第37話:子どもたちの名前
「と、ところでおれたち、T-VIDで戸籍変わったけど…なんでおれたちって名前かわらなかったんだっけ?おれ『竜二』のままだし…」
ネガティブな話をついついしてしまった竜二は慌てて話題を変えた。
「今でこそ、改名すること可能だけどー。昔は審査が厳しくて、なかなか名前変えられなかったらしいよー。でもなんで審査厳しかったんだろー?」
「確か…当時は混乱のさなかで戸籍の性別をかえるだけでも一苦労で、すべての書類を変更するだけの余裕がなかったっとかって聞いたかなっ」
良太が自然な表情で答えてくれた。
「明人は名前変えないのかよ?今なら変えられるんだろ?」
「明人じゃなくて明子とかっ?」
「な、なんだよその名前。だいたい『子』なんてつけたら男子の名前だろ?」
竜二は食べていたポテトを噴出しそうだった。
現役女子高校生である竜二的には良太の発想が斜め上すぎて面白すぎた。
「たしかに明子はないかなー。明子って昔は女の人の名前だったらしいけど、わたしたちの年齢だと竜ちゃんがいうように男子の名前だしー」
意外と冷静に明人が答えた。
「た、たしか、クラスに明子って名前の男子いなかったか?」
竜二は笑いながら指摘した。
クラスには『明子』という名前の男子生徒がいる。身長170cmはあるがひょろっとしたのっぽでいつも眼鏡をかけている勉強熱心で無口な男子生徒だ。ほかにも竜二は『明子』という名前のいかつそうな男子を何人か知っていた。
良太は男子たちの名前を女子…それもとびっきり可愛い明人につけようとしたのである。
「あっ確かにいるっ!」
良太はようやく思い出したようだ。
だめだ。
明人とは似ても似つかないそいつらの顔を思い出すだけで…笑いがとまらない。
もはや作り笑顔は全く必要なかった。
「あの無口な男子って感じのがり勉君だよねー」
そこまで言って急におかしくなったのか良太と明人もつられて笑い出した。別に恥ずかしいとか照れ隠しとかそういう笑いではない。一人が笑い出すともらい笑いは避けられないのだ。男子から女子はどうしてそんなにいつも笑ってられるのか理解できないと言われそうだが、竜二も明人も良太も、とにかく、なにもかもがおかしくてしょうがない年頃だった。
「それにもし『明子』で女の人だったら絶対あのおばさん先生みたいに年増だよねー」
T-VID感染で性別が反転したのは今の23~24歳ぐらいまでのはずだ。名前が「明子」で生物学上の性別が女だったら「男子」か年増という感じもしなくもない。
「年増ってっ…北川先生に聞かれたら怒られるよっ」
良太が心配そうにあたりをきょろきょろと見渡した。
明人が年増といった”明子”という女性は20代後半の女教師、北川明子のことで間違いないだろう。生活指導も担当しており男子には優しいくせに女子に厳しいことで有名だ。服装のことで明人が北川先生に注意されたのは一度や二度ではないはずだ。
「女子高生ってだけで目の敵にしてるようなおばさんの話なんて誰も聞いてないってー」
3人が座っているのは周囲の席から離れたボックス席だ。幸い聞き耳をたてている人はいないようだが、万一ばれた時のことを考えると連帯責任をとらされそうで、竜二は良太と同じように気が気ではなかった。
「そ、そういえばT-VIDで混乱って話だけど、確かにあの頃は大変だったよな。服だって品切れだったし」
「たしか、町内会でも回収とか配布とかしてたよねー」
竜二もその回収と配布に参加した一人だ。きちんと洗濯を終えてから、男の子の服のところにリリースするのだ。そしてその足で女の子の服のところへ行き、好きな服を選ぶ、すでにいっぱい積みあがっていたのでどこの誰の服かは全くわからなかったが、他人それも異性が着ていた服を自分が着ることになったあの時のあの感覚は今でも忘れない。
「ぼくはあの時、着る服なくて結構悲惨だったかなっ」
そんな良太の顔は笑顔のままだ。
そういえば良太の過去は聞いたことがないが、何かあったのだろうか?
「そうだよねー。女の子の服って結構、上下であわせたりサイズもいっぱいあったりするのに、あの時は『下着』『靴下』『靴』『服』『その他』みたいな分類しかなくて古着回収のようにただたんに山積みしただけだったしねー」
大人たちにもノウハウがなかったのか、サイズもなにもかもごちゃまぜにしたものだから、とてもカオスなことになっていた記憶があった。
「おれも下着すげぇ困った思いある…いつまでも男物ってわけにもいかなかったし…」
下着も山積みだったが、あまりにも抵抗があったので竜二は衣料品店の列に家族で並んで新品を買った覚えがあった。
「下着の供給を不安定にした転売ヤー許すまじだよねー」
下着というのは…尿も便もついている不潔な布だ。いくら洗濯したからとはいえ、衛生用品を再利用しようとした当時の大人の感覚が理解できなかった。




