第14話:スポーツをやめた理由~小学校の頃の竜二~
竜二が今の性別に嫌気がさした4つの理由のうち、三つめはスポーツをやめたことだった。
今の性別に変わった直後、竜二は小学校で「なんで女の子は相撲しちゃいけないの?」と声をあげてみたことがあった。
「いまの状況わかってないんじゃない?」
「あいつ、相撲なんてできる身体じゃないのに」
「みんな我慢して必死に適応しようとしてるのに」
「もしかして性転換したことすら気づいてないお子ちゃまだったりして…」
結果、竜二は同性のクラスメイトからこのような悪口を言われる羽目となった。幸い本格的な仲間外れにはされなかったが、あの時は子どもながらに堪えた覚えがある。
それでも竜二は小学校高学年頃までは相撲を完全にあきらめきれてはいなかった。
「大人の人はのびのび好きなことをやっているようにみえるし、大人になれば自由も増えるはずだし、自分の意思で相撲を再開できるだろ?」
竜二はそう信じていた。
だけど、それは違った。
「相撲なんてできる身体じゃないのに」
そんなクラスメイトたちの言葉が示す通り、身体がどんどん女性らしく成長を続けたのである。
そもそも…クラスメイトたちは決して何も考えず竜二にただひどい言葉をかけたわけではない。竜二と違いこの時、多くの元男子は親の反応の変化や性別適応特別講習、あるいは祖父母といった高齢者の旧来的な考え方に触れ、周囲の大人たちが未だもっている性別役割の存在や男女の性差をいち早く察知していた。
だから彼らは…「男性と女性の身体の違いは何なのか…」「どんなことなら女性の身体でもできるのか…」「どんなことなら女性でも活躍しているのか…」「大人の女性ってどんななんだろ?」と子どもながらに聞いてまわったり、自ら本を読んだりして調べていたのである。
結果は…今まで自由気ままだった男の子たちを打ちのめすには十分だった。
体格の違いはもちろん、結婚、出産、育児。
そして現在の女性の社会的地位。
多くの大人の女性を観察することで自分が今まで考えたこともない自分の未来像が見えてしまった。彼らは竜二より数年早く、そこにはっきりと存在している「壁」に気づいてしまっていたのだ。竜二と違い性別のことを最初から真剣に悩んでいたのである。
伝え方こそ悪かったが…彼らの未来予想はある意味、的確だった。
~~~
そして、「女だって頑張ればなんとかなる」「ちょっとしたハンデだろ?」と軽く考えていた竜二を最初に打ちのめしたのはそれから数年後、小学校最後の運動会だった。
この時、6年生。
クラスメイトたちの言葉が示す通り、この時の竜二は第二次性徴により身体がさらに女性らしく成長していた。
個人差はあるが女子の第二次性徴は一般的には男子より2年程度早く進む。
内容にも男女差がある。
男子の場合はひげが生えたり声変わりがあったり、筋肉量が増加したりするが、女子では乳腺が発達したり、皮下脂肪が増えたりと身体が女性らしく育ち、「運動」という観点から考えると、正直、女子は男子に比べて不利としかいえなかった。
そんな状況下、胸が日に日に膨らんでいることに違和感と不満を持っていた竜二は、運動会の数ヵ月前から日課だったはずのジョギングや運動を「体調不良」と言い訳してはさぼるようになっていた。
もっともこれは、その後はじまった生理とは異なり、別に運動ができないほどつらいというものではなかった。胸に違和感を感じるのは本当でそれが原因で走りにくいのも事実だったが、厳しい言い方をすると、この時点ではまだ、ただの竜二の怠慢だった。
そんなわけで、基礎体力の維持を怠るという怠慢が祟り、竜二の6年生の運動会の成績はさんざんだった。この時までは運動に自信があっただけに、例え膨らんだ胸が邪魔だったとしても、脚の速さで、自分より遅いと思っていた同性の子にズタボロに負けたことは竜二にとっては恥ずべきことだった。
「ごめんなさい」
竜二は帰り道、隣を歩く父親に真剣な表情で謝った。
父親は出張だとかなんとかで、ずっと家に帰ってこなかったので、竜二が父親と会うのはこの運動会が久々だった。
一昨年の運動会ではスタートダッシュに失敗し、1位になれなかったせいで、父親に叱られた苦い経験がある。運動会でここまでひどい成績を出したのは竜二に原因があり…それも今回は2位どころか、ビリだ。竜二は練習をサボったことを父親に「滅茶苦茶怒られる」と思っていた。
正直のところ、この時の竜二は運動を怠ることがどういう結果につながるかあまり理解していなかっただけであり…確かに胸の大きさは不利ではあったが…日課のジョギングを続けられる可能性は十分残っていた。
しかし…。
「…き、気にするな。竜二は可愛いし、…今は女の子なんだ。別に足が遅くても大丈夫だ…ほら、今日の竜二可愛かったぞ」
消沈する竜二を見た父親は慌てふためいた。
これが悲劇の始まりだった。
父親は竜二を必死に慰めたつもりだったのだろうが、竜二にとってはまるで後頭部をハンマーで殴られたかのような衝撃だった。
今まで父親は竜二を女の子扱いしたことは一度たりともなかった。
最近は仕事を忙しそうにしており、あまりかまってもらえていないが、T-VID直後の不安だった時期はよく一緒にいてくれた。
「女になったぐらいで諦めるな」
「死ぬ気で頑張れ」
「お前はお前だ」
それが今までの父親の口癖だった。これまでの父親はいつでも男の子の竜二の活躍を応援してくれ、一緒に寄り添い、励ましてくれていた。時に優しく、時に厳しく、竜二の自慢の父親だった。
竜二は父親をずっと同性の理解者だと思っていた。
父親は竜二の目指すべき目標であり、憧れの人ですらあったのだ。
「そ、その髪も可愛いぞ…いつから伸ばしてたんだ?」
父親はおどおどと竜二にそう聞いた。
いつもお読みいただきありがとうございます。




