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人魚のあなたに恋をした  作者: 月白


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第四話 ひとりの海

どのくらい眠っていたのだろう。


喉の渇きで目が覚めた。


ゆっくりと目を開けると、眩しい光が差し込んでくる。


太陽はまだ、それほど高く昇っていない。


おそらく、まだ午前中なのだろう。


「......喉、渇いた」


水を飲もうと身体を起こした、その瞬間。


ぐらりと小舟が傾いた。


「うわっ」


慌てて小舟の縁を掴む。


そうだ。


今、私は海の上にいるんだった。


昨夜、あの大きな船を降りて、エドガーが用意してくれたこの小舟に乗った。


小舟の揺れが収まるのを待ってから、私はゆっくりと周りを見渡した。


「ここは......」


思わず言葉を失う。


辺りを見ても、島一つ見当たらない。


どこを見ても海。


見えるのは、遠くまで続く水平線だけだった。


「まさか......漂流したんじゃ......」


そう思った瞬間、急に不安が襲いかかってきた。


どれくらい眠っていたのかもわからない。


眠っている間に、どれほど流されたのかもわからない。


そもそも、今どちらへ進んでいるのかさえわからなかった。


大丈夫。


きっと、まだ島に着いていないだけ。


エドガーは潮の流れに乗っていれば、人の住む島へ辿り着けると言っていた。


私はその言葉を思い出しながら、鞄へ手を伸ばした。


「とりあえず、水......」


用意されていた水を取り出し、少しだけ口に含む。


渇いていた喉が潤っていく。


「......おいしい」


たったそれだけのことで、少しだけ冷静になることができた。


もう一度、辺りを見渡す。


やっぱり、何もない。


島もなければ、船もない。


できることといえば、エドガーの言葉を信じて、このまま潮に舟を任せることくらいだった。


「......暇だなぁ」


思わず、そんな言葉が口から出た。


怖くないわけではない。


むしろ、心細くて仕方がない。


けれど、何もできないのだ。


漕いだところで、どちらへ行けばいいのかわからない。


私は舟の中に座ったまま、ぼんやりと空を眺めた。


「本でも持ってくればよかった」


こんな状況で何を言っているんだろう。


自分でもそう思ったけれど、何もせず海だけを眺め続けているよりは、

ずっとましだった気がする。


私はもう一度布を身体にかけ、小舟の中で横になった。


「起きる頃には......島が見えているといいな」


小さく呟く。


規則正しい波の音を聞いているうちに、次第に瞼が重くなっていく。


そして私は、再び眠りに落ちていた。


――――――――――


どれくらい経ったのだろう。


「......暑い」


今度は、身体を焼くような暑さで目を覚ました。


先ほどよりも太陽が高く昇っている。


小舟の中にまで強い日差しが降り注ぎ、額には汗が滲んでいた。


私は身体を起こすと、真っ先に辺りを見渡した。


何も、変わっていない。


海。


海。


どこを見ても、海。


「まだ......着いてないの?」


さっきまで何とか抑えていた不安が、再び胸の奥から込み上げてくる。


私は立ち上がらないよう気をつけながら、

少しだけ身体を伸ばし、遠くへ目を凝らした。


けれど、島らしきものはどこにも見えなかった。


「おかしいな......」


エドガーは、潮の流れに乗っていれば辿り着けると言っていた。


もしかしたら、思っていたより遠いのかもしれない。


それとも、私が眠っている間に潮の流れが変わってしまったのだろうか。


わからない。


海のことなんて、私には何もわからない。


今まで海は、屋敷の窓や港から眺めるものだった。


綺麗だと思ったことは何度もある。


どこまでも続いていて、自由な場所のように見えていた。


けれど。


一人きりでその真ん中にいると、まるで違って見える。


広すぎる。


どこまで続いているのかわからない。


自分がどこにいるのかさえ、わからない。


急に、小舟がひどく小さなものに思えた。


「......大丈夫」


私は自分に言い聞かせた。


「大丈夫よ」


エドガーが用意してくれた水も食料もある。


きっと、もう少しすれば島が見えてくる。


そう思わなければ、怖くて仕方がなかった。


鞄からもう一度水を取り出す。


けれど、飲もうとして手が止まった。


あと、どのくらいかかるんだろう。


さっきは何も考えずに飲んでしまった。


もし今日中に島へ着かなかったら。


明日も、このままだったら。


そう考えると、急に水がとても大切なものに思えてきた。


私はほんの少しだけ口に含むと、すぐに蓋を閉めた。


「これくらいにしておこう......」


そのときだった。


――――ォォォォ......。


「......え?」


聞いたことのない音がした。


私は顔を上げる。


「なに......?」


風の音ではない。


波の音とも違う。


低く、遠くまで響いていくような、不思議な音。


私は息を潜めるようにして、耳を澄ませた。


――――ォォォォォ......。


また聞こえた。


「海の中から......?」


小舟の縁を掴みながら、恐る恐る海を覗き込む。


けれど、何かが見えるわけではなかった。


気のせい......?


そう思った、その直後。


少し離れた海面が、大きく盛り上がった。


「......っ!?」


黒い何かが、ゆっくりと海の中から姿を現す。


最初は岩かと思った。


けれど、違う。


それは動いていた。


そして、あまりにも大きかった。


「嘘......」


私は息を呑んだ。


海面から現れた、巨大な背中。


そして次の瞬間。


――――プシュッ!


大きな音とともに、空高く水しぶきが上がった。


「......鯨?」


本で見たことはあったが、実際に見るのは初めてだった。


恐ろしいほど大きい。


私の乗っている小舟なんて、簡単にひっくり返してしまえそうなくらい。


怖い。


そう思っているはずなのに。


なぜか、その姿から目を離すことができなかった。


鯨はしばらく海面にその大きな身体を覗かせていたが、

やがてゆっくりと海の中へ沈んでいった。


「行っちゃった......?」


思わず、その姿を目で追う。


けれど、青い海の中へ消えてしまった鯨の姿は、もうどこにも見えない。


私はしばらく海を見つめたまま動けなかった。


さっき聞こえた、あの声。


ただの鯨の鳴き声だったはずなのに。


なぜだろう。


まるで私を呼んでいるようなーーそんな気がした。


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