第42話 最後の試練、過去を許すということ
第42話 最後の試練、過去を許すということ
黒と白の光が、山全体を包んでいた。
山の心臓から広がる白い光。
黒き王から放たれる黒い闇。
二つの力がぶつかり合い、空は昼なのか夜なのか分からないほどに明滅している。
その中心で、かつて山を守っていた守護者が静かに立っていた。
『最後に必要なのは――許し』
その言葉が、全員の胸に重く残っていた。
「許しって……」
ミアが首をかしげる。
「誰が誰を許すの?」
誰もすぐには答えられなかった。
黒き王を許すのか。
昔の村人たちを許すのか。
それとも、自分自身を許すのか。
守護者が静かに口を開いた。
『すべてだ』
「すべて?」
『この山に残された感情は、ひとつではない』
守護者は山の心臓を見る。
『怒りだけでもない。憎しみだけでもない』
『後悔、悲しみ、恐怖……そして、罪悪感』
セドリックが俯いた。
「……罪悪感」
その言葉を聞いた瞬間、時計塔が大きく揺れた。
ゴォォォォン――。
文字盤に新しい映像が浮かび上がる。
そこには、昔の村人たちが映っていた。
山を傷つけたあと。
村は二つに分かれていた。
誰も笑っていない。
誰も互いの顔を見ようとしない。
そして、ある村人が呟いた。
『……私たちは、間違えた』
別の村人が答える。
『でも、今さら戻れない』
『どうして……あんなことを』
『あいつらが悪いんだ』
責任を押しつける言葉。
怒り。
後悔。
そして恐怖。
それらが再び山へ流れ込んでいく。
「また……」
アリスが悲しそうに言う。
「同じことを繰り返してる」
レオンが頷く。
「間違いを認めるのは怖いからね」
すると、黒き王が笑った。
『そうだ』
『だから私は生まれた』
黒い霧が広がる。
『誰も自分の罪を認めたくなかった』
『誰も自分だけが悪いとは思いたくなかった』
『だから、互いに責任を押しつけた』
『そして、その感情が私になった』
ヴァルターが拳を握る。
「じゃあ……」
ヴァルターは昔の村人たちの姿を見る。
「俺たちが、そいつらの代わりに謝ればいいのか?」
『違う』
守護者が答えた。
『過去の者たちの罪を、今を生きる者が背負う必要はない』
ヴァルターが驚く。
『だが、過去から学ぶことはできる』
アルベルトが静かに頷いた。
「つまり……」
『自分たちが同じ過ちを繰り返さないこと』
『それこそが、過去への答えなのだ』
その時。
時計塔の鐘が鳴った。
ゴォォォォン――。
地面に一本の白い道が現れた。
その先には、三つの光る扉。
一つ目には――「怒り」。
二つ目には――「後悔」。
三つ目には――「恐怖」。
「三つの扉……」
エコーが目を細める。
「どれを開ければいいの?」
レオンが首を振る。
「分からない」
「えっ?」
「たぶん、正解を選ぶ試験じゃない」
レオンは扉を見つめる。
「全部、自分たちの心にあるものだから」
すると突然。
黒い風が吹き抜けた。
ヴァルターの前に、赤い扉が現れる。
「……なんだ、これ」
扉には炎のような文字が浮かんでいる。
――怒り。
扉が開いた。
その中に映ったのは、昔のヴァルターだった。
まだ野獣村とふわりか村が敵対していた頃。
ヴァルターは、ふわりか村の住民を警戒していた。
『あいつらは信用できない』
『野獣村を馬鹿にしている』
『絶対に負けるな』
過去の自分の声を聞き、ヴァルターは黙り込んだ。
「……俺だ」
アルベルトが隣に立つ。
「そうだな」
「俺は……あの頃、本気であいつらを敵だと思ってた」
ヴァルターは拳を握った。
「今でも思い出すと、腹が立つ」
黒き王が囁く。
『ならば、その怒りを捨てろ』
ヴァルターが顔を上げる。
「……いや」
しばらく考えたあと、ヴァルターは首を振った。
「捨てない」
『何?』
「怒っていたことは事実だ」
「間違ってたこともある」
「でも――」
ヴァルターは隣のアルベルトを見る。
「その怒りがあったから、今は守りたいって思える」
扉が白く光った。
怒りの文字が消える。
そして――。
扉そのものが消えた。
「一つ目、突破……?」
ミアが驚く。
続いて、アルベルトの前に青い扉が現れた。
――後悔。
扉の中には、昔のアルベルトが映っていた。
『もっと早く止めればよかった』
『もっと強く言えばよかった』
『私の判断が間違っていた』
アルベルトは苦しそうに目を閉じる。
「……あの時、私は何もできなかった」
ヴァルターが言う。
「お前だけの責任じゃない」
「分かっている」
アルベルトは微笑んだ。
「だが、後悔していることまで否定する必要はない」
彼は扉を見る。
「私は後悔している」
「だからこそ、次は間違えない」
白い光が広がった。
後悔の扉も消える。
「二つ目も……」
エラが呟く。
そして最後。
ソフィアの前に、白い扉が現れた。
――恐怖。
「……私?」
ソフィアが立ち尽くす。
扉の中には、黒き王に器として選ばれた時の自分が映っていた。
身体に黒い紋章が浮かび。
力を奪われ。
みんなを傷つけるかもしれない恐怖。
ソフィアは震えた。
「……怖い」
アリスがそっと隣に立つ。
「うん」
「今でも怖い」
「うん」
「また私が器になったら……」
ソフィアの声が震える。
「みんなを傷つけるかもしれない」
アリスはソフィアの手を握った。
「それでも、私たちは離れないよ」
ソフィアが顔を上げる。
「……本当に?」
「もちろん」
ミアがすぐに割り込んだ。
「私も!」
「俺もだ」
グレゴリーが笑う。
「俺も!」
ガルドが叫ぶ。
「お前は突っ込んでいくから心配なんだよ」
エラがため息をつく。
「えっ、そこ!?」
「でも……」
エラも笑った。
「一緒にいる」
次々と仲間がソフィアの周りに集まっていく。
ソフィアは涙を拭いた。
「……怖くてもいいんだ」
守護者が微笑む。
『そうだ』
『恐怖をなくす必要はない』
『恐怖を抱えたままでも、前へ進める』
ソフィアが扉へ手を伸ばした。
「私は……怖い」
「でも、みんなを信じる」
扉が消えた。
三つの扉がすべて消えた瞬間――。
山の心臓が、眩い光を放った。
ドクン!
ドクン!
黒き王が苦しそうに膝をつく。
『なぜだ……』
黒い霧が剥がれていく。
『なぜ、過去を否定しない!』
レオンが答えた。
「過去は消せないからだ」
『……』
「だったら、受け入れるしかない」
エラも続く。
「間違いを認めることと、自分を責め続けることは違う」
クララが言う。
「後悔することと、前へ進めないことも違うわ」
セシルも頷く。
「恐怖があるからこそ、慎重になれる」
ノアが静かに言った。
「敵だった過去があるからこそ、仲間になれたことの意味も分かる」
黒き王が震える。
『……そんなもの』
『そんな綺麗事で……』
その声が、少しずつ弱くなる。
『私の中にあるものは……』
黒き王の胸から、また青い光が現れた。
守護者が静かに近づく。
『黒き王』
『……何だ』
『お前も、ずっと苦しかったのだろう』
黒き王が動きを止める。
『私は……』
『怒りと憎しみを与えられた』
『誰にも望まれず』
『ただ、恐れられた』
その声は、初めて怒りではなかった。
悲しみに近かった。
『だから……』
『すべてを壊せばいいと思った』
ソフィアが一歩前へ出る。
「……それも、あなたの心なんだね」
『私を許すというのか?』
「まだ分からない」
ソフィアは正直に答えた。
「あなたがしたことは、許せないこともある」
黒き王が顔を上げる。
「でも……」
ソフィアは続けた。
「あなたが生まれてしまったことまで、憎む必要はないと思う」
黒き王の紫色の瞳が揺れた。
その瞬間――。
山の心臓から、一本の白い光が伸びた。
黒き王へ向かって。
しかし、黒き王はその光を拒絶した。
『……まだだ』
「え?」
『私は……まだ自分自身を許せない』
黒い闇が再び膨れ上がる。
守護者が目を見開いた。
『黒き王……!』
『私には、まだ残っている』
黒き王の背後に、巨大な黒い扉が現れる。
その扉には、これまでなかった文字が刻まれていた。
――黒き王の記憶。
――最後の一片。
「まだ……記憶があるの?」
レオンが驚く。
黒き王が静かに言った。
『私が生まれる前』
『守護者が私を封じる前』
『そして――』
扉がゆっくり開く。
『私が、初めて「憎しみ」を知った瞬間』
扉の向こうから、冷たい風が吹いてきた。
守護者の表情が変わる。
『……それだけは』
初めて、守護者が怯えた。
『見てはいけない』
「どうして?」
ソフィアが尋ねる。
守護者は答えなかった。
ただ、黒き王を見つめている。
その顔には――。
悲しみと、後悔。
そして、隠していた何かがあった。
「守護者さん……?」
レオンが呟く。
黒き王が笑う。
『そうだ』
『本当の真実を知りたいのなら――』
黒い扉が完全に開く。
『私が生まれた、その瞬間を見ろ』
時計塔の針が動き出した。
カチ。
カチ。
カチ。
そして文字盤に、新たな文字が刻まれる。
――最終記憶、解放。
――黒き王誕生の真実。
山の心臓が大きく鳴り響いた。
ドクン――!
守護者は目を閉じる。
『……ついに、ここまで来たか』
ソフィアたちは、黒い扉の向こうを見つめる。
その先に何があるのか。
なぜ守護者は、この記憶を隠そうとしたのか。
そして――。
黒き王は、本当に村人たちの憎しみだけから生まれたのか。
黒い扉の奥で、何かが動いた。
次の瞬間。
まだ誰も知らない、山の最も古い記憶が――。
静かに、目を開いた。




