第12話:あかねと性別適応特別講習
性別適応特別講習が始まる前、世界はある意味、混沌だった。
町中には女装男子や男装女子があふれていた。
少子高齢化の社会である。性転換した男女は概ね15歳未満と…人口比的には少なかったため、そんな極端な男女が余計に悪目立ちしていたというほうが正しいかもしれない。
あかねのような8歳の男の子が女装してもそれほど問題はなかったが、上の世代は別だった。中学の制服だろうセーラー服を着たロン毛のお兄さんを見たとき、あかねは嫌悪感を覚えた。女子だったころに作っただろうセーラー服は今の身体で着るには小さすぎて、お腹がでてしまっていたりとひどい有様だったし、ムダ毛も多く、髭の剃り方すらわからないのか、顔は無精ひげが生え放題だった。
よくクラスの女子が「生理的に無理」と口癖のように言っているが、まさしくその言葉がぴったりなのかもしれない。一緒にいあわせた女の子が本能的に怯えていたので…あの感情はおそらくあかねだけが感じ取ったものではないはずだ。
女装男子の中にも工夫を凝らしてセーラー服を着こなしている人もいたが、そういう工夫ができる人は、現実を重く受け止め、いわゆる「TPOをわきまえた格好」、「適切なドレスコード」にいち早く変えていったというのが実情だった。だから、町中の女装男子はどちらかといえば…そういう現実を受け入れられていない…失礼な言い方でいえば、おしゃれではない元女子で占められていたのである。
そして、あいにくと周囲の変化を受け止められず、協調性がなく、刹那主義、つまりただ感情のままつきすすんでいくそういう元女子が犯罪者予備軍であるという悲しい傾向があった。
だから…あかねは大人たちが行った性別適応特別講習自体は必要悪であると考えていた。
こういう分析や感情をもつこと自体を、過激派組織『フリーダム』は差別主義的だと罵っているが、フリーダムが否定するような思想、すなわち「自分はあぁはなるまい」とか「あれはTPOをわきまえていなさすぎる」と思った人は今の同級生には腐るほどいる。この感情自体は差別ではなく、生物としてやむを得ない感情だとあかねは信じていたし、それが原因でフリーダムは過激派組織認定されたのだとあかねは考えていた。
そんなわけで…自分がスカートを履いたらどうなるか…自覚していたあかねは、女物の服に対しての未練は全くもってなかった。
そもそも女子だったのは8歳までだ。
今更…子供の時にしていたような恰好をしたいとは思わない。たとえは悪いかもしれないが、多くの高校生がもう一度ランドセルを背負いたいと思わない感情と同じ感情のような気がした。
「それに女物選ぶと、ご飯抜きだしな」
性別適応特別講習には罠として女物の服が用意されていた。朝いちばん、軍隊式の起床ラッパとともにたたき起こされたあかねたちは大急ぎで服を着替える必要があった。
袋の中には二種類の服が入れられていた。
片方が男物でもう片方が女物だ。
あかねたちはその二つを瞬時に見分け、男物の服を選んで着る必要があった。時間内に着て誰よりも早く食堂にたどりつくとデザートなどのご褒美がもらえる一方、時間内に着られなかったり、間違えて女物を着たりしたら、罰としてグラウンドを数周走るはめになったり、ご飯抜きになったりするのだ。
スカートや可愛らしい服が入っていた日は簡単だ。下着もすぐに識別できるようになった。パジャマは前空きがあるかないかで識別することができた。
一番ややこしいのが、ボタンが右前か左前かで異なるシャツである。あかねにとってはボタンが留めにくい方が、正解なのだが、途中で両方とも慣れてしまい、罰をくらった思い出があった。
何度も何度も罰を受けたので…しばらくは女児服を見るのも嫌になるかとも思ったが…性別適応特別講習中には女児服を着こなした元男子の女の子と交流しお喋りする課題もあったので、幸い女児に対するトラウマは持っていない。
逆に、何度も走らされたり、罰を受けたことで肉体的にも精神的にも強くなり、それがまた食堂への一番乗りを容易にし、最終的には誰よりも早く着替え、ご褒美をもらおうと一所懸命になり、楽しくて仕方なかったという肯定的な思い出もあかねたち多くのも元女子は持っていたのだった。
歴史の教科書を開いて見ると、世界の偉人の多くが男だ。もちろん、卑弥呼や推古天皇のように歴史上には女性が全くいないわけでもないが、索引などにかかれている人名をあげていくと、歴史に女性が登場する割合は全体から見ると極めて少ないのがわかる。さらにいえば、室町時代は特に顕著で女性で有名なのは「日野富子」ぐらいしかいない。
そして、そこでT-VIDによる性転換である
自分は元女子だが、元男子を差し置いて…世界一になれるかもしれない。
世界一にはなれないかもしれないが、しっかり勉強し、しっかり働けば経済的に恵まれ、裕福な暮らしができるかもしれない。おじいちゃんのように、お父さんのように、屈強な教官のように、あるいは搬入業者の社長さんのようになれるかもしれない。
女子だったころは、社会で活躍している女の人ってすごい人ばっかりだし…「ふつうの女の子の自分には難しそう…」と勝手な性別役割にとらわれ、無意識のうちに枷をはめそうになっていたように思う。
だけど、今の性別ならなんでもできるかもしれない。
そんな希望があかねをはじめとした元女子に勇気とパワーを与えていた。
「あぁ、ぼくは今、女子のパンチラ見たい」
変態的発言を芽衣がした。
今でも隠れて女の子の格好をする男子がいるにはいるが、それは今の性別に適応しきれなかったのが原因か、自慰行為のためで、今では後者の方が圧倒的に多いと聞く。
芽衣はそのどちらにもあたらないようで女装趣味はないらしい。
「まぁ、おれも吉田さんのパンチラなら見てみたいけど…ガードが固すぎて無理そうなのが残念だ」
「吉田さん。スカート短くしてないし、階段でもお尻に手をあててガードしてるしね…。もっとも、その仕草が可愛くていいんだけど…」
「だからおれは吉田さんの胸を遠目で拝む!」
「でもあかねは何でそんなにおっぱいが好きなの?」
「わからねぇかなー?男にはないあの二つの膨らみ!まさに神秘だろ!あぁ、女子はいいよなーおっぱいもみほうだいだしー」
ちょっとぐらい触らせろと言ってみたい。一度でいいからおっぱいの感触を味わってみたい。
8歳の時の自分の胸は膨らんでいなかった。
自分もあのまま育っていたらおっぱいをもみまくっていたのだろうか?
「吉田さんは自分の胸、不満らいいけどね?」
「ん?ちょっと待て。それどういう意味だ?」
芽衣が聞き捨てならないことを言った。
吉田さんが自分の胸に不満?
あかねは信じらなかった。
「いやぁ、小耳にはさんだんだけど、胸が大きいの全然嬉しくないみたいで、もっと小さいほうがよかったとかなんとか…」
な、なんだと!!?あの美人でスタイルの良い吉田さんが、そんなことを!?
「吉田さんはわかってない!あんなすごいの二つも持っているのに!」
一目でわかるよく育った胸。
そしてその胸を強調するくびれ。
理想の胸ではないか。
「それ、あかねが言ってあげれば―?」
「言えるわけねぇだろ。おれが言ったら変態だぞ」
吉田さんは正直、高根の花だ。
自分のような平凡な男にとっては…なんて声をかけていいのか、全くわからない。
だから遠目に胸を拝ませてもらっているだけで幸せなのだ。
「と、ところで、芽衣は進路希望調査答えたか?」
「薬学部はやめて難関だけどやっぱり医学部に行くつもり。あかねは?」
「就職考えると工学部とかだな」
性別適応特別講習で、あかねたち男子は理系の楽しさを徹底的に教えられた。
T-VIDが流行する前、理系分野は男性に比べて女性が著しく少ない傾向があった。そして、そこに襲いかかったのがT-VIDである。
最初に大人たちは男性技術者の極端な減少を恐れた。体力的に優位な男性技術者の極端な減少は社会インフラに重大な支障が生じることは誰の目にも明らかだった。
そこで大人たちは男女比が著しく崩れないよう元女子に対する理系教育の徹底的な強化をはじめた。
大人たちは必死になって、理系の楽しさを元女子に教えようとした。
そんな理由で、あかねたちの性別適応特別講習には某難関国立大学の有名な教授が現れたのだが、その時、見た最先端の科学にあかねとは興味津々で、あかねはそれ以来、理科や数学を積極的に勉強するようになったのだ。
「まぁ、あかね理系得意だしね」
「そういう、芽衣には負けるけどな」
芽衣の学力は学年でもトップクラスだった。医学部の入試は理系科目が重要だ。医学部こそ理系といって過言ではなかった。
あかね視点これで一旦終わりです。
次回からは竜二視点に戻ります。
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