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自己表現

あれから数日。


少女と早江の共同生活にも、少しずつ慣れが出てきた頃だった。


「Xちゃんさぁ……お洒落してみない?」


何気ない調子で、早江が言う。


「お洒落とは、衣服を組み合わせて自己表現を行う行為か?」


「まぁ、大体そんな感じ」


少女は少しだけ考えるように視線を落とした。


「私はまだ、自身を完全に理解している訳ではない。お洒落は、その後でも遅くはないと考える」


「それ、どんどん先延ばしされてくやつじゃん……」


即座に返す。


「今行こうよ。今!」


ぐっと距離を詰めて言う。

少女は一瞬だけ戸惑いを見せ、それから小さく頷いた。


「……分かった。同行しよう」


徒歩で服屋へ向かう途中、少女が早江に問いかける。


「電車とやらで移動した方が効率的ではないのか?」


「電車は……人が多くて……」


少し言いづらそうに答える。


「私とは接することができるのに、なぜ他の人間とは接せないのだ?」


「……よく、分かんない……」


視線を逸らしながら、ぽつりと漏らす。

少女はその様子をしばらく見てから、小さく頷いた。


「ふむ……早江にも未知があるのだな」


そのまま会話を続けるうちに、目的の服屋へ辿り着いた。


「随分と広い空間だ……」


「さ、行こ!」


店内に入り、服を見て回る。


数十分後。


「いつになったら終わるのだね」


「Xちゃんならどれが似合うかなって考えてるの。白のワンピースとかどう?」


「早江がそれを望むのなら、それを着用しよう」


「もー、Xちゃんも選んでよ」


言いながら、いくつかの服をカゴに入れていく。


「そういえば、Xちゃん下着持ってなかったよね?」


「衣服と違い、外部に見せるものではない。私には不要だ」


「いざって時どうすんの?」


「いざって時とは?」


「……」


早江は答えず、無言で下着をいくつかカゴに入れた。


「早江、いざって時とはどのような状況を指すのだ?」


「その話おしまい!」


強引に話を切り上げる。


やがて試着コーナーに辿り着く。


「Xちゃん、試着していかない?」


「試しとして衣服を着替えることができるのか……合理的な仕組みだな」


早江に渡された服を持たされ、少女は試着室へ押し込まれる。


しばらくして――


カーテンが開いた。


「これはどのように着るのだ?」


「カーテン!!」


即座に閉める。

勢いよく引かれたカーテンの隙間から、少女の顔だけが覗く。


「“カーテン”という着用方法は知らない」


「違うから!そういう意味じゃないから!」


思わず声が大きくなる。


「Xちゃんは羞恥心を知って!」


そのやり取りの最中、背後から声がかかった。


「お客様、お困りでしょうか?」


「あ……その……えっと……」


言葉が詰まる。


「衣服の着用方法が不明だ。協力してもらえるか?」


少女が代わりに答えた。

店員は一瞬だけ目を丸くするが、すぐに営業用の笑顔に戻る。


「もちろんです。では、中に失礼いたしますね」


「ああ、構わない」


カーテンの向こうへ入っていく。


(……なんで何も着てないの……?)


内心で戸惑いながらも、手際よく服を着せていく。


やがて――


再びカーテンが開いた。


「おー、似合ってんじゃん!」


白いワンピースに身を包んだ少女が立っている。


「ヒラヒラして、落ち着かない……」


わずかに眉を寄せ、不満げに呟く。


「お似合いです、お客様!」


店員が明るく言った。


周囲の視線が、少しずつ少女に集まっていく。


「モデルさんかな……」


「目、綺麗……」


「髪も……染めてる感じじゃないよね」


小さな声が、あちこちから聞こえてくる。

少女はその視線を受け止めながら、わずかに眉を寄せた。


「……変な気分だ。早く会計を済ませよう」


珍しく、急かすような口調だった。

言葉にはしないが、その奥にある感覚は――ほんのわずかな羞恥だった。


会計を済ませる。


「お会計、6万2400円です」


「うっ……カードで……」


早江は小さく顔をしかめながら支払いを済ませた。


「高い買い物をさせてしまったな……」


「いいよいいよ、全部私が選んだんだし」


軽く笑って流す。


そのまま店を出て、少し歩く。


「せっかくだしさ、着替えてから帰ってみる?」


早江が近くの公園のトイレを指さす。


「早江が望むのなら、従おう」


少女はそのまま中へ入り、すぐに着替えを済ませて戻ってきた。


「……着替えるの早くない?」


「鏡越しに人間が衣服を着用させる様子を観察した。それを再現しただけだ」


ちょうどそのとき、後ろを車が通り過ぎる。


風が巻き起こり、白いワンピースの裾がふわりと持ち上がった。


「――ちょっ!?パンツ穿かないとダメだよ!?」


「私には不要ではないか?」


「ダメだから!」


早江は慌てて少女の手を引き、再びトイレへ連れ戻す。


その後、きちんと着せ直してから、二人は家へ帰った。


「たっだいまー」


二人は家に戻った。


「いつまでこの衣装を着ていればいいのだ?」


「ごめんごめん、楽な服に着替えていいよ」


少女は素直に頷き、部屋の奥へ向かう。


しばらくして戻ってきたのは、最初に着せられた白いTシャツだった。


「その服好きだねぇ。なんの面白味もないのに」


軽く笑いながら言う。

少女は少しだけ首を傾げてから、答えた。


「……一番、早江の匂いが付着している衣服だからな」


一瞬、言葉が止まる。


「……そっか」


それ以上は何も言わず、早江は小さく視線を逸らした。


「ところで、聞きたいことがある。いいかい?」


少女が、少し改まった調子で言う。


「何故、私を匿うのだ?家族がいる可能性など、考慮していないのか?」


早江はすぐには答えなかった。


少しだけ視線を落として、考える。


「……うーん……放っておけなかった、から……かな」


曖昧な答えだった。


「あとさ、Xちゃんって……家族いるの?」


少女は間を置かずに答える。


「私には、家族と呼べる存在はいない」


淡々とした声。


「強いて挙げるならば、私を創造した博士が該当する可能性はある。だが、既に死亡した」


「……そっか」


短く返す。


それ以上、言葉は続かなかった。


「早江には、家族はいるのか?」


少女が静かに問う。


早江は一瞬だけ言葉に詰まり、それから小さく答えた。


「……いる、けど……」


視線を逸らす。


「もう何年も連絡取ってないし……生きてるのかも分かんない」


少し間が空く。


「父親は、もういない。母親は……ずっと夜の仕事してて、家にもあんまりいなかったし……」


言いながら、自分でも整理するように言葉を選ぶ。


「一緒に住んでたっていうより……同じ場所にいただけ、って感じかな」


乾いた笑いが、少しだけ漏れた。


少女は何も言わず、その様子を見ている。


「だからさ……家族って言われても、正直よく分かんないんだよね」


ぽつりと、付け足す。


「ならば、私が家族になればいい」


少女が、当たり前のように言う。


「……え?」


「両者ともに家族という概念を理解していない。ならば、私たちなりに定義し、構築すれば良い」


理屈としては、あまりにも単純だった。


少女はそのまま手を伸ばし、早江の頭に触れる。


ぎこちないが、どこか優しい動きだった。


「それとも、私では不満か?」


「そ、そうじゃない!」


思わず強く否定する。


「でも……私、もう27だよ?Xちゃんは……どう見ても16くらいでしょ?」


戸惑いを隠せない。


少女は少しだけ考える素振りを見せてから、答えた。


「私が意識を持ち始めたのは約二年前だ。よって、年齢としては二歳に該当する」


「……ややこしいなそれ」


思わず苦笑する。


「さ、もう寝よ」


早江が布団を敷き始める。


「それと、ついでに布団も買ってきちゃった!」


大きな袋から、新しい布団を取り出す。早江のものよりも、少しだけ綺麗で柔らかそうだ。


「これでXちゃんも狭い思いしなくて済むんだよ」


少女はその布団を見つめたまま、少しだけ黙る。


「……買っていたことは把握していた」


「じゃあなんでそんな顔してんの?」


わずかに暗い表情に、早江が首を傾げる。


少女は視線を上げて、はっきりと言った。


「私は、早江と同じ布団で就寝する方が好ましい。狭くても問題ない」


「えぇー……買った意味……」


軽く肩を落とす。


少しの間を置いて、少女が続けた。


「布団の下に敷き、重ねて使用すればよいのではないか?」


「それ!天才!」


一瞬で顔を上げる。


布団を重ね、二人はその中に潜り込む。


「いつもより、ふかふかだね」


「……人間が柔らかい布団を作る理由が、なんとなく理解できた」


少女はそう言って、少しだけ身を沈める。


静かな間が流れる。


「でも、やっぱりこっちの方が良い」


ぽつりと付け足す。


「ん?」


「早江が隣にいるからだ」


一瞬、言葉に詰まる。


「……そっか」


早江はそれ以上何も言わず、目を閉じた。


「早江、まだ起きているか?」


「んー……なに……?」


眠たそうな声で返す。


「家族とは……どうやってなるのだ?」


少しの間が空く。


「Xちゃんの場合だったら……戸籍を手に入れたら、なれるんじゃない?」


うとうとしながら答える。


「ふむ……戸籍とは?」


「存在の証明……みたいなもの、かな……でも、どこかの学校とか卒業してないと……多分難しいよ……」


言葉がだんだん遅くなる。


「学校……」


少女はその単語を繰り返す。


「Xちゃん……学校、行ってみたいの……?」


ほとんど眠りかけた声で、早江が聞く。


少しだけ間を置いて、少女は答えた。


「……行ってみたい」


その声は、これまでよりもほんの少しだけ、静かだった。


「……明日、教科書とか買ってくるね」


半分眠りながら、早江が言う。


「私の我儘に付き合わせてしまい、すまない」


少女は静かに返した。


「いいよ……そういうの、嫌いじゃないし……」


言い終える前に、寝息が混じる。


その夜、少女はいつもより少しだけ強く、早江に身を寄せた。


抱きつく、という行為の意味はまだ完全には理解していない。


それでも――離れたくない、という感覚だけは、はっきりしていた。

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