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第13話:容認できない4つの理由

 自宅に帰ってきた吉田竜二はスカートがしわにならないよう制服を丁寧に脱ぎ、ラフな部屋着へと着替えた。


「はぁ、今日も疲れた」


 高校生というのは大変だ。

 

 教科書をいっぱい持って学校に行き、ひたすら勉強をさせられ、また帰宅して勉強する。一に勉強、二に勉強、それが高校生なのだ。こんなに勉強して…その先は何が待っているのだろうか…と思わないこともない。

 

「あっ、倒れてる…」


 勉強机の所定の位置に教科書を戻していると、机の上に置いてあった写真立てが倒れているのに気づいた。相撲をとる8歳の男の子、昔の自分の写真だ。


 この写真を他人が見たら全くの別人だと思うだろう。今では自分でもこれが昔の自分だとピンとこないほどだ。


 クラスのみんなは今の性に適応しているし、日に日に自分も、元男子だったという実感がなくなっている気がする。


「T-VIDさえ流行らなきゃな…」


 もし性転換しなければ…。


 性転換しなかったIF世界のことを今までどれほど考えたことだろうか。


「そんなことはありえない。つらくなるだけだ。『もし』なんてことを考えるのはやめなさい」


 大人たちはそう言うだろう。



「前代未聞…人類が一度も経験したことのない自然法則に逆らった現象だ…」


 しかし、そんな前代未聞とかの話を何度も何度も聞かされてしまうと、”もし”という考えがどうしても頭の中によぎってしまうのだ。こんな子どもの時の写真を机の上に置くからそんな負の感情がわくのだと言われるかもしれない。それでも今の竜二はこの写真を絶対に捨てられなかった。





 実は竜二には男女の違いを認めきれず、悲嘆し、自暴自棄になっていた時があった。


 中学1年の時である。そしてこの年の夏、今の家への引っ越しがあり、仕分けが面倒になった竜二は昔の物を全部処分することにした。


 男の子だったときの服、おもちゃ、どれもこれも不要になっていたので、処分の箱に入れた。そして、この時、竜二は小さいときの写真データも根こそぎ処分した。


 ”断捨離”という言葉があるように、ただ昔の物を捨てただけだ。それ自体は、普通のことのはずだった。当時は反抗期がはじまっており父親のいうことに素直に従いたくなかったというのと、昔の写真など全部処分したいとなんとなく思ってしまっただけである。




 

 そんな当時の竜二が、今の性別に嫌気がさしたのには4つほど理由があった。


 まず、一つ目は学校指定制服が決まっており、中学校にスカートを強制されたことだ。小学校は私服で比較的ボーイッシュな格好を続けていた竜二にとって正直あれは堪えた。制服を購入する日、“ちょっとスース―するけど意外といける“と楽しむ同級生や”スカート普段からはいてたし“と試着しながら笑う同級生を横目に竜二はどうしてもスカートが苦手だった。日常的にスカートを履くのは何か大切なものを失う気がしたからだ。



 二つ目は、書類上も女になってしまっていたことだ。T-VIDの流行から2年がたったころ、極めて深刻な後遺症が治る見込みはないとする説が濃厚になると、政府は将来的な混乱を防ぐため、国際的な取り決めに基づき「~~に伴い性別が転換した者の戸籍に関する法律」という名前の法律を施行して戸籍と住民票の性別の書換作業を行った。この法律に基づき竜二は戸籍上も「長男」から「長女」に変わり、保険証から生徒手帳すべてに「女」の文字が記載されていたのである。



 竜二達の学年はまだまだ性的に未成熟な時に女子になった。男女の性差が少ない時期である。その頃の竜二にとって性別はただのグループ分け程度にしか感じていなかった。

 

 最初に性別適応特別講習で「今日からあなたたちは女子です」と言われたとき、「そんなものなのか?」と一度は自然に受け入れることができたのは、それが何を意味するのかわからず、「男も女も平等だし、たいした違いはない」と竜二がまだまだ未熟な思い込みをしていたからに他ならない。


「男女平等って聞くし…男も女も関係ねぇだろ?」


 小学校5年生ぐらいまではそんなことを言い続けていたように思う。竜二は男の子にだって負けなかったし、男女の差なんて深く考えていなかった。このように一度は小学校のころは自分たちのことを「女子」、元女子のことを「男子」と抵抗なく受け入れていたわけであるが、状況は中学に入って一変した。


 中学に入ると小学校と違い“男子”“女子”と区別されることが圧倒的に増えた。中学生になった竜二は「性別:女」と記載されている生徒手帳を頻繁に開かざるを得なかったし、中学の体育は男女別で、着替えも当然、男女別だった。それに小学校と違い「吉田さん」と名前で呼ばれるのではなく「そこの女子」と先生から呼ばれることも増えていた。


 中学に入って男女の差がはっきりしてきて、それがただのグループ分けではなく区別の意味を持つことを知ってしまってからの竜二は、『女子』という言葉に過剰反応し、自分とは何かを真剣に考えるようになってしまっていたのである。この竜二の負の感情に追い打ちをかけていたのがこの「戸籍の書換」という書類上の性別の変更だったのだ。



 そして…戸籍が変わったことで大人たちは元男子に容赦しなくなった。男女で扱いが異なっている法律や条令、ガイドラインや校則は意外と存在する。性別適応特別講習が行われていたり、通達がでていたりしたが、判例がなく裁判するとどうなるかはわからない。よって、いろいろグレーゾーンだった部分も多く残っており、教師たちが竜二達の扱いをどうするべきか決めかねていたのもまた事実だった。そこには一定の配慮があったといってもよい。


 しかし、それも戸籍書換で一変した。竜二が女子なのは当局のお墨付きである。気づけば、元男子という言葉を大人たちはあまり使わなくなり、大人たちは竜二達を完全な「女子」として扱うようになっていた。8歳までの竜二達のことを知らない中学校はさらに容赦がなかったのである。


「この世代は第二次性徴前に性転換しており配慮しないほうがよい」


「過度な配慮は今後の発達に影響するリスクがある」


 そんな通達を信じてやまない中学校の教師たちは、真新しい女子制服に包まれる…どこからどうみても女子の竜二達新一年生を…最初から「女子」として扱ってきたのだ。



 この通達や戸籍変更の背景にはT-VID研究に投じられていた膨大な予算や医療費の存在があった。T-VID研究や治療は国内でも行われていたが、莫大な資金がつぎ込まれたわりに他国に大きな遅れをとっており、何ら成果を出せない状況だった。これは他国も同様で、どの国も性別欄の書換し、治療は不可能だと認識させることで、膨大な研究予算そして医療費を削減しようとしたのである。


 戸籍の書換、それは支持率が著しく低迷していた野党…そして子どもたちの多様性を認めようと被害者救済に全力を尽くしてきた大人たちの敗北でもあった。


 戸籍の書換の実現は「お前たちはもう『男』じゃない。もう絶対元には戻らないから、もういいかげんあきらめろ」という政治家、そしてそんな政治家を動かしている有権者である大人たちから子どもたちに届けられた心無いメッセージだったのである。

作中の世界はいろいろと狂ってます。

戸籍の書き換えなど、現実世界では許されないことを大人たちがしています。


作中でも今後触れますが、作中の大人たちがやっていることは許されないことだとご理解の上、ご覧いただけると幸いです。また、作者は、大人たちに洗脳されている子どもたち含め、作中登場人物の誰一人、望ましい行動がとれる人間はいないと考えています。


本作はフィクションですが、誤解を生む可能性があるため、念のため、あとがきに記載しました。

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