■終章『混迷の果て、誰が為に便利屋は生きるのか』
泉が顕れ、大口を叩いたことが癪に触ったのか、鼈の足が地を叩いた。降りしきる岩石を避け、僧は泉の元へ駆け出していった。もう片方の制止も虚しく、杖を掲げて振りかざす―――しかし次の瞬間。泉を除いた誰一人でさえ捉えられない一閃により、立ち向かった僧の身体が二つに切り裂かれていた。
その本人でさえ、気が付けば視界が宙に舞っていた。分断された身体ははらはらと崩れていき、月の影へと溶けていく。その様子を見て、一方の僧は冷や汗が吹き出し、妖魔タカはかなりの緊張を覚えた。
―――しかし、臆することは無駄である。妖魔タカは先に追い詰めたように、鎖をしならせ泉へと飛ばし攻撃を試みる。だが如何様に操ろうとも、鎖はみるみる切られ短くなるばかり。正直言って妖魔タカは一転、一気に分が悪い状況へと追い込まれたと自覚したのだ。
閻魔刀はかつて、タカが握っていた武器である。それは罪人のみ傷つける地獄由来の一品であり、ある時現世で無くしたきりの再会であった―――今、その刀身は泉の手元に存在している。
「なんで―――なんで閻魔刀が、泉なんかに―――‼」
「簡単なことだ―――刀にも意志はある、故にタカを見切ったのだろう‼」
今迄の泉であれば、ここで責め立てていただろう。しかしその瞳は一切濁ることなく、今はタカへ、本当に呼びかけたかったことを口にすることができたのだ。
「再び閻魔刀を振るいたくば、その『迷い』という罪を『力』としてみせよ‼」
「くそっ……ッ‼ 分かってる、分かってるのに……ッ‼‼」
妖魔タカに命じられた鼈僧は、しばし動揺しつつも、諦めたように突撃を開始する。積みあがった月の欠片を踏み台に、急襲をしてみせたのだが……それもまた刹那のうちに防がれ、その身体を幾つもに切り刻まれてしまう。断片が影へと溶け込んで、その場には月とタカしか残っていない。
現実を受け止められないタカの心を体現する如く、月は震えて一気に落下を始めた。タカ自身も自暴自棄に鎖を操り、泉へ次々と狂ったように攻撃を行った。
「―――あああああああアアアアアッ‼‼‼‼」
瞬間、泉の瞳が脈動し、その力を発揮した。泉が空を切り裂いた時、赤く輝きを放つ斬撃の軌跡が、襲い来る鎖を一挙に弾き返した。反動は凄まじいものだったが、泉は顔色一つ変えることなく、決して身体が揺らぐことも無かった。
やがて迫り来る月を一瞥し、泉は刀を上へ遠くへと突き上げた。直後窪地に収まった月を見て、タカは終わりを確信し膝をついた。息も意気も絶え絶えで、立つ力が湧き上がることはない。
しかし顔を上げたその時、月に亀裂が走った。ひび割れは伝播していき、そこからは赤の光芒が顔を覗かせる。―――そして轟音と共に岩石は砕け散り、あっという間、目の前に泉の姿が迫ったのだ。
「ハァっ―――⁈⁈」
……タカの視界に映る泉は、既に輝く刀を振りかぶっていた。
―――だが、剣尖はタカを切り裂いた訳ではないのだ。確かに何かが切れる音はしたのだが、タカの身体に傷一つなく、代わりに今迄抱えていた迷いや躊躇い、苦しみが消え失せ、緊張と操っていた蜘蛛の糸がプツンと断ち切られたのだ。
蜘蛛の糸がはらりと地面に降り立ったのと同時に、タカの体がぱたりと倒れた。糸の断片は器用に子蜘蛛の姿となって、タカを尻目にどこかへと逃げて行く。主の力を失った空間は諸共、何も残すことなく光となって消えていった。
「―――タカ‼」
泉はすぐさま、タカの下へと駆け寄った。身体を持ち上げた時、幸いにも肉体に怪我などはなく、意識も確かにあるようだった。
タカは儚げな目で泉を見やった。これまで熱に魘されていた子供のように、意識はぼうっとしつつも言葉を紡いだ。
「……泉。ははっ、すまんなぁ」
「此方もだ―――某は少しばかり、気持ちを汲み取ろうとすべきだった」
「いいや、謝らんでええよ。ワイも、泉のこと考えるべきやったし。……お互いサマ、なんて偉そうなこと言えんけどなぁ……」
泉の膝の上で頬を緩ませたタカは、心底毒気が抜けたように、どこかすっきりとしていた。
「……立てるか?」
「―――起こして、くれんか?」
「問題ない―――」
泉は今度こそ、その手でタカを起き上がらせた。
―――こうして、便利屋二人は出会いを果たした。彼らの前日譚は暗闇から希望を見出し、その希望が揺らげば片方が支える、見事な一幕だったのさ。
この話は今より五年前―――幽鬼神道町における便利屋の始まりは、一度結ぶとしようか。
ところで、この話には未だ多くの謎が残されているのに気が付いたかい。その内のひとつに、タカの弱みを握り操った『赤の女王』の目的が何か、というモノがある。これに関しては、話のすぐ後に意味ありげな出来事があった。それについて、少し話すべきだろうね。
騒動も一息ついて、すっかり静けさを取り戻した閻魔庁の廊下を、鼻歌まじりで余裕そうに歩く赤の女王の姿があった。正体を表す前の『イア』という少女の格好をして、時々くるりと回ってご機嫌のようだった。
「ふん、ふん、ふ~ん―――」
「―――探しましたよ、赤の女王」
その背後から肩をがっちりと掴んだのは、自らの結界で赤の女王を招来させたゆかりある人物―――『上位存在を招来する結界』の持ち主、ツグであった。ツグは眉間にしわを寄せて、如何にも不服そうであった。
赤の女王は気配を察知していながら、わざわざ気づいていなかったように振り向いて、
「ん? あぁ、なんだツグじゃん。どうしたの、辟易して?」
と、とぼけるでもなくからかった。ツグの目に赤の女王は、知らないどころか心当たりしかないように嘯いてるとしか見えなかった。
ツグは腰に手を当てて、やれやれと呆れ疲れている姿を見せた。
「はぁ……とぼけても無駄ですよ。ヒカルから聞きましたので」
「あー、そのことね。はいはい、今反省したよ~っと」
「全く……アナタたちのせいで、こちらは大変だったんですよ」
どちらが面倒なんだか、赤の女王は毛ほども後悔せずに口を尖らせたのに対し、ツグは指を指して糾弾しきった。
言ってしまえば、タカを辞職に追いやったのは、ヒカルでなく姿を自在に操る赤の女王その人であった。ヒカルの姿でタカを呼び付け、閻魔庁を去った後はタカの様子を少女の姿で伺っていた、というのがこの物語の背景なのさ。
そんなことをした目的を、ツグはまだ知ることが出来ていない。しかしその原因に本物のヒカルが絡んでいたことは吐かせており、今は実行犯の赤の女王を問い詰めようとしている―――それほどツグは、赤の女王を目の敵にしていた。
あの二人の一件以降、閻魔庁―――特にツグひとり―――がとんでもなく忙しなくなっていたという。タカは部署にとって有力な人物であったのだが、本人は戻る意志をなくしていたことから、後釜にツグが認められてしまったのだ。
ツグは実質二人分の仕事をこなしていたのだが、道中どういう魂胆かヒカルはおとがめなし。赤の女王を招来したツグに矛先が向いて、更には事件の後始末まで回されたと、ツグは兎に角大変だったと語った。至極面倒なことになったと頭を抱えていたツグだったが、仕方ないと腹を括って責任感ある仕事をした、とも自慢げに話したんだ。
それをただただ聞き流していた赤の女王。
「へー」
と、興味なしに適当な返事を返す。ややカチンときたツグだったが、一先ずその場を執り成すように、きっちりと言うことを放つ。
「……兎に角ですね。ヒカルにも言いましたが、呼ばれた身であるアナタは特に、第二地獄での勝手な行動を慎むこと。焔摩直々の伝言です」
「えー、そりゃないよぉー」
残念そうにリアクションする赤の女王。しかし直ぐにけろっとした態度に戻って、「でもまあ」と言葉を続けた。
「もう目的は果たせたし、今は従ってあげる」
「―――あの二人には、この世界の為に働いて貰う必要があったからね。『特異点』として」
はてさて、『特異点』が何を表すのか。果たしたかった目的は、その大元はなんだったのか。それは今語ってもきっと分からないだろうし、追々話すと約束しようか。
―――あれからもう五年も過ぎたらしい。太陽がなんてことない幽鬼神道町の空を照らしていた。時刻は幾度も見た早朝を指し、窓の外には火の鳥がゆうゆうと羽ばたいていた。
便利屋『波泉』の事務所は少しバタバタとしていてね。なんでも、今日依頼を頼みたいってヤツがいただとか。意気揚々と片付けを始めてから半時程経って、事務所の扉からタカが顔を覗かせた。
「っし、今日も快晴っと。泉はん、そっちはどうやー?」
「一応片付いた。看板を裏返してくれ」
「あいよっ‼」
便利屋の物語はここから始まる。お前さんが知りたがってたことは、こんなことじゃぁないかと思って、つい語ってしまったよ。……なんだって、続きも聞きたいだって?
仕方ないねぇ。これも仕事のうち……『記憶界』の調律者「ユゥ」として、お前さんが納得するまで語ってやるさ。
―――それこそ、この世界の為にもなるってね。
※本エピソードは「小説家になろう」への投稿として公開されており、後にエピソードの内容が変更される可能性がありますことを、ご留意ください。




