第9話 山の心臓
第9話 山の心臓
野獣村の空に浮かんだ、巨大な黒い光。
それはゆっくりと脈打っていた。
ドクン。
ドクン。
まるで、本当に生き物の心臓のようだった。
「……あれが『山の心臓』?」
アリスが山を見上げる。
レオンは険しい表情で頷いた。
「おそらくね」
その瞬間、黒い光が大きく膨らんだ。
ドクンッ!
ズズズズズ……!
地面が大きく揺れる。
「うわっ!」
ミアがバランスを崩す。
グレゴリーが慌てて支えた。
「ミア、大丈夫か?」
「大丈夫……たぶん」
「たぶんって何だ」
エラが呆れながらも、すぐに周囲を警戒する。
しかし、ヴァルターは笑っていなかった。
「このまま放っておけば、山そのものが崩れるぞ」
アルベルトも魔力を探る。
「いや……それだけじゃない」
「何?」
「山から流れ出ている魔力が、野獣村だけじゃなく、ふわりか村の方向にも向かっている」
レオンがはっとする。
「二つの村をつないでいるんだ」
ノアが鍵を見つめる。
「『山の心臓』が、二つの村から魔力を吸い上げている……」
「違う」
仮面の人物が静かに言った。
「今は、吸い上げているんじゃない」
全員が振り返る。
「何?」
「送り出している」
その言葉と同時に、山から黒い魔力が二方向へ流れ始めた。
一方は野獣村。
もう一方は――。
「ふわりか村!」
エラが叫んだ。
「村に戻らないと!」
「待って」
レオンが止めた。
「この魔力の流れには法則がある」
レオンは地面に簡単な図を描いた。
「山の心臓から魔力が出て、二つの村へ流れている。そして村に到達した魔力が、今度は別の場所へ流れている」
「どこへ?」
アリスが尋ねる。
レオンは山の奥を指差した。
「山の地下」
「つまり、魔力が循環しているのか」
ノアが理解する。
「そう。そして、この循環が続けば――」
レオンが言葉を止める。
「何?」
「封印されているものに、魔力が集まる」
全員が凍りついた。
「じゃあ……」
エラが呟く。
「犯人の目的は、封印を壊すこと?」
「おそらく」
仮面の人物が答えた。
「山の心臓を完全に動かし、二つの村の魔力を利用して、封印を破ろうとしている」
ヴァルターが拳を握った。
「だったら、そいつを止める」
「簡単じゃない」
仮面の人物が言う。
「山の心臓を止めるには、二つの村の魔力を同時に遮断する必要がある」
「同時……?」
「片方だけ止めれば、もう片方へ魔力が集中する」
アルベルトが眉をひそめる。
「それでは、村が危険になる」
「だから二つの村が協力する必要がある」
ノアがヴァルターを見る。
ヴァルターもノアを見る。
しばらく沈黙した。
「……ふわりか村と野獣村が、一緒に?」
ヴァルターが言う。
「そうだ」
エラが答えた。
「もう争っている場合じゃない」
ヴァルターは少し考えたあと、手を差し出した。
「……分かった」
エラがその手を見る。
「本当に?」
「今だけじゃない」
ヴァルターは真剣な顔で言った。
「この事件が終わるまで、野獣村はふわりか村と協力する」
エラはその手を握った。
「こちらも同じよ」
その瞬間――。
ドクンッ!
山の心臓が、ひときわ強く脈打った。
空から黒い光の柱が落ちてくる。
「危ない!」
アルベルトが雷の魔法を放った。
バチィィン!
黒い光と雷がぶつかり、空中で弾ける。
「今の攻撃……!」
レオンが目を見開いた。
「誰かが山の心臓を操作している!」
山の頂上。
一瞬だけ、黒い光の中に人影が浮かんだ。
黒いローブ。
仮面。
「また、あいつか!」
エコーが叫ぶ。
しかし、影はすぐに消えた。
「追うぞ!」
ヴァルターが走り出す。
「待って!」
仮面の人物が叫んだ。
「山の心臓へ近づくなら、これが必要だ!」
投げられたのは、先ほどの黒い鍵。
ノアが受け取る。
「これで何ができる?」
「山の地下にある『制御室』を開ける」
「制御室……」
レオンが鍵を見つめる。
「なら、そこを止めればいい」
「ただし――」
仮面の人物が言葉を続ける。
「制御室には、山の心臓を守る古代の守護者がいる」
グレゴリーが拳を鳴らした。
「守護者なら、俺たちが説得する」
「説得できなかったら?」
ミアが不安そうに聞く。
グレゴリーは少し考えてから答えた。
「……そのときは、逃げる!」
「最初から戦う気ないの!?」
エコーが叫ぶ。
緊張していた空気に、ほんの少し笑いが戻った。
しかし――。
山の奥から、巨大な咆哮が響いた。
グオオオオオオッ!
仮面の人物が山を見上げる。
「……守護者が目を覚ました」
そして、山の中腹に巨大な門が姿を現した。
その門の中央には――。
黒い鍵と同じ形の鍵穴があった。
ノアが鍵を握りしめる。
「行こう」
ふわりか村と野獣村。
初めて手を組んだ一行は、山の心臓を止めるため、未知の地下遺跡へ向かうのだった。




