第3話 『同居生活の始まり』
それからは、流れるように事が進んだ。
アルス王国のヴェイルの町という小さな町に到着してから、すぐに冒険者ギルドへ向かった。
家を借りるには相応の手続きが必要だとばかり思っていたがどうやらそうでもないらしく、彼女がギルドカードを見せたところすぐに小さな小屋のような家を借りることができた。
シエルは旅の中で冒険者をしながら金を稼いでいたので、お墨付きという形で滞りなく借りることができた、とのことだった。
俺が生まれ育ったエルム村もまた、アルス王国の領地。
ただ王国の領地は大きいので、あの村からここまで来るのに自分たちの足で三日ほどかかった。
「ふぅ、ようやく一息つけますね」
借りた小屋の中に置いてあった木の椅子に腰かけ、シエルは軽く息を吐く。
小屋は何年も放置されていたのか埃が舞っており、とてもこのままでは生活できそうにない。
「ベル、少し外に出ていてください」
「どうしてですか?」
「部屋の掃除をします」
「僕も手伝いますよ?」
「いえ、危ないので」
危ない?
掃除に危ない要素なんてあるのだろうか。
まあ出ろと言われたし、言われた通り外に出ておこう。
この世界には家電なんてないから、すべて人力でやる必要がある。
掃除も洗濯も何もかもを、母もすべて自分の手で頑張っていた。
昔は拙いながらも手伝おうとしてたな……
「清純なる風の流れよ、我が掌へ集え。ウィンド――ぶわっ!」
と、中から大きな爆発音のような音とともにシエルの声が聞こえた。
何事かと思い急いで扉を開けて中へ押し入ると、
「な、何があったんですか? うわっ!すごい埃!」
「ウェッホウェッホ! あ、あはは……ちょっと力加減間違えちゃいました……」
積もっていた埃が部屋中に舞う中、激しく咳き込むシエル。
危ないって、そういうことだったのか。
俺も中にいたらこうなっていただろう。
***
大人しく二人で掃除に取りかかると、日が暮れる頃にようやく住める程度には綺麗になった。
本当に小屋という二文字が似合うほどの狭さだが、最低限生活できるなら正直そこまで気にならない。
狭くても、あの家よりよっぽどマシだ。
「夕飯の買い出しに行きますが、ついてきますか?」
「行きます、師匠!」
「だから師匠はやめてください」
何が恥ずかしいんだろうか。
シエルは俺にとって、暗闇の中に差し込んだ一筋の光だ。
師匠なんて生ぬるい呼び方ではなく、神として崇めたいくらいなんだが。
シエルは「行きましょうか」と言って俺の手を握り、扉を開いて外へ出る。
この家に到着する前に少しだけ町の様子は見ていたが、小さな町とは思えないくらい活気に満ちている印象だ。
「シエルさんは料理ができるんですか?」
「学生時代は寮生活でしたが、毎晩自炊はしていました。
人並みにはできると思いますよ。美味しいかはわかりませんが」
「美味しいに決まってますよ!」
「……ありがとうございます」
目を輝かせながらそう言うと、シエルは照れを隠すように前髪をいじった。
その仕草に、俺は思わずドキッとしてしまった。
多分、俺はこの人に惚れてしまったのだろう。
逆に、あんなに優しくされて惚れないわけがないだろ。
「シエルさんはいくつなんですか?」
「む。レディに年齢を聞くのは失礼ですよ」
「あっ……すみません」
早速落胆させてしまった。
いくら五歳児の純粋さを取り繕ったうえでの質問でも、さすがに失礼だったか。
「いくつに見えますか?」
「ええと……十八くらいですか?」
「あはは。挽回しようとしてるんですか?」
「いや、ほんとにそのくらいに見えます」
シエルは背が小さく、顔も幼くて丸みがある。
これから大人になろうとしている顔立ちって感じだから……ってちょっとキモいか。
「四十一歳です」
「え!? 嘘ですよね!?」
四十一っていうと、俺の両親よりもずっと年上だぞ……?
この見た目でアラフォーって、そんなわけがない。
「先ほども言いましたが、私は魔族です。
魔族は人族よりも数倍長生きな分、年齢と外見の成長が人族と比べて釣り合って見えないんですよ。なので、見た目が十八というのはあながち間違いではないかもしれませんね」
「そうなんですか……でも、学校は三年前に卒業したんですよね?」
「ええ。魔法学校は基本的に年齢は問われないので。
私の同級生には、百歳を超える男魔族もいましたし」
すごいおじいさんだなぁ。
俺も将来はそのくらい貪欲に生きたいものだ。
「シエルさんって、どのくらい魔法が使えるんですか?」
「学校では攻撃魔術を専攻していましたね。
得意な水魔術では、一応聖級まで習得しています」
「聖級?」
「魔法には七段階の階級があり、
初級、中級、上級、聖級、覇級……といった感じで上がっていきます」
「じゃあ、上から四番目じゃないですか! すごい!」
「下からも四番目ですけどね……それも、卒業直前に滑り込みで習得したので」
それにしても、すごいことに変わりはないだろう。
魔術が好きで、そこまで上り詰めたということなのだから。
「中級が扱えれば一人前、上級が扱えれば一流だと言われています。
まずは中級を目標にするといいでしょう」
「聖級はどのくらいなんですか?」
「熟練者、と呼ばれることが多いです。上級と聖級の間には高い壁があるので」
熟練者というと相当レベルが高そうだが、それよりも上に三つもあるのか。
「ところで、何か食べたいものはありますか?」
「肉が食べたいです」
「いいでしょう。弟子入り記念ということで、今夜は奮発します」
シエルは袖をまくり、細い腕を見せつけながらペシペシと叩く。
こんなに可愛い人の手料理が食べられるなんて、俺は幸せ者だ。
この人に出会うためにこれまで苦しんできたと考えれば……安くはないけど。
「――フン! ケチね!」
「やめろお嬢様」
と。
どこからか、横柄な少女の声とそれを制するような女の声が聞こえたような気がした。




