■壱章『二度目の無い反省の意思』
此処は彼岸の三途の川。魂を乗せた大きな幽霊船が往来し、向かうは第二地獄、川下の幽鬼神道町。そこまでの旅路は四十九日の船旅となり、運賃はたったの六文だと云う。現代において六文の価値というのは昔ほど躊躇う必要がなく、来る魂皆が持っているからか、船も小舟から大型船へと遷移していったのさ。
―――なぁんでこんなことになっちゃったかなぁ。
揺れる船の中、少女はひたすらに原因を探って、考えを巡らせていた。何がどうして、自分はあの子に殺されたのか。何がそんなに恨まれていたのだろうってね。考えてる自分自身を「惨めだ」なんて形容して思考を巡らせていたのは、先の「鹿島百合子」の一件で殺された「樋口巴」その人であった。曰く、ここまで考えても決定的な、納得できる理由が思い当たらず数日、馬鹿さ加減もいい加減にして欲しい、とね。
巴は生前、もっと生きる、生きて楽しく大往生を迎えられればそれでいい、なんて吞気に考えていたのさ。しかし生涯は存外早めに終わってしまう。前にも話しただろう? 鹿島百合子は巴の虐めに耐え切れず、地縛霊となって復讐を結実したって。巴は殺される直前まで、百合子が死んだ原因を掴めないでいた。だが今となっては、大元の原因が自分にあるんじゃないかって、薄々感づけるようになっていたんだ。
だから、巴は隣の「彼女」を見た時、背筋が凍りつくようで、緊張が虫みたく全身を這い回ったんだ。
「……ぁ」
思わず零れた驚きの息。「彼女」というのは何を隠そう、因縁ある「鹿島百合子」その人だった。その顔は俯いて、何かをぼんやりと見つめているようだったが、巴が隣にいた事に気が付くと、一瞥して直ぐに視線を戻した。巴も百合子を見つめ続けはせず、ふっと目を逸らした。互いに言葉が整ってはおらず、とても声を掛けられる状況じゃなかったんだ。
その船には他にも、何人もの魂が乗船していた。恰幅の良いおじさん、眠り込んだお姉さん、やたらと若い中学生―――それだけ多種多様な人がいる中だろうと、巴と百合子の間には、明確な沈黙が続いていた。巴は何を謝ればいいのか、百合子は再び殺意を沸かせないよう、巴を視界から外すことに精一杯だった。
しかし巴の悪い癖で―――相手の行動が良いものに見えてしまうことで―――百合子が自分と話す機会を伺っているのだと誤解をしてしまう。百合子はただ、巴の一辺も意識に入れたくないのだが、そんなことは気付きもしない。今がチャンスだ、なんて捉えて、のたまう言葉は話しつつ考えればそれでいい、などとね。
巴は百合子の顔をいざ覗き込んで、微笑のまま声を掛ける。
「……百合子、そのぉ……」
「……」
「あの、さ。あの時は、えっと―――」
「―――黙れ」
こちらとしては予想が出来ていた。ぴしゃり、と冷たい言の葉は、巴の心を容赦なく突き刺した。あれだけの無我夢中ぶりで、自画自賛に溺れ、巻き込まれた百合子が、巴を許しているなどと甘い考えの持ち主ではないのだ。
ただ、「黙れ」と言われても、巴は引き下がることをしない。寧ろ悔しさを覚える程だった。黙ったところで弁明の一つも出来ないから、黙るなんてできるか、と。
「……百合子?」
「話しかけないで」
「……ッ」
百合子に鬱憤が溜まっていく。弁明すら聞き入れたくなどないのに、巴のしつこい声掛けは続いている。それがどんなに憎らしいことか。呆れて言葉も出ないと思っていたが、少し語句を整理して、百合子は巴を突き放すように吐き捨てるのだった。
「……視界から消えてよ、気持ち悪い」
―――気持ち悪い、だって? なにさ、アンタの方がよっぽど気持ち悪いんだけど。
そう思ってしまったが最後、巴は抑えきれない怒りに苛まれることとなる。暴れる感情は台詞となって、勢いのまま突っかかるように、百合子へ罵声をついてしまったのだ。
「なによ……偉ぶってお子ちゃまみたい。何時から命令していいなんて言った?」
「……」
「何か言いなさいよ、気持ち悪いのはアンタの方なんだよ―――‼」
「―――ハッ、一回死んでも治んないんだね、ソレ」
百合子は嘲笑して立ち上がった。口元は大きく歪んで、巴は再び妖魔らしい百合子を目撃することになる。刹那、船が大きく傾いていく。なんだ、なんだと乗客は慌てて、叫び声も金切り声も、往来する船の無い一時の三途の川へと木霊する。窓の外には細長く黒い花弁が波打って、船を物量だけで押し上げていたのだ。
徐々に垂直になる船の中、百合子は何処に立つでもなく浮いているようだった。巴は必死に支柱を掴んでいたが、それも時間の問題、船が転覆してしまっては、三途の川の性質的に、二度も転生できなくなるだろう。
「……あと、何回死にたい? 何回殺されれば厚生できる?」
「ひッ……‼」
「―――何遍でも殺せるんだよ、ここじゃぁ‼」
―――その時、銃声が響いて百合子を貫いた。船は振り子の風に揺れて、直ぐにバランスを取り戻した。百合子は胸を抑え、息を荒げている。巴は状況を飲み込め無かった。
「暴動だ、取り押さえろ‼」混乱の後も束の間、船に同乗していた警備員が、あっという間に百合子を取り囲んだ。百合子に打ち込まれた警備員の放った弾丸は、魂を一時的に弱らせる、俗に云えば「麻酔銃」であった。百合子の身体が崩れ落ち、倒れこんだのを確認すると、警備員は百合子を何処かへ運んでいこうとした。
……だが警備員の裾を引っ張った巴は、それを許さなかった。
「……待ってください」
「……何が、だ?」
「その子、あたしの友達なんです。どうなるんですか」
「残念だけど、冷凍室行きだ。幽鬼神道町に付いたら、向こう数十年は凍結措置だろうな」
「は―――⁈」
百合子はこの話を聞くわけもなく眠っている。凍結措置―――魂を一度冷やすことで、心頭滅却を図る第二地獄の温情だ。本地獄でこんな騒ぎを起こしたりでもすれば、刑期も拷問の質も倍数で増えていくのだから、「温情」足りうる措置なのだ。
だがそれよりも巴にとって、百合子と数十年も会うことが出来ないことこそ納得が出来なかった。もう一度が許されるなら、謝りたい。謝って許して貰おうというのは高望み、けれど彼女の口から、何か欠点を笑ってくれれば十分だった。だというのに、数十年なんて反省の意思すら忘れてしまいそうで、とてもここで見過ごす訳には行かなかったんだ。
「待って、待ってください‼ お願いします、どうかその子だけは―――‼」
「―――確か、樋口巴と云ったな」
「は、はい?」
「この少女がキミを殺したのだろう? 何故そこまで庇い立てる?」
―――それは……。
言葉が詰まって、何も紡げない。自分でもどうしてこんな奴を庇う真似をしたのだろう。謝れるなら数十年先でも、何ならそもそも「謝る」必要も無いなんて、昨日まで思っていたハズだ。……それがどうして、「友達」なんて見栄が張れたのだろうね。
黙り込む巴を差し置いて、百合子は船底の冷凍室へと運ばれていく。扉が閉まり、皮切りに乗客達が続々と戻ってくる。巴は取り返しのつかないことを、またしてしまったと泣き崩れた。ダムが決壊したように溢れる涙と嗚咽。そのうち乗客の一人、優しそうなおば様が巴の背を宥めるように撫でて声掛けをした。
「大丈夫? 怖かったねぇ……」
「違う……‼ 違うんですっ―――‼ あたしが、あたしが全部っ……‼」
「……何があったんだい、おばちゃんで良ければ、聞かせてくれないかい」
「ッ……、あぁっ……ッ、あぁぁアッ‼」
結局、そのおば様に生前の話は出来なかった。乗客の誰もが優しかった訳ではなかったのだが、巴を哀れむように、且つ心配そうに見つめていたのは確かだった。巴はその後も泣いてばかりで、気持ちの整理が整わないまま、幽鬼神道町へと辿り着いたのだ。船の外、海にも思える三途の川に黒百合が浮かんでいて、それを遠くへと置いて行き、船は灯りへと流れて行った。
※本エピソードは「小説家になろう」への投稿として公開されており、後にエピソードの内容が変更される可能性がありますことを、ご留意ください。




