第6話 『一人前の魔術師の証』
シエルとの日々は、瞬く間に流れた。
緑色で埋まっていた木々の葉が色鮮やかに染まり、徐々に散りゆき。
あっという間に、冬になった。
俺はこの半年間で、水中級魔術の他に、雷初級と風初級魔術も習得した。
風初級魔術の習得は難なく成功したが、雷初級魔術の習得にはかなり苦労した。
魔術というのは、『何もないところから事象を起こす』という行為を指すらしい。
火、水、風はまだ人間が日常的に体感できる現象だが、雷や土を起こすというのは自然に再現することができない。
そのため、雷と土の魔術は他の三属性と比べて会得が難しいらしい。
「うぅ、寒いですね」
シエルが声を発すると、白い息が霧散した。
俺も両手をこすり合わせてなけなしの摩擦熱を生じさせるが、ほぼ意味がないほど寒い。
どうやらこの地方の冬は割と厳しいらしく、雪が降っていない日の方が珍しいんだとか。
そんな季節に外に出たくなんてないが、俺たちは今日も今日とていつもの平原にいる。
珍しく雪は降っていないが、太陽が隠れているため気温はかなり低い。
極まってくると体内で火魔術を使って体温を保つことなんかもできるらしいが、下手をすれば自分の体が発火してしまうらしいので絶対にしないことにした。
それは置いておいて。
今日は、雷中級魔術の習得に挑む。
「さて、始めましょうか」
シエルの合図とともに、俺は肩幅ほどに足を開く。
こうしていると、毎回小学校の時の合唱コンクールを思い出すんだよな。
と、余計なことは考えるな、俺。
「――行きます」
そう宣言し、俺は右手を力強く突き出して目を閉じる。
「天地を司る雷霆の王よ。矮小なる我が呼び声を聞き給え!」
魔術を使ううえで、意外と腹から声を出すことが大事だったりするということに、最近気がついた。
そうすることで、魔力の乗りがよくなったような気がする。
「天を切り裂く紫電をかき集め、数多の罪人を滅ぼす雷槌となれ!」
最後まで声を出しきった瞬間に、カッと目を見開く。
そして――、
「ライトニング・マレット!」
バチバチと火花が掌で弾けているような感覚とともに、魔力を放出した。
すると、紫紺色の光が宿った右手から、槌の形をした雷が解き放たれた。
「すごいですよ、ベル! 成功です!」
息を切らしている俺に駆け寄ってきたシエルは、目を輝かせながら満面の笑みを咲かせた。
俺は、二つの属性で一人前と呼べる魔術師になれたのだ。
***
「いやぁ、まさか半年でここまで成長するとは思いませんでしたよ。
ベルの成長速度には驚かされてばかりです」
「何度も言っていますが、師匠の教えのおかげですよ」
「……っ。もう、その呼び名にもすっかり慣れてしまいましたね」
燭台の灯りに照らされたシエルの横顔には、照れが見える。
やめろと言われても根気強く『師匠』と呼び続けたおかげで、シエルが根負けしてくれた形になった。
だって、母親同然の存在でありながら魔術も教えてくれる人を、『シエルさん』だなんて呼び方をしていたら距離を感じるだろう。
かといって呼び捨てにするのは、尊敬している相手に対して失礼に値するし。
そんなわけで、師匠という呼び方が定着した。
「もうそろそろ、師匠の旅に同行してもいいんじゃないですか?」
「うーん、それも考えましたが、さすがにまだ早いかなと」
「一人前の魔術師になれたのに、ですか?」
「外の世界は、思っている何倍も危険です。
魔物は我々のような人型のものはほとんどいないですし、下手をすれば……こぉーんな感じで食べられちゃうんですよ~!」
「わっ! 師匠、くすぐったいですよ! あははっ!」
シエルは座っていた椅子から腰を持ち上げたかと思えば、ベッドにちょこんと座っている俺に襲いかかってきた。
こんなに可愛い魔物なら、喜んで食べられちゃうんだが。
「確かに魔術師としては一人前といってもいいですが、ベルはまだ子供なので体が小さいです」
「師匠も小さいじゃないですか」
「っ。言うようになりましたね、バカ弟子っ」
「あでっ」
ちょっと茶々を入れてみたところ、シエルは顔を赤くしながら頭に正義の鉄槌を下した。
まだまだ俺の方が小さいが、将来は俺が超えてやるんだ。
身長も、魔術師としての技量も。
「そんなバカ弟子に、今日はサプライズがあります」
「サプライズですか?」
「はい」
そう言いながら、シエルはベッドから立ち上がる。
何やら机の横に引っ提げてある袋をガサゴソと漁り始め、「あった」とこぼして何かを拾い上げた。
「ベル、両手を出して目を瞑ってください」
「は、はい。や、優しくしてくださいね?」
「変なことは何もしませんよ」
なんだ、してくれないのか。
なんてことは内心に留め、言われるがまま両手を前に差し出して目を閉じる。
何だか怖いな。
シエルはこう見えてもいたずら好きで、この間なんか同じような手口を使ってミノムシを手に乗せてきたことがあった。
今回も、その類のいたずらなんじゃなかろうか。
「はい、どうぞ」
そんな言葉と同時に、シエルは俺の手に何かを乗せた。
感触的に虫ではなさそうだが、何だこれは。
細い木の枝のような手触りだが……
「目を開けてもいいですよ」
そう言われ、俺はおずおずと目を開けてみる。
手に乗っていたのは、一本の棒だった。
先端には綺麗な宝石のようなものが埋め込まれており、ただの棒のはずなのにずっしり重い。
「これは?」
「私の手作りの杖です。ベルは今日で六歳になったということで、プレゼントですよ」
そうか。
今日は、俺の誕生日だったのだ。
この家にはカレンダーがないから、すっかり忘れていた。
「これを、師匠が……?」
「はい。一人前の魔術師が杖の一本も持っていないのはどうかと思い、ベルが寝た後にコツコツと作っていました」
俺は、手元の杖とシエルの顔を見比べる。
少しささくれがあったり、木目の色が違うところもあるが、一生懸命作ってくれたんだ。
これを、俺のために。
「お誕生日おめでとうございます、ベル」
途端に、俺の口から震えた息が漏れた。
なぜだかわからないが、抑えきれない感情が溢れだそうとしている。
「あの、もしかしてお気に召さなかったでしょうか……わっ」
「ありがとう、ございます、師匠。一生……死んでも、大事にします」
それを、シエルに抱き着くことで抑え込もうとした。
だが、抱き締め返された瞬間がトドメとなった。
「喜んでもらえたなら、何よりです。作った甲斐がありました」
「う、ううっ……!」
「よしよし」
赤子のように泣きじゃくる俺の背中を、シエルは何度も擦ってくれた。




