第18話:クラウド上の写真
中学1年生の竜二は部屋で泣いていた。
「学校で何かひどいことされた?」
ようやく首を上げてみると、大切なぬいぐるみを手にもつ母は心配そうなまなざしで竜二を見ていた。
「ほら…これ…なにがあったか知らないけど、可哀想でしょ?」
竜二は手渡されたぬいぐるみを手にとった。昔からこうやってこれを抱くと落ち着くのだ。ぬいぐるみに罪はない。確かに小学生時代元女子がぬいぐるみを持つことが許されなかったのは事実だが、これに性差はないという持論は間違っていないはずだ。ぞんざいに扱えばそれは差別意識を持ったひどい大人たちと同レベルに陥ってしまうだろう。
可愛がっていた子をぞんざいに扱ってしまったこと…竜二は反省していた。
体育の授業中、田沼さんにきついことを言われたのは事実だが、悪気はないはずだし、どちらかといえば泣いていたのは田沼さんであって、別にいじめを受けたとかそういうことはなかった。
泣きながら竜二は無言で首を振った。
「…じゃぁ、どうして?」
竜二の答えをを母はじっと待っていた。
どの程度の沈黙があっただろう。
30秒だったかもしれないし、数分続いたかもしれない。
あまりの長さ。
中学生の竜二は沈黙に耐えられず…静かに口をひらいた。
「…写真…」
「写真?」
母が竜二の言葉を繰り返した。
「昔の写真…捨てちまった…おれ…もう…自分が何だかわからない」
竜二は幼い子どものように泣きながら、答えた。
それから、母の胸に泣きついた。
「…おれ……身体だって…こんな華奢だし…運動したら貧血になるし…学校でも可愛いって言われるし……おれって…ほんとに男だったのか?」
「そう…」
「写真…ぜんぶ女のおれしか写ってない」
竜二は机の上に置いてあったアルバムを母に手渡した。そのどこにも男だったときの自分は写っていない。ただただ女子の竜二が写っているだけ…。
「リビングの本棚のアルバム捨てたの竜二だったのね?」
「ごめんなさい」
「まったく。泣くくらいなら捨てる前に気づきなさいよ……お父さん、アルバム、自分が捨てちゃったんじゃないかって思いこんでずっと探してたわよ」
母はちょっと怒っているようだ。竜二はより一層沈み込んだ。今、父親の説教を受けたらと思うと、正直…精神が持ちそうになかった。
「いくらなんでも沈み込み過ぎよ……とにかく泣き止んだらリビングに降りてきなさい。ちゃんと降りてこられたらお父さんにいわないでいてあげるから……それからもう写真は無駄にしないこと!印刷代だって馬鹿にならないのよ…」
えっ?
母が言っていることが理解できず…竜二は混乱した。
聴き返そうにも母はばたんとドアを閉めて部屋を出て行ってしまう。
印刷代?写真がある?
どういうことだろうか?
不思議に思いながら…竜二は必死に涙をぬぐった。
「ど、どうして?これが」
リビングに降りた竜二はテーブルの上に並べられた写真を見て、驚きの声をあげた。まるで今しがた印刷されたばかりのように鮮明なその写真。それは…竜二が捨てたはずの8歳までの自分の写真の数々だった。
「あの時…確かに処分したはず…」
記憶媒体も写真も処分した。
「馬鹿ね。今時、データなんてパソコンにだってクラウドにだってあるわよ。いまどきの子が聞いてあきれるわ」
あきれ顔で母親は言った。
竜二だってスマホを持っていて、写真データは容量が許す限り、自動的にクラウドに保存されている。
記録メディアがたとえ小さいチップだったとしてもそれをパソコンに取り込んでクラウドにアップしておけば、たとえパソコンがなくなろうが、記録メディアを捨てようが…データが消えるはずがない。少し考えればわかったことだった。
おれは…おおばかだ。
次から次へとプリンターから昔の写真が出力されるのを見ながら、竜二は自分の馬鹿さ加減に顔を真っ赤にしてうつむいた。穴があったら入りたかった。
「全く、あなたのその間抜けなところ、誰に似たのかしらね」
竜二が恥ずかしくて真っ赤になるなか、母はそういって笑うだけだった。
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それ以来、竜二は8歳までの男の自分を忘れないよう、机の上にこの写真を置いていた。今でもこの相撲少年が赤の他人のように見えなくはないが、この写真は竜二が竜二である紛れもない証であるのだ。
「これでよしっと・・・」
宿題を終えた高校2年生の竜二は教科書を閉じた。
「そうだ。明日、明人たちと買い物行くんだった」
良太と明人と流行りの服を買いに行く約束をしていた。
「どれ着よっかな」
流行の服を買いに行くのに服を選ぶというのは本末転倒な気もするが、いつ誰の目があるかもわからないので、仕方がないのだ。スカートにするか、パンツスタイルにするか、ワンピースにするか、ちょっと悩む。
それからかわいいスカートを手に取って鏡の前で身体にあわせた。
「我ながら矛盾してるな」
中学1年の頃はあれほどスカートを嫌っていたというのに、時の流れ、慣れというのは恐ろしい。今でもミニは苦手だが、こういった長めのスカートやキュロットならふつうに”かわいい”と思ってしまう自分が正直よくわからなかった。
よくみると部屋でくつろぐ服以外…クローゼットの中の半分以上は周囲に勧められたままに買ったガーリーな服だ。かわいい服の方が、どういうわけか意外と安かったりするし、明人たちがやたら可愛い服を着たがるのでつられたというのが大きかったが、実は竜二は周囲の眼も気にしていた。
「吉田さんって頑なに喋り方かえないよね?」
クラスメイトたちが言うように未だ竜二は口調を変えていない。口調に関しては服装と違ってあまり指摘されず変える必要がなかったからだ。就職したら変えなければならないのは事実だろうが、普段使う口調ぐらいはできることなら変えたくなかった。
「でも吉田さんのそういうところがいいんじゃない?」
そんな感じで、幸い誰も文句を言っていない。
ただし、そんな竜二が服装までボーイッシュだと、「あの子、適応できてないんじゃない?」という周囲の心配そうな視線を浴びることはあった。
それだけならまだいい。
竜二は人一倍胸が大きい。元男子にとっても元女子にとっても胸は…憧れのようで…下手をすると同性からの変な反感を買う。「オシャレじゃない」とか陰口が飛び、面倒なことに巻き込まれたり、最悪の場合はいじめにもつながるのが、今の元男子のせまい学校社会なのである。
元女子のように大人たちから介入されることがない分。そして、元女子のように一人でなんでもできない分。元男子たちはグループを作り、元男子たち同士で勝手に牽制し合っているのが実情だった。




