第5話 『更に高みへ』
何が起こったのか、わからなかった。
だが、すぐにしでかしてしまったことを理解した。
俺の魔術で、小屋が吹き飛んだのだ。
「ベル! 何が……」
そのタイミングで、シエルが慌てた顔をして帰ってきた。
まだ家を出て間もなかったし、これだけの爆発音なら聞こえていてもおかしくはない。
シエルは跡形もなく消し飛んでしまった小屋の前に立ち尽くし、目を大きく見開いている。
「ベルが、やったんですか?」
「……ごめんなさい」
恐る恐る謝罪を口にすると、シエルはゆっくりと歩み寄ってくる。
一歩一歩が重く、呆然としたまま俺と瓦礫を交互に見比べている。
弁明の余地など、どこにもない。
置いてあったシエルの私物を勝手に持ち出して、そこに挟んであった紙に記されていた詠唱を勝手に読み上げた、俺が悪いのだ。
「ひとまず、怪我はなさそうですね。よかったです」
「……っ?」
厳しく、叱られると思った。
怒り任せに声を荒らげ、俺に声を出させる暇もないほど早口で叱りつけられると思っていた。
だが、シエルは一切感情を表に出さず、俺の頭に手を置いた。
いや、感情が出ていないわけではない。
怒りでも悲しみでもなく、どこか安堵したような表情だった。
「怒、らないんですか……?」
「びっくりはしていますけど、怒りはしませんよ。
見ればわかります。机の上に置きっぱなしにしていた魔術教本を声に出して読んでしまったんでしょう?」
「――」
一発で、見破られてしまった。
その間も、シエルは怒りの片鱗一つすら見せなかった。
「どれを使ったんですか?」
「アクア、スフィアです」
「中級魔術の……なるほど、そりゃ小屋も壊れますね。
本来、射出した先で爆発を起こすような魔術なので、そんなのを家で使ったら危険ですよ。
あまりにベルの成長が早いものですから、そろそろ中級魔術を教えてもいいかなと思って、ベルにも読める文字で紙に書き写しておいたんですが……私も不用心でしたね」
そんなに危険な魔術だったなんて。
危険を顧みずに、好奇心のままにやってしまった。
本当の五歳児ならまだしも、精神年齢はいい大人なんだぞ、俺は。
何を考えているんだ。
「でもまあ、教育者として、叱らないわけにもいきません」
「っ……」
シエルは、俺の頭に鉄槌を下した。
微塵も痛くなんてない、とても優しい鉄槌だった。
「そんなに思いつめなくてもいいですよ。
小さな小屋だったので大して高いお金を払ったわけではありませんし、また探せばいいです」
「でも……」
「前向きに考えてみてください。
あなたは、もう一人前の領域に片足を突っ込んだようなものです。
五歳にして中級魔術を成功させるなんて、すごいことですよ」
そんなことを言われても、素直に喜べはしない。
でも、シエルは怒るどころか優しい笑みを浮かべている。
やったことは反省しなければならないが、
「……わかりました。ごめんなさい、師匠」
「素直に謝れるのはいいことです。
今日は仕事を休んで、新しい家を探しましょう」
シエルは腰を落として屈み、俺の頭を撫でながらそう言った。
どこまで優しいんだろうか、この人は。
シエルの伝手で、すぐに次の住処は見つかった。
前より少し広く、小屋ではなくちゃんとした家という感じだ。
「とはいっても、家具や調理器具まで全部吹き飛んだのは痛いですね……とほほ」
「すみません……」
「この町に来るまでに貯金に余裕があったので何とかなりました。
今後は、私のいない時に魔術の練習をするのは禁止です。いいですね」
「はい。肝に銘じておきます」
冗談ではなく、胸にそう刻んでおこう。彫刻刀とかで。
「それにしても、まさかもう中級魔術を成功させるとは」
「でも、射出された先で爆発する魔術なんですよね。
僕のは、その場で爆発しましたよ?」
「恐らく、魔力の制御をまだ覚えていない状態で使ったからですね」
「制御?」
脳筋ってことか。
「私の推測ですが、ベルは既にかなり大きな器を持っています。
小さな頃から詠唱を叩きこまれてきて、それを繰り返し唱え続けたことで器が広がっていったんだと思います」
「ええと、つまり?」
「ご両親も、まったく無駄なことをさせていたというわけではないということです」
え、どういうことだ?
詠唱しても、魔術が使えなければ意味がないんじゃないのか?
「詠唱は、魔術を使ううえで必要な回路を構築するためのものです。
確かに魔力の流れをイメージしなければ実際には使えませんが、詠唱文を唱えることで器自体を広げることはできます。
まあ、普通は数回から数十回ほど繰り返せばコツを掴むものなので、どのみち何年も詠唱だけを続けるというのは異常なんですが……」
じゃあ、なんだ。
俺はこの数年、完全に無意味なことをしていたってわけではないのか。
皮肉なものだが……
「その器に溜まった魔力を一気に放出してしまったので、射出する猶予もないままその場で爆発してしまったのだと思います。
なので、今後は魔力の制御練習に注力していきましょう」
「どうやるんですか?」
「今伝えてもやりようがないので、また今度教えてあげます」
もったいぶっているように見えるが、あんなことがあった矢先だしな。
大人しく、教えてもらえるその日を待つとしよう。
***
シエルと出会ってから、一カ月が経った。
小屋を吹き飛ばしてしまった日の翌日から、かの魔力制御練習が始まった。
最初はまったく加減がわからず、しょっちゅう魔力切れを起こして倒れていた。
だが、すぐにコツを掴むことができた。
シエルからは反復練習が一番の近道だと教わったが、これもまたイメージが大事だったのだ。
例えるなら、俺の魔力は貯水タンクで、制御方法は蛇口。
何も考えずに思いきり捻ったら、その分大量の水が放出されてすぐにタンクの中から水がなくなる。
逆に、捻る強さを調節すれば、必然的に放出される水の量も少なくなる。
つまり、腹の底にある魔力を少しずつ抽出する、みたいな感じだ。
理論として合っているかはわからないが、俺なりの解釈がドハマりして、
「アクアスフィア!」
「うん、完全にものにしましたね。合格といっていいでしょう」
ついに、師匠から合格の二文字をいただいた。
これにて、俺は今日から中級魔術師を名乗ることを許されたというわけだ。
「さて、この先のことですが。
私としては、二つの道があると思います」
「二つの道、ですか?」
「はい。これから水魔術一本に絞って上級を目指すか、他の属性の魔術に挑戦するかの二つですね」
悩みどころだな。
水魔術を極めて、シエルと水の師弟コンビを組むというのもロマンがある。
でも、使える属性の幅は広い方がいいに越したことはないし。
「ちょうどいいですし問題です。
魔術には、どのような種類のものがありますか?」
「ええと、攻撃魔術と治癒魔術、それからその他の三つです」
ちなみに、その他の中には『召喚魔術』やら『結界魔術』なるものが含まれているらしい。
シエルはどちらも使えないらしいし、俺が触れる機会があるかはわからないけど。
「正解です。では、攻撃魔術には何種類の属性がありますか?」
「火、水、風、雷、土の五種類です」
「さすがですね」
師匠の教えの賜物ですよ。
昔から暗記は得意な方だったから、日本史の成績とかよかったし。
数学だけは毎度のように赤点だったが。
「私は水聖級の魔術師ですが、一応風と雷魔術は中級まで習得しています。
火と土は初級ですが」
「えっ、じゃあ実質全属性使えるってことじゃないですか」
「そう言うと聞こえはいいですが、初級魔術師なんて魔術師じゃないも同然なので」
主語が大きいな。
多方面に喧嘩を売っているような気がしてならない。
こう見えて、シエルは意外とプライドが高いのかもしれない。
「どうしますか? 水を極めるか、他の属性に挑戦するか」
「他の属性もやってみたいです。幅を広げたいので」
「いいですね。じゃあ、そうしましょうか」
シエルのこんな朗らかな顔も、すっかり見慣れてしまったな。
この優しい顔がいつでもそばにいるというだけで、俺の生活は大いに満たされている。
こうして、俺の全属性制覇への道のりが始まった。




