第44話 本当の災厄、山の奥に眠るもの
第44話 本当の災厄、山の奥に眠るもの
暗闇の中で、巨大な瞳が開いた。
紫色でもない。
黒き王の瞳とも違う。
青でも、白でもない。
その瞳は、まるで長い年月そのものを閉じ込めたような、深い金色をしていた。
「……あれが」
エラが息をのむ。
「本当の災厄……?」
誰も答えられなかった。
巨大な瞳がゆっくりと動く。
そして――。
『目覚めたか』
低い声が響いた。
その声だけで、大地が震える。
ドドドドド……。
「うわっ!」
ミアがグレゴリーの後ろへ隠れる。
「グレゴリー、あれ何!?」
「俺に聞くな!」
「だって一番大きいから!」
「大きさで何でも分かるわけじゃないぞ!」
「でも頼りにはなる!」
「……まあ、それはそうだ」
グレゴリーが胸を張る。
しかし、その直後。
地面が大きく揺れた。
「うわあああ!」
グレゴリー自身がよろめく。
「グレゴリー!」
「だ、大丈夫だ!」
「今、普通に転びそうだったよね?」
「……見なかったことにしてくれ」
こんな状況でも、いつものやり取りが起こる。
だが――。
守護者は笑っていなかった。
青い瞳で、巨大な存在を見つめている。
『……目覚めてしまった』
ソフィアが守護者を見る。
「知ってるんだね」
『ああ』
「何なの?」
守護者はしばらく黙っていた。
そして、静かに語り始める。
『あれは、黒き王とは違う』
『私とも違う』
『そして――この山の心臓とも違う』
レオンが眉を寄せる。
「じゃあ、何なんだ?」
『山そのものが生まれるより前から、この場所にあったものだ』
全員が凍りついた。
「山より……前?」
アリスが聞き返す。
『そうだ』
『この山は、もともと何もない場所だった』
『だが、長い年月の中で魔力が集まり、大地が形を持ち始めた』
『その中心に山の心臓が生まれた』
守護者は巨大な瞳を見る。
『だが、そのさらに奥』
『誰にも触れられない場所に――あれは眠っていた』
黒き王が震える。
『……私は知らなかった』
巨大な瞳が黒き王を見る。
『当然だ』
『お前が生まれたのは、あまりにも後のこと』
黒き王が拳を握る。
『ならば……なぜ今、目覚めた?』
巨大な存在は答えた。
『お前が山の封印を壊したからだ』
「……!」
レオンが時計塔を見る。
「三つの鍵……」
セドリックが頷いた。
「鍵を戻して封印を安定させたはずだった」
『それでも足りなかった』
巨大な瞳が光る。
『お前たちは、長い間眠っていたものを呼び起こした』
ソフィアが不安そうに尋ねる。
「じゃあ……私たちが戦っていた黒き王との戦いは?」
『あれは前半にすぎない』
その言葉に、全員が絶句した。
「前半……?」
ヴァルターが目を見開く。
「俺たち、あれだけ戦ったのに?」
アルベルトが苦笑する。
「言われてみれば、かなり長かったな」
「かなりどころじゃない!」
ヴァルターが叫ぶ。
「山を走り回って、鍵を探して、黒い影と戦って、時計塔まで行って……!」
「全部、必要なことだったんだ」
ノアが冷静に言う。
「分かってる!」
ヴァルターは頭を抱えた。
「でも俺は、もう少し休みたい!」
「同感だ」
アルベルトまで頷く。
「お前まで!?」
緊張した空気の中、ミアが小さく笑った。
しかし――。
巨大な存在が動いた。
その瞬間、空間全体が震える。
笑い声は消えた。
『お前たちはまだ理解していない』
巨大な瞳が、一人ずつ見つめる。
『私は災厄ではない』
レオンが目を見開いた。
「……違う?」
『そうだ』
『私が目覚めれば、この山は崩れる』
『だが、それは私の意思ではない』
「どういうこと?」
ソフィアが聞く。
『私は――山の底に溜まり続けた、すべての力を受け止める器』
黒き王が反応した。
『器……?』
『そうだ』
『お前が人々の負の感情から生まれたように』
『私は、大地そのものに蓄積された力から生まれた』
守護者が静かに頷いた。
『だから、私は長い間眠っていた』
『山が安定している限り、目覚める必要はなかった』
だが――。
巨大な存在の身体から、亀裂のような光が走った。
『しかし、山の心臓が何度も乱れた』
『黒き王が生まれ』
『三つの鍵が動き』
『二つの村が争い』
『そして封印が何度も破られた』
巨大な瞳が細くなる。
『すべてが積み重なった』
ドン!
地面が大きく揺れた。
「きゃあ!」
アリスがバランスを崩す。
「アリス!」
エラが支える。
グレゴリーが地面を固める。
「みんな、立って!」
クララとセシルも魔力を送り込む。
それでも揺れは止まらない。
『私は、もう眠り続けることができない』
巨大な存在がゆっくりと姿を現していく。
山の奥から伸びてきたのは――。
巨大な角。
岩のような身体。
その表面には、古代文字のような模様が浮かんでいる。
さらに巨大な翼のようなものが開く。
「……大きすぎる」
ミアが呟く。
エコーが空を見上げる。
「山より大きくない?」
「比べる対象がおかしい」
レオンが冷静に突っ込む。
やがて、巨大な存在の上半身が姿を現した。
それは獣にも似ていた。
龍にも似ていた。
しかし、どの生き物にも当てはまらない。
まさに――。
山の力そのものだった。
『私は、名を持たない』
巨大な存在が言う。
『お前たちが呼ぶならば――』
一瞬、金色の瞳が輝く。
『山の底に眠る者』
その時。
黒き王が前へ出た。
『ならば、私が相手になる』
「黒き王!?」
ソフィアが驚く。
『私は、この山を壊させない』
黒き王の身体に黒い魔力が集まる。
しかし、その胸には青い光が残っている。
守護者が静かに見つめる。
『黒き王……』
『私が生まれた理由は、村人たちの憎しみだった』
黒き王が言う。
『だが、もう違う』
『私は、自分の意思で選ぶ』
巨大な存在が黒き王を見る。
『お前に何ができる?』
『分からない』
黒き王は正直に答えた。
『だが――』
黒い翼のような魔力を広げる。
『やってみる』
黒き王が飛び出した。
巨大な存在へ向かって、黒い光が突き進む。
ドォォォォン!
衝撃が山を揺らした。
「黒き王が戦ってる……!」
ミアが驚く。
だが。
巨大な存在は片手を上げただけだった。
ドンッ!
黒き王が弾き飛ばされる。
『ぐあっ!』
「黒き王!」
ソフィアが叫ぶ。
黒き王が空中で体勢を立て直す。
『……強いな』
『当然だ』
巨大な存在が答える。
『私はこの山そのものに近い』
「じゃあ、どうすれば……」
アリスが不安そうにする。
レオンが時計塔を見る。
「待って」
「何?」
「まだ時計塔が動いてる」
時計塔の針が逆回転を始めた。
カチ。
カチ。
カチ。
そして文字盤に、新しい文字が浮かぶ。
――真の災厄、覚醒。
――三つの鍵では止められない。
「そんな……」
エラが呟く。
さらに文字が現れる。
――必要なのは、四つ目の鍵。
「四つ目!?」
全員が声を上げた。
セドリックが驚愕する。
「そんなもの、古代記録には……」
レオンが文字を読み進める。
「違う」
「何が?」
「これは『鍵』じゃない」
レオンの目が大きく見開かれた。
「四つ目の鍵は、物ではない」
時計塔の文字が変化する。
――第四の鍵。
――「選択」。
ソフィアが息をのむ。
「選択……」
守護者が頷いた。
『そうだ』
『三つの鍵は、山の力を安定させるためのもの』
『最後の鍵は――』
守護者は黒き王を見る。
『誰が、何を守るために戦うのかを決める心だ』
ヴァルターが拳を握る。
「俺は決まってる」
アルベルトも頷く。
「私もだ」
グレゴリーが立ち上がる。
「俺は村のみんなを守る」
アリスが言う。
「私は、傷ついた人を助ける」
エコーが笑う。
「私は仲間を連れて帰る!」
エラも続く。
「私は、この村を守る」
ミアが胸を張る。
「私は、みんなのことを伝える!」
次々と声が上がる。
クララ。
セシル。
リリア。
エドガー。
マルセル。
ノア。
そして――。
ソフィア。
「私は……」
ソフィアは山の心臓を見た。
そして黒き王を見る。
「誰かを一人にしない」
その言葉に、黒き王の胸の青い光が強く輝いた。
守護者が微笑む。
『それが、最後の鍵だ』
すると――。
巨大な存在が初めて動きを止めた。
『……選択』
金色の瞳が、全員を見つめる。
『お前たちは、本当にそれを選ぶのか』
「うん」
ソフィアが答える。
「怖いけど」
「それでも」
「みんなと一緒に戦う」
巨大な存在が静かに目を閉じた。
『ならば――』
山全体が光り始める。
『最後の試練を与える』
「試練……?」
レオンが構える。
巨大な存在の身体から、無数の光が飛び出した。
それぞれの光が、一人ずつの前で止まる。
そして――。
光の中に、全員が最も守りたいものの姿が映し出された。
ふわりか村。
野獣村。
家族。
友達。
仲間。
思い出。
そして、未来。
黒き王の前にも、一つの光が現れる。
そこに映ったのは――。
幼い守護者だった。
『……』
黒き王は黙って見つめる。
守護者も、何も言わない。
巨大な存在が告げた。
『選べ』
『守りたいものを一つ選べ』
『それを守るためなら――』
空間が揺れる。
『何かを失う覚悟があるか』
全員が息をのんだ。
これは魔法の試練ではない。
力の試練でもない。
自分が何を大切にするのか。
何を犠牲にしても守りたいのか。
その心を問う試練だった。
そして――。
黒き王が最初に動いた。
『私は……』
幼い守護者の光へ手を伸ばす。
『もう、守護者を一人にしない』
その瞬間。
巨大な存在の金色の瞳が、大きく開いた。
『……合格』
山全体が白い光に包まれる。
しかし。
次の瞬間――。
山の奥から、巨大な亀裂が走った。
ゴゴゴゴゴ……!
「何!?」
セドリックが叫ぶ。
巨大な存在の表情が変わった。
『……遅かった』
「何が?」
『私が目覚めたことで――』
山のさらに深い場所。
そこから、別の光が漏れ始める。
『本当の山の心臓が、動き始めた』
レオンが息をのむ。
「今までの山の心臓は……?」
『仮のものだ』
「……え?」
『本物は、このさらに奥にある』
全員が言葉を失った。
そして山の奥から――。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
これまで聞いたことのない、巨大な鼓動が響いた。
黒き王の顔から笑みが消える。
守護者も険しい表情になる。
『あれが――』
巨大な存在が呟いた。
『この山の本当の心臓だ』
次の瞬間。
山の頂上が、大きく割れた。
その裂け目の奥から――。
巨大な青い光が、空へ向かって伸びていった。
そして時計塔に、新たな文字が刻まれる。
――最終領域、開放。
――本当の山の心臓へ。
黒き王が静かに空を見上げた。
『……まだ、終わっていなかったのか』
ソフィアは仲間たちを見る。
みんなが頷いた。
「行こう」
山のさらに奥へ。
まだ誰も見たことのない場所へ。
そして――。
山に隠されていた、最後の秘密へ。
新たな光の道が、深い山の裂け目へ続いていった。




