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おいでませ幽鬼神道町  作者: 狐面 シノ
前日譚其壱「望みすら滅びに導いて」

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■終章『混迷の果て、誰が為に便利屋は生きるのか』

 泉が(あらわ)れ、大口を叩いたことが(しゃく)に触ったのか、(すっぽん)の足が地を叩いた。降りしきる岩石を避け、僧は泉の元へ駆け出していった。もう片方の制止も(むな)しく、杖を掲げて振りかざす―――しかし次の瞬間。泉を除いた誰一人でさえ捉えられない一閃により、立ち向かった僧の身体が二つに切り裂かれていた。

 その本人でさえ、気が付けば視界が宙に舞っていた。分断された身体ははらはらと崩れていき、月の影へと溶けていく。その様子を見て、一方の僧は冷や汗が吹き出し、妖魔タカはかなりの緊張を覚えた。

 ―――しかし、(おく)することは無駄である。妖魔タカは先に追い詰めたように、鎖をしならせ泉へと飛ばし攻撃を試みる。だが如何様(いかよう)に操ろうとも、鎖はみるみる切られ短くなるばかり。正直言って妖魔タカは一転、一気に()が悪い状況へと追い込まれたと自覚したのだ。

 閻魔刀(えんまとう)はかつて、タカが握っていた武器である。それは罪人のみ傷つける地獄由来の一品であり、ある時現世で無くしたきりの再会であった―――今、その刀身は泉の手元に存在している。


「なんで―――なんで閻魔刀が、泉なんかに―――‼」

「簡単なことだ―――刀にも意志はある、(ゆえ)にタカを見切ったのだろう‼」


 今迄(いままで)の泉であれば、ここで責め立てていただろう。しかしその瞳は一切濁ることなく、今はタカへ、本当に呼びかけたかったことを口にすることができたのだ。


「再び閻魔刀を振るいたくば、その『()()』という罪を『()』としてみせよ‼」

「くそっ……ッ‼ 分かってる、分かってるのに……ッ‼‼」


 妖魔タカに命じられた鼈僧は、しばし動揺しつつも、諦めたように突撃を開始する。積みあがった月の欠片を踏み台に、急襲をしてみせたのだが……それもまた刹那のうちに防がれ、その身体を幾つもに切り刻まれてしまう。断片が影へと溶け込んで、その場には月とタカしか残っていない。

 現実を受け止められないタカの心を体現する(ごと)く、月は震えて一気に落下を始めた。タカ自身も自暴自棄に鎖を操り、泉へ次々と狂ったように攻撃を行った。


「―――あああああああアアアアアッ‼‼‼‼」


 瞬間、泉の瞳が脈動し、その力を発揮した。泉が空を切り裂いた時、赤く輝きを放つ斬撃の軌跡が、襲い来る鎖を一挙に弾き返した。反動は凄まじいものだったが、泉は顔色一つ変えることなく、決して身体が揺らぐことも無かった。

 やがて迫り来る月を一瞥(いちべつ)し、泉は刀を上へ遠くへと突き上げた。直後窪地に収まった月を見て、タカは終わりを確信し膝をついた。息も意気も絶え絶えで、立つ力が湧き上がることはない。

 しかし顔を上げたその時、月に亀裂が走った。ひび割れは伝播(でんぱ)していき、そこからは赤の光芒(こうぼう)が顔を覗かせる。―――そして轟音と共に岩石は砕け散り、あっという間、目の前に泉の姿が迫ったのだ。


「ハァっ―――⁈⁈」


 ……タカの視界に映る泉は、既に輝く刀を振りかぶっていた。


 ―――だが、剣尖(けんせん)はタカを切り裂いた訳ではないのだ。確かに何かが切れる音はしたのだが、タカの身体に傷一つなく、代わりに今迄抱えていた迷いや躊躇(ためら)い、苦しみが消え失せ、緊張と()()()()()()()()()がプツンと断ち切られたのだ。

 蜘蛛の糸がはらりと地面に降り立ったのと同時に、タカの体がぱたりと倒れた。糸の断片は器用に子蜘蛛の姿となって、タカを尻目にどこかへと逃げて行く。主の力を失った空間は諸共(もろとも)、何も残すことなく光となって消えていった。


「―――タカ‼」


 泉はすぐさま、タカの下へと駆け寄った。身体を持ち上げた時、幸いにも肉体に怪我などはなく、意識も確かにあるようだった。

 タカは儚げな目で泉を見やった。これまで熱に(うな)されていた子供のように、意識はぼうっとしつつも言葉を紡いだ。


「……泉。ははっ、すまんなぁ」

此方(こちら)もだ―――(それがし)は少しばかり、気持ちを汲み取ろうとすべきだった」

「いいや、謝らんでええよ。ワイも、泉のこと考えるべきやったし。……お互いサマ、なんて偉そうなこと言えんけどなぁ……」


 泉の膝の上で頬を緩ませたタカは、心底毒気が抜けたように、どこかすっきりとしていた。


「……立てるか?」

「―――起こして、くれんか?」

「問題ない―――」


 泉は今度こそ、その手でタカを起き上がらせた。

 ―――こうして、便利屋二人は出会いを果たした。彼らの前日譚は暗闇から希望を見出し、その希望が揺らげば片方が支える、見事な一幕だったのさ。

 この話は今より五年前―――幽鬼神道町における便利屋の始まりは、一度結ぶとしようか。


 ところで、この話には(いま)だ多くの謎が残されているのに気が付いたかい。その内のひとつに、タカの弱みを握り操った『赤の女王』の目的が何か、というモノがある。これに関しては、話のすぐ後に意味ありげな出来事があった。それについて、少し話すべきだろうね。

 騒動も一息ついて、すっかり静けさを取り戻した閻魔庁の廊下を、鼻歌まじりで余裕そうに歩く赤の女王の姿があった。正体を表す前の『イア』という少女の格好をして、時々くるりと回ってご機嫌のようだった。


「ふん、ふん、ふ~ん―――」

「―――探しましたよ、赤の女王(ナイアーラトテップ)


 その背後から肩をがっちりと掴んだのは、自らの結界で赤の女王を招来させたゆかりある人物―――『上位存在を招来する結界』の持ち主、ツグであった。ツグは眉間にしわを寄せて、如何(いか)にも不服そうであった。

 赤の女王は気配を察知していながら、わざわざ気づいていなかったように振り向いて、


「ん? あぁ、なんだツグじゃん。どうしたの、辟易(へきえき)して?」


 と、とぼけるでもなくからかった。ツグの目に赤の女王は、知らないどころか心当たりしかないように(うそぶ)いてるとしか見えなかった。

 ツグは腰に手を当てて、やれやれと呆れ疲れている姿を見せた。


「はぁ……とぼけても無駄ですよ。ヒカルから聞きましたので」

「あー、そのことね。はいはい、今反省したよ~っと」

「全く……アナタたちのせいで、こちらは大変だったんですよ」


 どちらが面倒なんだか、赤の女王は毛ほども後悔せずに口を尖らせたのに対し、ツグは指を指して糾弾(きゅうだん)しきった。

 言ってしまえば、タカを辞職に追いやったのは、ヒカルでなく姿を自在に操る()()()()()()()であった。ヒカルの姿でタカを呼び付け、閻魔庁を去った後はタカの様子を少女の姿で伺っていた、というのがこの物語の背景なのさ。

 そんなことをした目的を、ツグはまだ知ることが出来ていない。しかしその原因に本物のヒカルが絡んでいたことは吐かせており、今は実行犯の赤の女王を問い詰めようとしている―――それほどツグは、赤の女王を目の(かたき)にしていた。

 あの二人の一件以降、閻魔庁―――特にツグひとり―――がとんでもなく忙しなくなっていたという。タカは部署にとって有力な人物であったのだが、本人は戻る意志をなくしていたことから、後釜にツグが認められてしまったのだ。

 ツグは実質二人分の仕事をこなしていたのだが、道中どういう魂胆かヒカルはおとがめなし。赤の女王を招来したツグに矛先が向いて、更には事件の後始末まで回されたと、ツグは()(かく)大変だったと語った。至極面倒なことになったと頭を抱えていたツグだったが、仕方ないと腹を(くく)って責任感ある仕事をした、とも自慢げに話したんだ。

 それをただただ聞き流していた赤の女王。


「へー」


 と、興味なしに適当な返事を返す。ややカチンときたツグだったが、一先(ひとま)ずその場を執り成すように、きっちりと言うことを放つ。


「……兎に角ですね。ヒカルにも言いましたが、呼ばれた身であるアナタは特に、第二地獄での勝手な行動を慎むこと。焔摩(エンマ)直々の伝言です」

「えー、そりゃないよぉー」


 残念そうにリアクションする赤の女王。しかし()ぐにけろっとした態度に戻って、「でもまあ」と言葉を続けた。


「もう目的は果たせたし、今は従ってあげる」


「―――あの二人には、この世界の為に働いて貰う必要があったからね。『()()()』として」


 はてさて、『特異点』が何を表すのか。果たしたかった目的は、その大元はなんだったのか。それは今語ってもきっと分からないだろうし、追々(おいおい)話すと約束しようか。


―――あれからもう五年も過ぎたらしい。太陽がなんてことない幽鬼神道町の空を照らしていた。時刻は幾度も見た早朝を指し、窓の外には火の鳥がゆうゆうと羽ばたいていた。

 便利屋『波泉(ばせん)』の事務所は少しバタバタとしていてね。なんでも、今日依頼を頼みたいってヤツがいただとか。意気揚々と片付けを始めてから半時程経って、事務所の扉からタカが顔を覗かせた。


「っし、今日も快晴っと。泉はん、そっちはどうやー?」

「一応片付いた。看板を裏返してくれ」

「あいよっ‼」


 便利屋の物語はここから始まる。お前さんが知りたがってたことは、こんなことじゃぁないかと思って、つい語ってしまったよ。……なんだって、続きも聞きたいだって?

 仕方ないねぇ。これも仕事のうち……『記憶界』の調律者(ちょうりつしゃ)「ユゥ」として、お前さんが納得するまで語ってやるさ。

 ―――それこそ、()()()()()()()()()()ってね。

※本エピソードは「小説家になろう」への投稿として公開されており、後にエピソードの内容が変更される可能性がありますことを、ご留意ください。

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