表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/13

化学部

猫羽前がパンを二口食べている間に、紬は入部届を書き終えた。


ペンを置く。


(書くのはっや……)


隣で見ていた猫羽前が、わずかに目を見開く。


「では、職員室に行ってくる」


「さっさと行け」


素っ気ない返事。


紬はそのまま席を立った。



職員室。


「再び失礼する。入部届を書き終えた。受理をしてくれる所はどこだ?」


昼食中の教師たちが一瞬だけ視線を向ける。


その中で、三木咲先生が手を挙げた。


「あ、こっちこっち。もう書き終えたの?」


紬から紙を受け取り、軽く目を通す。


「確認するね……」


視線が止まる。


(化学部か……)


ほんの一瞬、表情が変わった。


すぐにいつもの笑顔に戻る。


「これは後で顧問に送っとくね!見学とかするなら――」


少しだけ間。


「くれぐれも気をつけてね……」


その言い方が、どこか引っかかった。


「……何に対しての注意だ?」


紬は率直に聞く。


「え?あー……」


三木咲先生は少しだけ言葉を選ぶ。


「薬品とか扱うからね、危ないでしょ?」


笑って誤魔化すように言う。


だが――


さっきの一瞬の間と、わずかな声のトーンの違い。


紬はそれを見逃さなかった。


「承知した」


そう答えつつも、


(それだけではないな)


内心で結論づける。


放課後、紬は化学部の部室――実験室へ向かった。


廊下を歩いていると――


ドンッ!!


勢いよく人が外へ吹き飛んできた。


「痛てっ!」


床に転がるその人。


「大丈夫かい?」


紬が声をかける。


「あぁ……ありがとう……」


起き上がりながら、苦笑いを浮かべる。


紬はそのまま実験室の中へ視線を向けた。


黒板には大きく書かれている。


『空気砲で人は吹っ飛ぶのか』


そして室内では――


煙、散乱した器具、何かを測定している生徒たち。


「もう一回いけそ?」


「次は角度変えてみようぜ!」


「被験者募集ー!」


騒がしい。


(判断を誤ったな……)


紬は冷静にそう結論づけた。


その時。


「お、新入り?」


中から一人の生徒が顔を出す。


白衣姿で、どこか楽しそうな目をしている。


「見学?」


「あぁ、その通りだ」


「いいねぇ、ちょうど人手足りてなかったんよね」


嫌な予感がする言い方。


紬は一瞬だけ考える。


(撤退も選択肢だが……)


「何をするのだ?」


「簡単簡単、そこ立ってくれればいいだけ」


指差されたのは――


さっき人が吹き飛んだ位置。


「なるほど」


紬は頷いた。


「承知した」


「マジで言ってる?」


先ほど吹っ飛ばされた生徒がツッコむ。


「ここに立てば良いのだな?」


「うん、そこでぴったし!」


紬が指定された位置に立つ。


ふと、思い出したように口を開く。


「挨拶が遅れた、私の名前は雨み――」


ドンッ!!


空気砲が発射された。


紬の体がそのまま後方へ吹き飛ぶ。


開いていた廊下側の窓を突き抜け――外へ。


ドサッ。


校舎の外、地面に着地する。


一階だったのが幸いだった。


数秒後。


窓から顔を出す化学部員たち。


「流石に威力上げすぎた!大丈夫!?」


紬はゆっくりと立ち上がる。


制服の砂を払う。


「問題ない」


平然とした声。


そのまま、何事もなかったかのように歩いて戻ってくる。


(骨折してもおかしくないレベルだったんだけど……)


部員の一人が小声で呟く。


「え、今のノーダメ?」


「人体ってそんな強かったっけ……?」


ざわつく部室。


紬は窓から中へ戻り、再び同じ位置に立った。


「続けるのか?」


「いやちょっと待て!?」


一斉にツッコミが入る。


「体頑丈すぎない!?鍛えてるの?」


「鍛えたことはない」


「髪真っ白……アルビノ?」


「アルビノとやらは知らないが、違う」


「すげぇ目の色……カラコン入れてんの?」


「カラコンも知らないが、入れてない」


次々と飛んでくる質問。


紬は一つずつ、淡々と処理していく。


さっきまでの“実験対象を見る目”とは違う。


純粋な興味。


(この環境は……悪くないな)


そんな結論に至る。


その時、ふと思い出す。


『20時までに帰らないと補導されるから気をつけてね』


(時間には余裕がある)


紬は時計を見る。


まだ日は高い。


「見学は可能か?」


改めて尋ねる。


「あ、全然いいよ!むしろ歓迎!」


白衣の生徒が笑う。


「さっきの続きもやるし、他にも色々あるからさ」


「爆発以外もあるぞ!」


「いや爆発もあるけどな!」


軽いツッコミが飛ぶ。


紬は頷く。


「では、観察させてもらおう」


その言葉に、部員たちの目が少し輝く。


「いいね、その言い方」


「観察される側かと思ったら逆だったわ」


笑いが起きる。


紬は静かにその光景を見ていた。


(ここには“恐怖”よりも“好奇心”がある)


それが、他の場所との違いだった。


紬は様々な実験を見て回った。


瞬間接着剤と自作の接着中和剤を混ぜる実験。


静電気でどれだけの電流が出せるのかという検証。


煙、光、予測不能な結果。


どれも――紬にとって未知だった。


(なんだ……この高揚感は……)


胸の奥が、わずかに熱を帯びる。


理屈では説明しきれない感覚。


「紬ちゃん、明日も来る?」


「あぁ、行く予定だ」


即答だった。


「放課後また来てね!」


「そうさせてもらうよ」


自然と出た言葉。


「あと……自己紹介遅れたね」


一人の女子生徒が前に出る。


白衣の袖を軽く払って、にこっと笑う。


「私の名前は月下桃華!化学部の部長してるよ!」


「雨宮紬だ」


短い返答。


だが――


ほんの少しだけ、その声は柔らかかった。


気づけば、時刻は18時。


「そろそろ帰らねば……」


「部活も終えるところだったし、丁度良いね」


「あぁ、また明日来るよ」


「さよなら!」


廊下で手を振る。


紬も軽く手を上げ、それに応えた。


そのまま下駄箱へ向かい、靴を履き替えて帰路につく。



家の扉を開ける。


静かな室内。


紬は電気をつけ、ソファに腰を下ろした。


本を手に取り、ページをめくる。


テレビもつけながら、時間を過ごす。


(こうして待つ時間も……悪くないな)


やがて――


ガチャッ。


「ただいまぁ!今日は珍しく残業なかった!」


明るい声が部屋に響く。


「おかえり。残業がないのは珍しいことだね」


「なんか上機嫌じゃん、学校でいいことあった?」


早江が靴を脱ぎながら、興味津々に聞く。


紬は少しだけ間を置いてから答える。


「学校で居場所を見つけたよ」


そして、続ける。


「更に、友と呼べる関係も見つけた」


早江の動きが一瞬止まる。


「……そっか」


優しく笑う。


紬はそのまま、今日の出来事を語り始めた。


化学部のこと。


実験のこと。


そして――人が吹き飛んだことも。


「楽しそうで何より」


早江はどこか安心したように言う。


(化学部……とんでもない部活だなぁ……)


内心で苦笑する。


一通り話し終えた後、紬は小さく息をついた。


「あぁ、今日は良く眠れそうだ」


「眠る必要ないのにね!」


「必要はないが……したくなる」


少しだけ考えてから、そう付け加える。


早江はくすっと笑った。


二人は食事を済ませ、入浴を終え、寝る準備に入った。


布団を並べ――いや、重ねて。


いつものように、二人で一つの布団に入る。


少し狭いが、その分距離が近い。


「明日も学校行けそ?」


早江が横を向きながら聞く。


「あぁ、待ち遠しいくらいにね」


即答だった。


「そんなに?」


「未知が多い環境だ。学習効率も高い」


いつものような理屈。


だが――


少しだけ、声が柔らかい。


「それだけじゃないだろ〜?」


早江が少し意地悪く笑う。


紬は一瞬だけ考える。


「……人と関わるのも、悪くない」


小さく付け足す。


早江はその言葉に、少しだけ目を細めた。


「そっか」


部屋の電気が消える。


暗闇の中、静かな時間。


紬は天井を見つめながら思う。


(明日が来るのが楽しみだ)


その感覚を、確かめるように。


ゆっくりと目を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ