第2話 『俺を認めてくれた人』
――異常。
過去に、両親からも言われたことがある。
『こんなに練習させているのに一切使えないなんて異常だ』、と。
それとは違う意味であることはわかるが、それでもやはり身構えてしまう。
「あの、その……」
「ん? どうかしましたか?」
「……」
ダメだ。
どうやっても、言葉が出てこない。
声にする前に殴られていたから、こういう時の声の出し方がわからない。
「あ、そういえば名前を名乗っていませんでしたね。
私はシエル・ソガンティアです。これでも魔族ですよ」
「えっ、魔族……」
今よりも小さい頃、絵本を読み聞かせてもらっていた時に、魔族は人間を取って食べる種族だと聞いたことがある。
子供騙しだとは思っていたが、いざ目の前にいるとなるとちょっと怖いな。
「怖がらなくても大丈夫ですよ。悪い魔族も中にはいますが、大抵がいい人です。
というか、人間にも悪い人なんてたくさんいるでしょう」
「た、確かに……」
「それと、一応さっきの『異常』というのは褒め言葉ですからね。
駆け出しの魔術師、それもあなたのような小さな子供があの威力の魔法を撃てるとは思わなくて、少々驚いただけです」
ああ、よかった。
そう胸をなでおろすと、シエルは立ち尽くしている俺の前に屈み、
「ベル。私についてきませんか?」
「ぇ……?」
「私は三年前に魔法学校を卒業してから、世界を旅しています。
ご両親に捨てられて行く宛てもないなら、私と一緒に行きませんか?」
シエルは俺の肩にポンと手を置いて、優しく目尻を下げる。
人間なら、誰しも聞いたことがあるだろう。
知らない人に、むやみに着いて行ってはいけないと。
もちろんそれは、生前も転生後も聞かされてきた。
でも、もう縋るしかないだろう。
親に虐げられた挙句捨てられ、何日も寄る辺なく彷徨うことしかできなかった中、俺を拾って助けてくれたんだぞ。
「でも……迷惑じゃないですか? 旅をしてるなら、僕はきっと荷物になるだけです」
「いいえ。ベルは、私が育ててみせましょう。
人として、そして魔術師として」
シエルは俺の頭に手を伸ばし、前後にゆっくり動かす。
手の柔らかさを感じるのは、いつぶりだろう。
「私は学生時代、大して成績が良かったわけではなかったので、教師になろうにもイマイチ実力が足りませんでした。
それでも、『誰かに魔術を教えたい』という漠然とした夢はあったんです」
「――」
「なので、私があなたを育てます。……いえ、育てますだなんておこがましいですね」
シエルはそこで言葉を切り、鼻から笑みの吐息を漏らす。
「――私の弟子になってください。ベル」
シエルは屈んだまま一歩下がり、手を差し出してきた。
その慈愛に満ちた表情を見た瞬間、俺の中で何かが壊れた。
堤防が決壊したかのように涙が溢れ、何粒もの涙が頬を伝って冷たい岩の床に落ちる。
「あ、あれ、どうしたんですか、ベル? 泣かせるようなことを言ってしまいましたか?」
違う。
違うんだ。
嬉しくて、堪らないんだ。
ずっと魔法で否定され続けてきた俺を、たった一回偶然成功させただけで認めてくれたことが、何よりも嬉しいんだ。
「あ、あわわわ……どう、どうしましょう」
「おぇがい、ぃます……」
「えっ?」
「お願いします、シエルさん……っ!」
しゃくり上げながら声を絞り出すと、シエルは呆気に取られたような顔を浮かべる。
だがすぐに、眉尻を下げたまま笑い、
「では、これからよろしくお願いします、ベル」
シエルは俺を優しく抱きしめ、背中を何度か擦ってくれた。
いつしか、降りしきる雨の音は聞こえなくなっていた。
***
雨が止んだのを確認してから、俺はシエルとともに洞窟を出た。
「私はちょうど、アルス王国の街に向かうところだったんです。
そこで小さな家でも借りましょう」
「え? 旅をするんじゃなかったんですか?」
「最初はそのつもりでしたが、さすがに五歳の子供を連れて旅をするのはリスクが高すぎるかなと思い」
ちょっと待て。
それなら、なおさら俺はシエルの旅を邪魔することにならないか?
「ベルにはかなり素質がありますし、すぐに成長できると思います。
ですが、私が旅に連れて行ってもいいと判断するまでは一緒に住みながら鍛えましょう」
「そこまでしてもらって、いいんですかね……?」
「私がしてあげたいと思ったんですから、素直に受け入れてくれればいいんですよ」
「――」
その言葉を聞いて、また目頭が熱くなってきた。
ただまた泣き出したらシエルが困るので、我慢することにしよう。
「魔術は楽しいですよ。特に、ベルのように小さい頃から鍛えておけば器が広がるので、可能性が大きく広がります」
「そうなんですか?」
「はい。かの有名な『魔神』ファルゼスは、赤子の頃から魔術を鍛え続けていたといわれているくらいですし」
魔神……聞いたことがないな。
神とつくくらいだから、すごい存在なんだろうけど。
それにしても、赤子の頃からってどういうことだ。
言葉も発することができないのに、どうやって魔術の練習を?
「師匠」
「師匠はやめてください。気恥ずかしいです」
シエルは口を尖らせてそっぽを向いてしまった。
聞きたいことがあっただけなんだけどな。
「詠唱って、絶対にしなきゃいけないものなんですか?」
「基本的には必須ですね。
ですが『無詠唱』といって、詠唱を使わずに魔法を扱うことのできる魔術師も中にはいます。
私も何年もかけて練習しましたが、詠唱を省略することすらできませんでしたよ」
「どうやるんですか?」
「やり方は人それぞれですが、私は詠唱を頭で唱えつつ魔力の流れをイメージするというやり方で練習をしましたね。学校では習わないので、私なりに考えた方法ですが」
「なるほど」
歩きながら、試しにやってみることにした。
手を前に出して、口と目を固く閉ざす。
脳内で詠唱を紡ぎつつ、さっき習ったイメージもおこなう。
うーむ、確かに二つのことを同時にするのは難しいな。
あ、あれ?
腕が、熱い――――。
「べっ、ベル!?」
シエルに呼びかけられて、俺はとっさに目を開ける。
すると、広げた掌が微かに水に濡れていた。
「今、詠唱をせずにアクアボールを使いましたよね」
「あっ、あの、やってみただけなんです!
師匠が今言ってたやり方を試してみたら……」
早口で弁明しようとすると、シエルは顎に指を押し当てながら、
「これは……本物かもしれないですね」
「ほ、本物……?」
「はい」
ついに足まで止めて、考え込むようなそぶりを見せる。
俺も立ち止まり、シエルの方をじっと見つめていると、シエルはキリッとした表情を浮かべ、
「――あなたは、私を超える魔術師になれます」
はっきりと、そう言い切った。
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