第20話:妹の『吉田和馬』
「じゃぁ、これとこれ…」
竜二は服を選んでから、明日の朝、すぐに着られるように、ワンピースを見える位置に吊るした。数か月前に手に入れたお気に入りのワンピースだった。
コンコンコン
「あたしだけど、お姉ちょっといい?」
ドアを開けるとそこには年の離れた妹、和馬が立っていた。小学生のくせに無駄にオシャレで高級感のあるジャンパースカート、和馬は…クシャトリア女子学院初等部の制服姿だった。
「んー?どうした?」
小学5年生の和馬が通うクシャトリア女子学院は難関の名門女子校だ。妹に負けるのは姉として癪ではあるが、自分なら絶対入れないようなレベルであることは間違いない。
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竜二は中学2年の時、進路を親に確認された覚えがあった。
「竜ちゃんもクシャトリア受ける?」
「クシャトリア?いやおれ、共学行くし…なんかクシャトリアって堅苦しそう。それに学力的に無理…特に数学が…」
「そうよね。竜ちゃん…数学苦手だもんね」
竜二は数学が苦手だった。
それに、竜二はどちらかといえば共学志望である。同性だけしかいないというのは小学校で嫌というほど経験してきたので女子校に興味はない。いくらクラスの男子が女子より馬鹿だろうと、竜二はできれば共学の方がいいなと考えていた。決して竜二の学力レベルでは入ることができないから、恨みつらみを言っているわけではないはずだ。
しかし、そんな竜二はともかく、クシャトリア女子学院の保護者からの人気は、その高度な女子教育からいまも高いと聞く。
初等部のことはよくわからないが、竜二が高校受験で調べた限り、クシャトリア女子学院の高等部はもともと大学進学率が極めて高く、学者や医者に弁護士、経営者から官僚、そして政治家まで幅広い分野のエリート女子を生み出してきた歴史ある伝統校だった。
「クシャトリア女子学院はいつの時代も女子校です!」
T-VIDの時は、混乱下にも関わらず性転換してしまった元女子生徒全員を別の系列学校に転校させるという強硬手段を取り、新たに性転換した元男子を系列の共学から厳しい選考で受け入れたことは世間を騒がせた大ニュースだったと聞く。
子役だった元女子生徒が起こしたレイプ殺人事件で悪いイメージがついてしまっていたのが生徒を総入れ替えし、女子教育を貫かざるを得なかった理由だったとも噂されていた。
批判も相当あったようだが、この大ニュースで、上原青子のレイプ殺人事件のイメージが払しょくされたのもまた事実である。校長や理事長は今でも『本校は女子校ですから、再び性転換が発生した場合は転校してもらいます』と繰り返し発言しており、その女子教育に対する情熱の高さから、元男子の保護者からの人気は高く、受験戦争が激しいのだと竜二は聞いていた。
そんなわけでクシャトリア女子学院はある意味、今も昔も男女別学、女子教育の意思をつらぬいている学校といえた。エスカレーター式とはいえ、進級に必要な試験は難しいと聞くので、和馬が高等学校まで無事に進学できるかは未知であるが、…もし進級したとすれば…それは竜二とは比べ物にならないほどのエリート高校生になってしまうだろう。
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「今度、としちゃんが誕生日なんだけど…お姉って計算苦手でも一応JKだし、お姉ならどんなもの選ぶかなって?参考までに聞いておきたくて…」
お嬢様学校に通っているくせに、ちょっと生意気に育っているところが竜二としては気に食わないが…同じT-VID被害者で血のつながった同性の和馬がいてくれることが…竜二の心の安定につながっているのも確かだった。
竜二はいまだに母親や友達から「竜ちゃん」と「ちゃん」付で呼ばれているし、小学校のころから「お姉ちゃん」や「お姉さん」「お嬢さん」と呼ばれることは日常であり、性別適応特別講習でもそれが普通だと洗脳されてきたので、和馬に『お姉さま』と呼ばれるのは抵抗はない。だけど『お姉』だと、なんだかざつに呼ばれているように聞こえ、竜二は和馬の『姉』としてとても複雑な気分だった。
ちなみに、としちゃんというのは和馬の友達の前田俊夫のことだ。生まれた時こそ男の子だったが、和馬達がT-VIDに感染したのはまだ1歳の時だ。つまり、物心ついたときには女の子だったはずであり、本来の性の記憶は残っていないだろう。
「『一応JK』は余分だぞ」
計算のところはあえて突っ込まない。
理数系が大の苦手な竜二は分数の割算だって怪しい。小学生のくせに和馬はどういうわけか、竜二より数学を理解している。だから、そこに突っ込んだら、「お姉小学生の問題も解けないんだー」と馬鹿にされたり、最近覚えたらしい『うんたら公倍数』やら『うんたら公約数』で言い負かされることは目に見えてわかっていた。
「…でも、そうだなー」
姉の威厳が消えないよう、竜二は考えた。
プレゼントを渡す相手はある意味、純粋な10歳の女の子たちである。
お嬢様学校とはいえ、通っている子の金銭感覚は意外と普通だ。
会社社長や医者や弁護士といった高所得者層が多いのもまた事実のようだが、そういう裕福な親はより金銭感覚にシビアだ。それに経済格差が生じないようにする校則もあるようで、児童たちのお金の使い方に関してはかなり厳しく制限されており、教育上とっても安心という話を竜二は以前母から聞いたことがあった。
なので、予算も限られているだろう。
そうなるとあまり高価なものは難しい。
「可愛いふせんとかマスキングテープとかかな?駅前の新しくできた店でいっぱい取り扱ってたぞ」
お小遣いで買える範囲だし、消耗品ならやがてなくなる。
友達同士のプレゼントなら外してはないと思った。
「お姉がフツーにJKらしい…女子力高くてなんか意外…でも、参考として受け取っておく!」
和馬は満足げに笑顔を見せた。
どたどたどたと廊下を走っていく音が聞こえる。
全く…お嬢様ならもう少しお淑やかにできないものなのか?
「全く…ガキのくせにどこでそんな言葉覚えてんだか…」
竜二は悪態を付いてから、改めて部屋を見渡した。
机の上には、性別適応特別講習を通じてもらった文房具の数々。明人と一緒に買いそろえている無駄に可愛い文房具の数々。そして最近ようやく手に入れることができたコスメが並んでいた。
ベッドサイドにはぬいぐるみの数々。
友達付き合いであげたりもらったりしてるファンシーグッズの数々を眺めながら、「やっぱり男子の部屋じゃねぇな」と苦笑する竜二だった。
「でも可愛いんだから仕方ねぇ。可愛いは正義だ」
中学1年生の時とは違い、竜二はちょっぴり成長していた。




