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仲良し薬

翌日。


早江は仕事に、紬は学校に向かった。


教室に入り、席に座る。


本を開き、静かにページをめくる。


しばらくして――


ガラッ。


「ふぅ〜寒みぃー」


猫羽前が入ってきて、そのまま隣に腰を下ろす。


「何故人間が寒いと感じるのか理解し難いな」


「あ?寒いもんは寒いんだよ」


「感覚的な説明だな」


「それで通じんだよ普通は」


軽いやり取り。


昨日より、少しだけ自然だった。


その時――


教室の扉が勢いよく開く。


「紬ちゃん!」


振り返ると、化学部部長の月下が立っていた。


「面白い薬作ったから放課後来て!」


目を輝かせている。


「あぁ、言われなくても行くさ」


即答。


「やった!」


満足そうに笑い、そのまま軽い足取りで教室を出ていく。


その背中を見送ってから――


猫羽前がぽつりと呟く。


「今の……化学部の部長だよな?」


「あぁ」


「お前……本当に入ったのかよ……」


少し引いたような声。


「案外悪くない場所だよ」


紬は本を閉じる。


「君も入るかい?」


「いや……やめとくよ……」


即答だった。


「賢明だな」


「お前が言うな」


小さくため息をつく猫羽前。


だが――


ほんの少しだけ、興味は残っていた。


放課後、紬は部室へ向かった。


「紬ちゃん!来てくれてよかった!」


月下が駆け寄ってくる。


「面白い薬とはなんだい?」


紬が問うと、月下はニヤリと口角を上げた。


「ふふ、私が作ったのは……仲良し薬だ!」


「仲良し薬……?」


「お互いに飲むとね、距離感が一気に縮まるの!会話も弾むし、なんかこう……素直になるっていうか!」


「ふむ……興味深いね」


「でしょでしょ!で、紬ちゃんが仲良くしたい人と一緒に飲んで、経過観察させて欲しい!」


「承知した」


即答。


「ありがとう!」


紬はそのまま、体育館裏へ向かう。


案の定――


猫羽前がスマホをいじりながら座っていた。


「猫羽前、来てくれないか?」


「あ?……絶対化学部関連だろ。行かないからな」


即拒否。


紬は一瞬だけ考える。


(早江が言っていた“上目遣い”とやら……有効性を検証するか)


紬は少しだけ距離を詰める。


そして、わずかに視線を下から合わせる。


「来てくれないのか?」


数秒の沈黙。


猫羽前の指が止まる。


「……っ」


視線を逸らす。


「うっ……わ、分かったよ……」


小さく舌打ちしながら立ち上がる。


「ただし一回だけな」


「感謝する」


紬は淡々と答える。


だがその内心では――


(有効性を確認。再現性の検証が必要だな)


猫羽前はそんなこととは知らず、


「……なんなんだよ、今の……」


と小さく呟いていた。


そして部室に着いた。


「その人が紬ちゃんが仲良くしたい人?人選すごいね」


「なんだよ文句あんのか?」


猫羽前が睨む。


「ぴぃ!ご、ごめんなさい!」


月下が一歩下がる。


「では早速、薬の実験をしよう」


「待て待て!薬なんて聞いてねぇぞ!」


「言ってないからね」


「事前に言えよ……来るんじゃなかった……」


月下が二人に小さな瓶を渡す。


「はい、紬ちゃん。あと……紬ちゃんの友達も!」


「お、おう……」


猫羽前は瓶を開け、匂いを確かめる。


(変な匂いはしない……しないが、逆に怪しい……)


その隣で――


紬は迷いなく飲み干した。


「ばっ……!飲んじまったのか!?」


「安心しろ、毒はない」


「毒なんて盛らないよ〜」


「そ、そうか……」


猫羽前は少しだけ迷い、目を閉じて一気に流し込む。


(どうにでもなれ……!)


数秒。


「特に……変化は――」


言いかけて、止まる。


「……なんか暑くねぇか?」


「朝は寒いと言っていたじゃないか」


「それとは違ぇ……なんか、内側から熱い……」


月下は奥でメモを取っている。


「ふむふむ……体温上昇感、あり……」


紬は腕を後ろに組んで観察する。


「私は特に変化はないが?」


「嘘だろ……」


猫羽前の視界が、わずかに揺らぐ。


(なんだ……これ……)


視界の中の紬が、やけに鮮明に映る。


透き通るような肌。

光を反射する白い髪。

左右で違う色の瞳が、まっすぐこちらを見ている。


ただそれだけなのに――


(こんな……近かったか……?)


距離は変わっていないはずなのに、やけに“近い”。


喉が少し乾く。


(なんで……こんな……)


視線が、勝手に落ちる。


唇。


柔らかそうで――


(は?何考えてんだうち……!)


慌てて顔を逸らす。


鼓動がうるさい。


(なんで……こいつが……こんな……)


無意識に、視線が追う。


「わ……悪い……ちょっと、無理だ……」


一歩下がる。


「トイレ行ってくる……」


「待て、まだ実験は終わってないぞ」


紬が腕を掴む。


その瞬間――


ドクン。


心臓が強く跳ねる。


「っ……!」


「ば、離せ!」


反射的に振り払う。


呼吸が少し荒い。


そのまま、逃げるように部室を出ていった。



静かになる部室。


「実験は中止かね?」


「いや、十分だよ!ありがと!」


月下は満足そうにメモを閉じる。


だが――


紬をちらりと見る。


(なんで……紬ちゃんには効いてないの……?)


紬は首を傾げていた。


一方、猫羽前はトイレの個室で必死に自分を抑えていた。


「落ち着け……素数……いや、猫の動画でも見て……」


震える手で携帯を開く。


しかし表示されたのは――


紬の後ろ姿の写真。


白い髪がわずかに揺れている。


「なっ……なんでこれ開いてんだよ……」


慌てて閉じようとする。


だが、指が止まる。


(……なんだよ、これ……)


画面越しなのに、やけに目を引く。


細い首筋。


制服越しのシルエット。


何気ないはずの一枚なのに――


「っ……!」


喉が鳴る。


視線を逸らしたいのに、逸らせない。


(やめろ……見んな……)


自分で命令しているのに、指はスクロールしてしまう。


別角度の写真。


少し横顔が写っている。


「……綺麗……」


ぽつりと漏れる。


すぐに我に返る。


「……は?何言ってんだ……!」


額を壁に押し付ける。


鼓動がうるさい。


「すまん……紬……」



部室では――


「紬ちゃん……感じる?」


後ろから耳元で囁く月下。


「よく……分からない」


微動だにしない紬。


「ほんとに〜?」


月下が手をかざす。


「これも……感じない?」


「いや、全く」


「ダメかぁ〜。前、私がやった時は感じたんだけどなぁ……ラバーハンド錯覚」


紬は自分の手と、置かれた偽物の手を見比べる。


「視覚と触覚の錯誤か……興味深い」


冷静そのもの。


(薬の影響は確認できない……やはり分解しているのか)


(猫羽前の反応は顕著だったな)


先程の様子を思い返す。


腕を掴んだ瞬間の反応。


視線の揺れ。


呼吸の乱れ。


「……」


わずかに首を傾げる。


「どうしたの?」


「いや……個体差があるようだ」


紬がふと顔を上げる。


「今、19時辺りか?」


「え?……ほんとだ、ピッタリ19時……」


月下が時計を見る。


秒単位で一致している。


「そろそろ帰らねば……」


「おっけー!またね〜」


紬はいつも通りの調子で部室を出ていく。


扉が閉まる。


静かになった部室。


「……」


月下は手に持っていたメモ帳を見下ろす。


(紬ちゃん……やっぱどこかおかしい気がする……)


空気砲の時。


窓から吹き飛んだのに、無傷で戻ってきた。


さっきの薬。


明らかに効果が出ていなかった。


それだけじゃない。


時間の感覚。


反応速度。


言葉遣い。


どれも“普通”から少しずれている。


(常人じゃ耐えられないものを、平気で……)


ペンを走らせる。


「耐久性:異常」


「薬物反応:なし」


一瞬、手が止まる。


(……観察対象としては、最高なんだけど)


その先を、書くか迷う。


(でも……)


少しだけ、表情が曇る。


「……友達、なんだよね」


小さく呟いて、メモ帳を閉じた。


少し経って、紬は家に着いた。


扉を開ける。


中では早江がソファに寝転がっていた。


「あ、おかえり〜」


「ただいま」


「無反応!?少しは違和感とか持ってよー」


頬を膨らませる早江。


「違和感は持ってるさ」


靴を脱ぎながら答える紬。


「だが、これも悪くないと思っている」


「そう?」


「誰かが先に帰っていて、出迎える……あるいは出迎えられる」


少し考えてから続ける。


「合理性は薄いが、心地は良い」


早江は一瞬きょとんとして――


ふっと笑う。


「そっか」


少しだけ嬉しそうに言った。


「そうだ、土産がある。部活の部長から貰った」


「ん?なになにー?」


「仲良し薬だ」


「……名前からしてもう怪しいんだけど」


「私は飲んだが、毒はない」


「紬が飲んだら基準にならないでしょ」


早江は瓶を受け取って、光にかざす。


「無色透明……匂いもほぼなし……余計こわい」


「効果は“距離感が縮まる”らしい」


「へぇ……」


少しだけ間。


「……で、誰と飲んだの?」


何気ない声のトーンだが、視線は逸らさない。


「猫羽前だ」


「へぇ〜……」


もう一度、間。


「……どうだった?」


「彼女には顕著な変化が見られた」


「へぇ〜〜……」


語尾が少し伸びる。


「体温上昇、視線の固定、心拍の増加。興味深いデータだ」


「データ扱いなんだ……」


早江は小さく息を吐く。


「紬は?」


「私は特に変化はない。体内で分解した可能性が高い」


「だろうね……」


瓶をくるくる回しながら、早江は少しだけ考える。


「ね、これ……もう一本ある?」


「あるが」


「じゃあさ」


視線を上げる。


「私と飲んでみる?」


軽く言ったようで、どこか試すような響き。


紬は少しだけ首を傾げる。


「君は仲良くなりたいのか?」


「もうなってるよ」


即答。


「でも——」


少しだけ笑う。


「どう変わるのか、気になるでしょ?」


「確かに」


「じゃあ、飲んでみよ?」


紬と早江が一気に飲み干す。


「やはり、体内で中和してしまってるようだ」


「紬……?」


紬が早江を見ると、頬がほんのり赤くなっていた。


呼吸も少しだけ浅い。


「大丈夫か?」


「うん……大丈夫……ただ、ちょっと変な感じ」


早江はそう言いながら、じっと紬を見る。


視線が逸れない。


「紬って……ほんと綺麗だね」


ぽつりと呟く。


「そうか?」


「うん……なんか、いつもより……近く感じる」


そっと手を伸ばす。


紬の頬に、軽く触れる。


「……」


紬はそのまま、じっと観察するように見つめ返す。


「私以外の人に見つかってたら……」


少しだけ言葉が途切れる。


「ちゃんと守られてたのかなって、思っちゃう」


声は優しいが、どこか揺れている。


紬は瞬きを一つしてから答える。


「君が拾ったから、今ここにいる」


「……そっか」


早江は少しだけ安心したように笑う。


仲良しの薬は、翌日になって効果が切れた。


早江はいつも通りの様子に戻っていた。


「昨日なんか変な感じだった気がするんだけど……」


「感情の増幅と推測される」


「やっぱり薬のせいかぁ……」


少しだけ考えてから、紬を見る。


「……私、変なことしてないよね?」


「頬に触れられた程度だ」


「それくらいならセーフか……」


ほっと息をつく。


だが、どこか落ち着かない。


「でもさ」


少し間を置く。


「昨日の感覚……ちょっとだけ覚えてるんだよね」


「どのような?」


「……内緒」


早江はそっぽを向く。


紬は特に気にせず答える。


「そうか」

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