第19話:元男子のけん制
女子になった元男子がお互いがお互いをけん制し合うようになったのにははっきりとした理由があった。
それが政府が元男子に強要した性別適応特別講習である。
「~それでは今日のチェックリーダーは、同じ班の子の服装の点検をはじめてください」
性別適応特別講習を通して大人たちは、ファッション知識を元男子に与えるとともに、グループごとに「チェックリーダー」と呼ばれる服装チェック担当者を指名した。服装チェック担当者は適切に服を着られているかどうかを大人に報告する係である。
合宿中の元女子のように、ご飯抜きといったような罰はなかったが、友達の服装の間違いを大人に報告すると「チェックリーダー」は点数がたまり、たまった点数ごとに決められたご褒美がもらえるになっていた。
こうなると男も女も関係ない。
「吉田さんの靴下。左右逆です!」
「確かにそうですね。吉田さんはすぐに靴下履き替えてください。では、報告してくれたチェックリーダーには…5点を差し上げましょう」
ご褒美目当てに子どもたちはあらさがしのように周囲を監視し、大人に報告をはじめた。お菓子やケーキ、あるいは人気の玩具といったご褒美目当てにみんな必死になっていた。
「森さん、スカートなのに座るときに手でスカート押さえていないから…すごく乱れてます。いくらなんでもはしたないと思います!」
「えぇと、そうですね。確かにあれでは下着…見えちゃいそうですね。では、報告してくれたチェックリーダーの二之部さんには10点を...」
「やったー!」
元男子たちはゲームのように夢中になって、いつしかそれが習慣になっていた。
そしてこの習慣は性別適応特別講習が終って、ご褒美がもらえなくなってからも続いた。
「そのブラウス…それボタンの取り付け位置逆なんじゃないの?女の子は反対だって性別適応特別講習で習ったよね?」
気づいたときにはご褒美がもらえるわけでもないのにお互いが互いに服装チェックしけん制しあうようになっていた。これが一つ目の理由であるが、実はこの話にはもう少し続きがある。
「あっ、ほんとだ!でも…そういう南さんは下着の肩紐はみ出してるよ…性別適応特別講習で『女子だけしかなくても、そういう露出したような服装はダメ』って習ったよな?」
「それをいうなら二之部さんはスカート短すぎ。それこそ…露出しすぎじゃないの?なんか男受け狙ってるとかじゃないでしょうね?」
「こ、これは!みんなに勧められてこうなっただけで…それにちゃんと…下…見えても大丈夫なようにしてるもん。逆に南さんのそのズボン。すごっくださいよ。まるで男の子みたいだよ」
「男もののYシャツ着ちゃってる可哀そうな子にいわれたくないよ!」
最初は本当にただの服装チェックだったはずだ。しかし、服装チェックは次第にマナーチェックへと範囲が拡大していた。
「そのヘアピン可愛い」
「ほんとか?実はこれちょっとお気に入りなんだ」
いつの間にかかわいいかかわいくないか、みんな気にするようになっていた。
そして気づくと、元男子たちはグループごとに独自の細かいルールを作り、「明日はみんな同じ色の服にしよう」だとか、「服は可愛いワンポイントが入ったものにする」だとか、あるいは「友達の証拠に一緒のヘアピンつけよう」といったように、お揃いのものを仲間同士で共有せざるをえない状況になっていたのだった。
そして、けん制の理由はもう一つある。
「今日は…みんなお待ちかねの金曜日。映画鑑賞の時間です」
講師の負担を減らしたいなら「グラウンド〇周」と叫べばよかった元女子の性別適応特別講習と違い、元男子の性別適応特別講習では困ったことがあっても走らせるという選択は取れなかった。
そのため、大人たちは…講師陣の負担を減らすため元男子に映画や演劇を見せるというカリキュラムを組んだ。そして、大人たちはなるべく女性視点、女性目線で描いた作品を選んだ。男性が活躍する流行りの映画を見せて、男性主人公に感情移入させるわけにもいかなかったからである。
「今日鑑賞する映画の主人公は…ある貧しい家庭に生まれた女の子が女学校に入るまでのお話です。みんなにはあとで感想文を提出してもらいます。..どんなに苦しくても明るく前向きな女の子の様子をしっかり見ておいてください」
これらの映画は…言葉遣い、服装、慣習などを学ぶには役に立ったが、一昔前の男女がもっと平等でなかった時代に作られた作品も多く、「女は男にかないっこないわ」とか「女の子はお淑やかに」などのセリフがふつうに含まれていたり、現代とは違い専業主婦の女性の登場が多かったり、女性が男性に無抵抗のまま襲われる場面があったり…現在求められる仕事と家庭の両立ではなく寿退社、結婚を物語の終着点にしていたりと…まだ幼い小学生にいろいろ見せつけているのもまた事実だった。
「『何をぐずぐずしてるんだい!うちの嫁なら朝いちばんに起きて掃除洗濯炊事、全部こなすのが当たり前だろ!!お前には嫁っていう自覚がないのか!自覚が!!』」
さらに途中でネタがつきたのか、映画の中には嫁姑問題、小姑、学校や女子寮でのいじめをテーマにしたドロドロした作品も混ざっており、無垢だった元男子の性格をひん曲げるには十分な代物だったのである。
そして、ここにも『けん制』が登場していた。
「女のいじめってなんかこわい。おれ、あぁはなりたくないかも」
竜二は子どもながらにそう呟かざるを得なかった。
「クラス全員で無視とか…女ってなんか怖いよな。これなら殴る蹴るの方がましかも…」
最初はみんなそんな感想だった。だけど…だんだんと映画の世界になれていく。
本当なら元男子たちは心優しい主人公に感情移入すればよかったのだろう。
しかし、時には脇役に感情移入してしまったりして、さらに自分たちの年齢も上がって登場人物たちの年齢に近づいていくと…いやなことがあったときあの脇役のように「無視」という選択が自分にもとれるのでは?という発想に至ってしまったのだ。
「あの子…なんか感じ悪いよ……ちょっとみんなで口きくの止めようよ」
「そうだね。あの子、くさいし…」
「くさい?」
「そうだよ。あの子、くさいとおもわない?」
「あんな子と同じヘアピンつけてるなんてマジあり得ない」
中学に入るまでには元男子は仲のいい友達で小さなグループを作り、グループ内のルールに従えない子を無視したり嫌がらせしたりとする陰口中心のいじめに変わっていた。
どうしても思春期になると女子は、元女子である男子のように殴る蹴るという単純な攻撃行動が取りにくくなる。元男子達はこうした性別適応特別講習や映画を通じて…女子同士のいじめはどういう風にすれば効果的なのか…嫌いな子が現れたときはどういう選択がとれるかなどを、自ら観察し学習してしまっていたのである。
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