第32話:仲直り~中学校の頃の竜二~
竜二が鈴川さんの両親に鈴川さんは悪くないと必死にフォローしたこと、そして部活動にかかる具体的な費用を提示できたことで…鈴川さんは無事にテニスを続けられるようになった。
「これからも娘をよろしくお願いいたします」
「お前もいい友達をもったな…吉田さんとの縁を大切にするんだぞ」
そんなわけで鈴川さんの両親の勧めで…鈴川さんとちょっとだけ友達になることになった。
「吉田さん?今度の休み、映画いかない?お父さんが吉田さんと一緒に行って来たらってチケットくれたんだよ」
部活のない日…竜二は鈴川さんに映画に誘われた。鈴川さんはとても機嫌がいいのかすごく…テンションが高い。断る理由もないので。竜二は頷き、二人は一緒に映画に行くことになった。
文科系の竜二と運動部の吉川さん…奇妙な組み合わせだった。
一応は仲良くなれた二人だったが…いきなり地面にねじ伏せられるという最初の出会いが最悪すぎる。竜二には鈴川さんに負い目があり、竜二にとって鈴川さんと過ごす時間はちょっぴり複雑だった。
「なぁ、あの時の技…なんか子供のとき…見よう見まねでやってたものと明らかにちがったけど…どこで習ったんだ?」
「技?」
「いや…その…初めてしゃべった日に…おれがかけられた技…滅茶苦茶痛いやつ」
正直、あれは腕が折れそうなほど痛かった。
「あぁ、『逮捕術』のこと?」
「逮捕術?」
なんかすごくぴったりな名前だと思った。もしそうなら自分はあの時、逮捕されたことになる。
「お父さんにだけど…あれ習ってどうする気?」
「森宮をぎゃふんと言わせる」
竜二は自信満々に答えた。
生理がはじまり体育祭で体力差を見せつけられ…鈴川さんたち運動部の子とも体力で離され…消沈しかけていたが…あの技があれば無敵だと思っていた。
「あの時の吉田さん…すごく勇敢だったけど…たぶん男子の森宮君にはかなわないよ」
竜二の細い腕を見てから悲しそうに鈴川さんが言った。
「なんでだ?あの技使える鈴川さんならさすがにあいつに勝てるだろ?あれ滅茶苦茶痛いし、あれなら森宮だって絶対悲鳴上げるぞ」
竜二は相手をねじ伏せるポーズをして見せる。
「自分だって信じたくないけど…たぶん…無理かな…逮捕術ってそんなにすごいものじゃないし…」
自分も逮捕術を習おうかと思っていただけにその言葉は意外だった。
「吉田さんはうまくかかってくれたけど…実際はあそこまでもってく前にやられちゃうことも多いんだよね。自分を過信してひどい目にあった女の人って今までもたくさんいるってお父さんずっと言ってるし…自分だってお父さんには全然歯が立たないし……万一の事考えると文科系の吉田さんにはあまりおすすめできないかな…」
鈴川さんのような運動部の子がどういう身体をしているかわからないが…発声練習ぐらいしかしていない放送部の自分とは鍛え方が違うというのは…さすがに理解しているつもりだ。
「だから本当は正当防衛以外の時は…使っちゃいけない約束だったんだ…そもそも小柄な吉田さんならともかく自分たち女子が男子を地面に倒すのホント難しいし…」
先日…無様に敗北したばかりだ。
生理が始まる前、小学校の頃ならともかく、今の竜二では鈴川さんにどう頑張っても敵わないだろう。激しい運動をすると立ち眩みをするし…以前のような無理ができない自覚もある。そう考えると…鈴川さん相手にあそこまで暴れたのは…貧血を起こしかねない無謀な行為でもあった。
自分の限界…鈴川さんとの壁を感じていた竜二は、さらにその先に男女の壁という鈴川さんでさえ超えられない壁があるのだということを知ってしまい、複雑な気持ちを整理できずにいた。
「聞いたー?吉田さん…女子更衣室覗いた森宮君相手に殴り掛かって…鈴川さん巻き込んだらしいよ」
中1の竜二が森宮と喧嘩したことはすぐに学年中で噂になった。
「覗きって…それ男子が悪いんだよね?」
「でも…なんか吉田さんの誤解だったらしいよ?森宮君がそんなことするはずないし…」
「誤解?確かに森宮君ならないかー」
「それに吉田さん、関係ないはずの鈴川さん相手に暴れて…鈴川さんひどい目にあったらしいしー。なんでも…鈴川さん校庭で吉田さんにスカートめくられたとか…」
この事件で悪者になったのは男子ではなく女子である竜二だった。当時の竜二は納得していなかったが、あの件は覗きではなく…本当にただの事故だったのだ。
「森宮君がそんなひどいことするはずないしねー」
森宮こずえは人望も厚く、女子から人気がある男子だった。小学校が別で面識のない竜二は知らなかったが、彼は昔から野球一筋で、覗きとは無縁の体力馬鹿…とてもそんなことをするような男子ではなかった。
彼が、竜二や鈴川さんのスカートの乱れに顔色一つ変えなかったのが…彼が同世代の女子に性欲を頂いていない証拠であったのだが…エロいだの、女子の下着がみたいだの、女子のスカート姿に夢中になっている男子が理解できないと思い始めていた矢先…洞察力も協調性もない当時の竜二がそれに気づくまでに時間がかかってしまったのである。




