第38話 疑いの鐘が鳴る
第38話 疑いの鐘が鳴る
――ゴォォォォン……。
時計塔の鐘が、再び鳴った。
その音は、村全体を包み込むように響き渡った。
しかし――。
今度は誰も、すぐには動かなかった。
「……何だか、嫌な音だね」
エコーが空を見上げる。
時計塔の文字盤には、黒い文字が浮かんでいた。
『第一段階――疑念』
「疑念……」
レオンがその文字を睨む。
「黒き王は、僕たちの心を直接狙っている」
「でも、どうやって?」
ミアが尋ねる。
セドリックは時計塔の歯車を調べながら答えた。
「鐘の音だ」
「この音には、黒き王の魔力が混ざっている」
「聞いた者の心に、ほんの小さな疑いを生み出す」
エラが眉をひそめる。
「そんな魔法が……」
「強制的に誰かを操るわけではない」
セドリックは首を振る。
「だから厄介なんだ」
「もともと心の中にある小さな不安を、何倍にも膨らませる」
アリスが胸元に手を当てる。
「じゃあ……」
「私たちが自分で疑っているように感じるの?」
「ああ」
セドリックが頷いた。
「黒き王に操られていると気づきにくい」
そのとき――。
時計塔の外から声が聞こえた。
「ふわりか村のみんな!」
ノアだった。
野獣村の仲間たちが走ってくる。
「どうしたの?」
ミアが尋ねる。
ノアは息を切らしながら答えた。
「野獣村で……少し問題が起きている」
「問題?」
アルベルトが苦い顔をする。
「村人同士が、互いを疑い始めた」
ヴァルターが拳を握る。
「さっきまで仲良くしていた奴までだ」
「『本当にふわりか村を信用していいのか』」
「そんな声が出始めている」
ふわりか村の村人たちも顔を見合わせた。
「こっちも……」
エラが呟く。
「同じだ」
静かなざわめきが広がる。
誰もが、互いの顔を見る。
ほんの少しだけ。
いつもなら気にしないような表情。
何気ない言葉。
それが妙に気になってくる。
「……さっき、野獣村の人たちが何か話してたよね」
「何を?」
「分からないけど……」
「もしかして、私たちを警戒してるんじゃない?」
小さな声。
だが、その言葉に別の村人が反応する。
「そういえば……」
「俺も、そう感じた」
エラがすぐに声を上げた。
「待て!」
全員が振り返る。
「今のは黒き王の魔法だ!」
「証拠はあるの?」
突然、誰かが言った。
エラが固まる。
「え……?」
「黒き王の魔法だって、どうして分かるの?」
「それは……」
「本当にそうなの?」
エラは答えられなかった。
疑われた。
その事実だけで、胸が痛くなる。
「私は……」
エラが拳を握る。
「私は、みんなを守ろうとしているだけだ」
「分かってるよ」
アリスがすぐに声をかけた。
「エラを疑っているわけじゃない」
「でも……」
アリスは胸に手を当てた。
「私も今、一瞬だけ……」
言葉が止まる。
「エラの言っていることを疑ってしまった」
その瞬間。
時計塔の鐘が――。
ゴォォォォン!
再び鳴った。
「っ!」
全員が耳を塞ぐ。
黒い文字がさらに増えていく。
『疑念――増幅』
「まずい!」
レオンが叫ぶ。
「鐘を止めないと!」
エコーがすぐに飛び上がった。
「任せて!」
風魔法で時計塔の窓を突き破る。
中へ飛び込む。
しかし――。
「えっ!?」
歯車が勝手に動いていた。
ガチャガチャガチャ……!
エコーが風で歯車を止めようとする。
「止まれぇぇぇ!」
ギギギギ……。
一瞬、動きが止まる。
「やった!」
だが。
次の瞬間。
別の歯車が動き始めた。
「そんな!」
時計塔全体が、まるで生き物のように動いている。
レオンが叫ぶ。
「エコー、歯車を止めちゃ駄目だ!」
「え?」
「これは普通の時計じゃない!」
レオンが古代文字を読む。
「歯車の一つ一つが、二つの村の感情を記録している!」
「じゃあ、壊したら……?」
「記録そのものが壊れる!」
エコーが青ざめた。
「それって悪いの?」
「分からない!」
「分からないの!?」
「今は分からない!」
「レオン!」
エコーが叫ぶ。
その間にも歯車は回り続ける。
――カチッ。
――カチッ。
時計の針が進んでいく。
そして。
文字盤に新しい文字が浮かび上がった。
『疑念を抱いた者――記録』
「……記録?」
レオンが呟く。
その瞬間、時計塔の壁に光が映し出された。
そこに現れたのは――。
村人たちの姿だった。
今日。
昨日。
そして、もっと昔。
「これは……記憶?」
エコーが驚く。
黒き王は、村人たちの記憶を映し出していた。
笑った記憶。
怒った記憶。
喧嘩した記憶。
誰かを傷つけた記憶。
そして――。
誰かを疑った記憶。
「こんなの……」
エコーの顔が曇る。
「全部、見られてるの?」
レオンが答える。
「黒き王は、心を読むだけじゃない」
「過去まで掘り起こしている」
そこへセドリックが駆け込んできた。
「レオン!」
「セドリック!」
「見つけたぞ!」
セドリックは古い石板を抱えていた。
「この時計塔についての記録だ」
レオンが石板を見る。
「何て書いてある?」
「『心を映す時計』」
セドリックが読み上げる。
「この時計は、村人の心の変化を記録する」
「ただし――」
セドリックの表情が変わる。
「黒き王が完全に目覚めた場合、その記録は武器となる」
「武器……」
エコーが呟く。
「つまり、私たちの記憶を使って……」
「互いを疑わせる」
レオンが答えた。
そのとき。
時計塔の外から、怒鳴り声が響いた。
「お前たちは俺たちを騙していたんじゃないのか!」
「違う!」
「なら、どうしてあんなことをした!」
「昔の話だろ!」
村人同士の言い争いだった。
そして――。
ふわりか村と野獣村。
両方で争いが始まっていた。
「止めなきゃ!」
アリスが走り出す。
「でも、どうやって!?」
ミアが叫ぶ。
レオンが時計塔を見上げた。
「黒き王の狙いは、疑わせること」
「なら、疑いを無理に消そうとするんじゃなくて――」
レオンが言葉を止める。
「疑いがあることを認めるんだ」
「え?」
エラが聞き返す。
「誰だって、不安になる」
「誰だって、間違える」
「大切なのは、疑ったことそのものじゃない」
「それでも相手を信じようとすることだ」
その言葉に、アリスが頷いた。
「……そうだね」
アリスは村人たちの前に立った。
「私だって怖いです」
「野獣村の皆さんを、本当に信じていいのかって、一瞬思いました」
野獣村の村人たちが顔を上げる。
「でも――」
「疑ったからって、相手を敵にする必要はないですよね?」
ヴァルターが大きく頷いた。
「その通りだ!」
そして、ふわりか村の前へ進む。
「俺だって、お前らを疑ったことがある!」
「最初は敵だと思ってた!」
エラが少し驚く。
「ヴァルター……」
「でも、一緒に戦った」
「助けてもらった」
「だから今は仲間だ!」
ヴァルターが拳を突き出す。
「疑った過去より、今どうするかだ!」
しばらく沈黙したあと――。
一人の村人が言った。
「……そうだな」
別の村人も頷く。
「俺も、疑っていた」
「私も」
「でも……」
「今は、一緒にいたい」
すると――。
時計塔の鐘が鳴ろうとした。
――ゴォ……。
「止まれ!」
エコーが風を放つ。
鐘の音が途中で消えた。
文字盤から、黒い文字が一つずつ消えていく。
『疑念――増幅』
そして最後に――。
『第一段階――失敗』
黒い文字が砕け散った。
レオンが目を見開く。
「……黒き王の仕掛けが、消えた」
セドリックも頷く。
「皆が、自分の疑いを認めたからだ」
その瞬間。
時計塔の奥から、低い声が響いた。
『……なるほど』
全員が凍りつく。
『疑いを消すのではなく――』
『抱えたまま、信じるか』
黒き王の声。
『面白い』
『ならば次は――』
時計塔の文字盤が真っ黒に染まった。
新しい文字が浮かび上がる。
『第二段階――記憶』
レオンの顔が青ざめる。
「……次は、記憶を使うつもりだ」
セドリックが石板を握りしめる。
「過去に起きた出来事を、すべて利用する気だ」
そして時計塔の奥から――。
村人たちが忘れていたはずの、古い声が聞こえてきた。
『忘れたと思ったか?』
『お前たちが隠した過去を――』
『すべて、見せてやろう』
――カチッ。
時計の針が、大きく動いた。
その瞬間。
村人たちの目の前に――。
過去のふわりか村と野獣村の姿が、鮮明に映し出された。
そこには。
今の二つの村が決して知ってはいけないと思っていた――。
「二つの村が分かれた、本当の理由」
が映っていた。




