■序章『時既に遅しの百合の花』
―――「二度あることは三度ある」。同じことが三度もあっちゃぁ仏様は許さないモンだけど、私は昔から寛容でね。四度目なら、まぁ許しちまうのさ。特に失敗を重ねて反省して、それから成長する奴が大好きで。その気概を褒め讃えて、時に「甘い」とか言われたりしたものさ。何度間違えても、少しずつ学んでくれさえすれば、言うことなんざ無いと思ってる。
だが、こと記憶界の住人はそんなことする気配もない。元が一度忘れられた記憶だからか、今度忘れられたら自分はそれまで。次が無いと分かっているから、反省してやり直す意味も無いと思ってるんだろうねぇ。
私が何時ものように、寂れた神社を何気なく掃除していた時。私の記憶にしか残らなかった子が、またお稲荷さんの影から顔を覗かせた。
その子は「雪分」と云ってね。取り返しの付かない、現代で解決された記憶から生じた、とても哀れずにはいられない子でさ。私に憧れ姿を真似て―――狐耳に尻尾を立てて―――名に偽りなく白い透明感のある身なりをしてるのさ。
「―――調律者さん、調律者さん」
歌いながら掃除をしていた私を、雪分はか細い声で呼びかけていた。
「こっちのみぃずはあ~まいぞ~……っと、せっちゃんか。また何かあったのかい?」
「……んーん」
ハッと気が付いて雪分の方を振り返り、私は心配そうに何があったかを尋ねてみる。しかし返事は発音的に「いいえ」だろうし、何より雪分の機嫌が少し悪いように見えてしまってね。余計に何の用事か気になって、今一度雪分の姿を観察してみたのさ。
彼女の手には、白黒のグラデーションが美しい百合の花が握られていてね。察するに、最近風邪で寝込んでいた私へのお見舞いにやってきたのだろう。風邪自体はこじれもしなかったが、思い返せばその間、雪分が姿を見せなかった気がする。
大凡、見舞いを持って帰ったら既に治っていたことが不服なんだろうねぇ。確認すると、雪分はぷいっとそっぽを向いてしまった。
「……そう。調律者さんのいじわる」
「いやぁ、ごめんねぇ。どうにもこの体は都合の悪い奴みたいでさ」
参った参った。つい頭を搔いて、申し訳なさそうな素振りをしてしまった。けれどもう一度風邪をひくわけにゃいかんし、これに関しては雪分の優しさだけを受け取っておくとしよう。
「―――にしたってそんな不思議な百合、何処から持ってきたんだい?」
「……生えてた。花畑に」
「花畑ねぇ。記憶界広しと言えど、私にゃ見つけられなかったなぁ……」
長い間培ってきた、わざとらしい関心の寄せ方を試すことにして、それからちらりと彼女を一瞥した。するとさっきよりか表情が明るくなっていて、これはあとひと押しだ、なんて思ったねぇ。
「……珍しい?」
「珍しいも珍しい。後で『彼女』の墓にでも、持っていこうじゃないか」
「……ん」
私は誰かに近づいて、寄り添うことには慣れていた。そうして雪分はちょっとだけ笑顔を取り戻し、納得したように頷いてくれたのさ。
でも雪分が手元の百合の花を見た時、とある変化が起きてると気付いた。白黒の美しい百合の花、一対一の黒の割合がみるみるうちに増えていって、綺麗な白を飲み込んでいったんだ。雪分でも、黒い百合は墓前に添えたくない気持ちが芽生えたのか、顔が再び暗くなり、今度はうるんだ瞳で私の方を不安げに見つめてきた。
「……調律者、さん」
「……ははぁ、成程ねぇ」
何と無く、この時期の百合と訊いて心当たりはあったんだ。パズルのピースがドンピシャだったようで、私は自信を持って雪分に提案をしてみたのさ。
「雪分、この花を白に戻してやろうかい?」
「……できる、の……?」
「ああ。何時ものように、お話を聞いてくれるだけでいいのさ」
そう、この花も雪分の見つけた花畑も、聞いた限りでは『彼女』の記憶に違いない。私は早速、雪分に彼女の顛末を語り聞かせることにした。勿論、傍には黒ずんだ百合を置いてやってね。
よってらっしゃい、見てらっしゃい。お代は要らない、ただ聞いてくれるだけでいい。
二度は語らぬ稀有な話、何度も思い返して嚙み締める、『もう一度』を望んだ少女らの約束―――聞いてやってはくれないかい。それが、彼女への贐になるだろうと信じているのさ。
※本エピソードは「小説家になろう」への投稿として公開されており、後にエピソードの内容が変更される可能性がありますことを、ご留意ください。




