよ。お侍さんも商人も、(みんな)が美味しいって言ってたのが懐かしいものです……」


 じぃちゃんは所謂(いわゆる)江戸のお人らしくてね。貧乏ながらも愛される蕎麦屋を、生前から営んでいたそうだ。子供も巣立って、後は何処(どこ)まで働けるのかって所で、嫁さんより先に倒れてしまって、それきりだったそうだよ。


「……嫁は今、どうしているんだ?」

「ま、第二地獄さ行った話は聞いていますな。一度会いに行きましたが、元気してたんです。もう姿も見れなくなりますがね……転生前に、行っておくんでしたよ」


 (なか)ば諦めた様に語るじぃちゃんに、タカはなんだか居たたまれない気持ちになってしまう。


「……すまんな、なんか辛気(しんき)臭くなったわ」


 謝るタカだったが、じぃちゃんは何ともない様子でにっこりと笑いかける。それはただの諦めではなく、何処か遠い未来を見ている風に見えたんだ。


「ほほ、構いません。ずぅっと『二度と無い』と云うのは有り得ないですからね」

じぃちゃん(そう云う結界持ち)が言うなら間違いないな。んじゃ、戻るで泉はん」

「ああ、勘定を頼む」


 そう、見送るじぃちゃんは、既に『この先どうなるのかが()()()()()』からこそ、達観していられたんだろう。


「それじゃあ、ワタシもこの辺りで。では」

「おう、きぃつけてな~」


 ツグと店の前で別れた二人は、事務所へと戻る道すがら、少しだけ話を続けていた。タカが大きく溜息をついて、泉はそれに当然だと首を(かし)げる。


「……はぁ~っ、今日も疲れたわぁ……」

「いい加減、出会い(がしら)で言い合いする癖を何とかしたらどうだ?」

「そんなん言われてもなぁ、そもそも馬が合わないっつぅか―――」


 ―――と、その時だった。


「―――きゃぁあああああああっ⁈⁈」


 遥か遠くの空から、女の子の叫び声が響いた。太陽でよく見えないが、黒点が便利屋二人に迫ってきているようで―――。


「ん? なんや……って、ぅあああああああっ⁈⁈」


 どすん、と地鳴りがして、叫び声も止んだ。タカは何かと構えはしたものの、痛み一つ無いことに疑問を覚え、ゆっくりと目を開けた。


「……痛、く……ない?」

「……」


 ……(かたわ)らには、気絶している見覚えある少女と、その子の下敷きになって目を回している泉が両者倒れていた。


「……い、泉はァ――――――ンッ‼‼」

※本エピソードは「小説家になろう」への投稿として公開されており、後にエピソードの内容が変更される可能性がありますことを、ご留意ください。

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