第39話 二つの村が分かれた本当の理由
第39話 二つの村が分かれた本当の理由
――カチッ。
時計塔の針が、大きく動いた。
その瞬間だった。
ふわりか村と野獣村の間に、巨大な光の幕が広がった。
「何だ、これ……」
グレゴリーが目を見開く。
光の幕には、今からずっと昔の景色が映っていた。
現在の二つの村とは違う。
そこにあったのは――。
一つの大きな村だった。
「……一つの村?」
ミアが呟く。
そこには、ふわりか村の動物たちも、野獣村の動物たちもいた。
熊も。
兎も。
猫も。
虎も。
狼も。
ライオンも。
みんな同じ場所で暮らしている。
森の動物たちは畑を耕し、川から水を運び、魔法を使って家を建てていた。
そして村の中央には――。
巨大な山の心臓があった。
「これが……昔の村」
レオンが食い入るように映像を見る。
「本当に、最初は一つだったんだ」
セドリックも黙っていた。
やがて映像の中で、一人の動物が叫んだ。
『山の心臓の力を、もっと使うべきだ!』
別の者が反論する。
『駄目だ! あの力を使いすぎれば、山が傷つく!』
『力があるのに使わないなんて、馬鹿げている!』
『村を豊かにするためには必要なんだ!』
少しずつ。
村人たちの間に意見の違いが生まれていく。
レオンが眉をひそめた。
「……これが始まりか」
山の心臓から魔力を取り出す装置が作られていく。
最初は小さな装置だった。
畑を豊かにするため。
病気を治すため。
家を建てるため。
村を守るため。
魔力は、人々の暮らしを確かに豊かにしていった。
「最初から悪いことをしようとしていたわけじゃないんだ」
アリスが呟く。
しかし――。
やがて、装置はどんどん大きくなっていった。
もっと魔力を。
もっと便利に。
もっと強く。
もっと豊かに。
人々の欲望が、装置を巨大化させていく。
そして。
――ドクン。
山の心臓が苦しそうに脈打った。
「……!」
ソフィアが胸を押さえる。
「苦しんでる」
グレゴリーが拳を握った。
「山が……」
そのとき。
映像の中で、巨大な亀裂が地面を走った。
村人たちが逃げ惑う。
『山が崩れるぞ!』
『装置を止めろ!』
『まだだ! 魔力を止めるわけにはいかない!』
『村が壊れる!』
怒鳴り声が飛び交う。
そして――。
一人の村人が装置を止めようとした。
だが、別の村人がそれを阻止する。
『邪魔をするな!』
『お前たちは山を殺すつもりか!』
『お前たちこそ、村を貧しくする気か!』
ついに争いが始まった。
魔法が飛び交う。
炎。
雷。
風。
水。
大地。
かつて仲間だった者同士が、互いに魔法を向けている。
「やめて……」
ソフィアが目を伏せる。
「どうして……」
アリスも苦しそうな顔をする。
「昔は仲間だったのに」
映像の中で、一人の村人が叫んだ。
『だったら村を二つに分ければいい!』
その言葉に、別の者が叫び返す。
『それが一番だ!』
山の心臓から伸びる光が、左右に分かれていく。
一方は森の中へ。
もう一方は山の反対側へ。
そして村も――。
二つに分かれた。
「……これが」
エラが呟く。
「ふわりか村と野獣村の始まり……」
ヴァルターは黙って映像を見ていた。
やがて、昔の野獣たちが山を離れていく。
そしてふわりか村の祖先たちも、別の方向へ歩いていく。
その姿を見つめながら、ヴァルターが呟いた。
「……俺たち、最初から敵だったわけじゃなかったんだな」
「うん」
ノアが頷く。
「最初は……仲間だった」
だが。
映像はまだ終わっていなかった。
村が分かれたあと――。
山の心臓の前に、一つの黒い影が現れた。
「……あれは」
レオンが息をのむ。
今の黒い影と同じ姿。
だが、違っていた。
その体には黒い鎖がなく、胸にある魔石も紫ではない。
青い光を放っていた。
「黒き王じゃない」
セドリックが呟いた。
「そうだ」
白い守護者が答える。
「それは、最初の守護者の一体だ」
映像の中の黒い影は、山の心臓の前に立ち、傷ついた山を守っていた。
やがて、二つの村の人々が再び争い始める。
その争いの感情が――。
少しずつ黒い影へ流れ込んでいく。
恐怖。
憎しみ。
嫉妬。
怒り。
黒い影の体が震える。
「まさか……」
レオンが呟いた。
「黒き王は……あの守護者を利用して生まれたのか?」
セドリックが首を振る。
「違う」
映像の中で、守護者が必死に黒い力を押さえ込んでいる。
「守護者は、黒き王を封じようとしていた」
黒い力が守護者の体を侵食する。
それでも守護者は耐えていた。
そして――。
自分自身を封印の器として使った。
「……!」
全員が息をのむ。
守護者は、自らを犠牲にして黒い力を山の奥へ封じ込めた。
その後。
守護者の姿は消えた。
長い眠りについたのだ。
「だから……」
白い守護者が静かに言う。
「黒き影は、もともと黒き王ではない」
「黒き王に利用された守護者だった」
アリスが、以前出会った黒い影を思い出す。
「だから、あの子は私たちを助けてくれたんだ……」
黒い影が村を守ったこと。
自分自身の中にある黒き王の力に抗ったこと。
すべてが一本につながった。
そのとき――。
『違う』
空から声が響いた。
全員が振り返る。
黒き王だった。
まだ完全には姿を現していない。
だが、その紫色の目が時計塔の上に浮かんでいる。
『そんなものは過去の話だ』
黒き王が笑う。
『人々は争った』
『そして、私が生まれた』
『それが真実だ』
ヴァルターが叫ぶ。
「違う!」
『何が違う?』
「確かに昔は争った!」
ヴァルターは拳を握った。
「でも、今は違う!」
アルベルトも一歩前へ出る。
「私たちは、同じ過ちを繰り返さない」
『本当にそう言い切れるか?』
黒き王の声が響く。
『人の心など、簡単に変わる』
『昨日は仲間でも、明日には敵になる』
その言葉と同時に、時計塔の映像が変わった。
過去の争いだけではない。
最近の出来事が映し出される。
疑い。
喧嘩。
怒り。
そして――。
村人たちが黒き王を恐れていた瞬間。
『ほら』
『お前たちにも、同じ心がある』
黒き王が笑う。
『お前たちは、私を否定できない』
静寂。
誰もすぐには答えられなかった。
すると――。
「否定しなくていい」
ソフィアが言った。
全員が振り返る。
「え?」
「怖いよ」
ソフィアは黒き王を見る。
「私だって、何度も怖かった」
「逃げたいと思ったこともある」
「誰かを疑ったこともある」
そして、仲間たちを見る。
「でも……」
「だからって、誰かを傷つけていい理由にはならない」
アリスが微笑む。
「うん」
レオンも頷いた。
「心に悪い感情があることと、その感情に支配されることは違う」
エラが盾を構える。
「私たちは選べる」
グレゴリーが拳を握る。
「守るって選べる!」
ヴァルターが叫ぶ。
「仲間を信じるって選べる!」
アルベルトが続ける。
「過去と同じ道を歩まないと選べる!」
その瞬間。
山の心臓が強く光った。
――ドクン!
時計塔に浮かんでいた過去の映像が、一気に白く染まっていく。
黒き王の姿が揺らいだ。
『……黙れ』
初めて、その声に苛立ちが混じった。
『過去は消せない』
レオンが答える。
「消す必要なんてない」
「過去があるから、僕たちは同じことを繰り返さないんだ」
黒き王が沈黙する。
そして――。
『ならば、見せてやろう』
『お前たちが、まだ知らない過去を』
時計塔の文字盤が真っ赤に染まった。
――ゴォォォォン!
鐘が鳴る。
山の心臓が激しく脈打つ。
――ドクン!
――ドクン!
「何だ!?」
大地が揺れる。
時計塔の床に、巨大な黒い亀裂が走った。
その亀裂の向こうから――。
古代の装置が姿を現した。
「これは……」
セドリックの顔色が変わる。
「私も知らない」
レオンが驚く。
「セドリックが知らない装置?」
装置の中央に、一つの文字が浮かび上がる。
『最後の記憶』
そして、その下に――。
『黒き王が生まれる前の真実』
という文字が現れた。
セドリックが息をのむ。
「……まだ、隠されていた記録がある」
黒き王の声が響いた。
『知りたいだろう?』
『なぜ、私が生まれたのか』
『誰が、最初にこの力を求めたのか』
『そして――』
一瞬、時計塔が真っ暗になる。
『なぜ、あの守護者が自らを犠牲にしたのか』
――ゴォォォォン。
鐘が鳴った。
新たな文字が浮かぶ。
『第二段階――記憶、開始』
過去の真実を巡る戦いが――。
今、始まろうとしていた。




