第36話 二つの村をつなぐ心
第36話 二つの村をつなぐ心
――ドクン。
――ドクン。
山の奥から、巨大な鼓動が響いていた。
黒き王は眠りについた。
だが、それは完全な勝利ではなかった。
山の心臓の光の中には、まだ小さな黒い点が残っている。
そして、古代文字にはこう刻まれていた。
――『最後に必要なのは、人の心』。
「人の心……」
レオンが、その言葉をじっと見つめる。
「一体、どういう意味なんだ?」
セドリックは答えなかった。
いや。
答えられなかった。
「……私にも、まだ分からない」
「セドリックでも?」
エコーが驚く。
「ああ」
セドリックは三本の鍵を見つめた。
「これまでの古代文字には、必ず具体的な方法が記されていた」
「だが、今回は違う」
「『人の心』としか書かれていない」
ミアが首をかしげる。
「じゃあ、心臓をどうにかするには、みんなで仲良くすればいいってこと?」
「簡単に言えば、そうなのかもしれない」
レオンが答える。
「でも……」
彼は空を見上げた。
「黒き王が言っていたことも気になる」
『人々の恐怖、憎しみ、争いが私を育てた』
その言葉が、皆の頭に残っていた。
黒き王は、人々の負の感情を力に変えていた。
ならば――。
人々の信頼や絆は、その逆になるのではないか。
「だったら!」
グレゴリーが拳を握る。
「みんなで仲良くすればいいんだろ!」
「……グレゴリー」
レオンが苦笑する。
「そんな簡単な話なら、古代文明も苦労してないと思う」
「えっ」
グレゴリーが固まった。
「じゃあ、俺の名案は……」
「保留」
「保留かぁ……」
グレゴリーが肩を落とす。
エコーが笑った。
「でも、グレゴリーらしくていいと思うよ」
「本当か?」
「うん」
「じゃあ、採用!」
「何を採用するの?」
「仲良くする!」
「だから、それだけじゃないって……」
エラがため息をつく。
そのときだった。
野獣村の方角から、声が聞こえた。
「おーい!」
ノアだった。
その後ろから、アルベルトとヴァルターも歩いてくる。
「野獣村の被害状況を確認してきた」
アルベルトが報告する。
「幸い、今のところ大きな被害はない」
「ただし――」
ヴァルターが険しい顔をする。
「村の外周に、まだ黒い跡が残っている」
「黒い跡?」
エラが尋ねる。
「ああ」
ノアが答える。
「黒き王が残した魔力の痕跡だ」
セドリックが眉をひそめた。
「消えていないのか……」
「完全にはな」
アルベルトが頷く。
「つまり、黒き王は眠っていても、影響を残している」
その言葉に、村人たちの間に不安が広がった。
「また襲ってくるんじゃ……」
「次はもっと強い攻撃になるかもしれない」
「村を守れるの?」
小さな声が、あちこちから聞こえる。
エラが振り返った。
「みんな、落ち着いて!」
だが――。
不安は簡単には消えない。
黒き王と実際に戦った。
その恐ろしさを、全員が知ってしまったからだ。
ヴァルターも黙っていた。
しばらくして、低い声で言った。
「……俺も怖い」
全員が振り向く。
「ヴァルター?」
ヴァルターは拳を見つめた。
「さっき、黒き王に捕まったとき……」
「自分が死ぬかもしれないと思った」
その言葉に、誰も笑わなかった。
「俺は強いと思ってた」
「野獣村を守れると思ってた」
「でも、あいつの前では……」
ヴァルターが歯を食いしばる。
「俺一人じゃ、何もできなかった」
アルベルトが静かに口を開いた。
「私も同じだ」
「アルベルト……」
「私は雷と光の魔法を使える」
「だが、それだけでは黒き王を倒せなかった」
そして、二人は顔を見合わせる。
「だからこそ――」
アルベルトが言った。
「仲間が必要なんだ」
ヴァルターが頷く。
「一人で強がるより、みんなで守った方が強い」
その言葉を聞いたソフィアが微笑んだ。
「それが……人の心?」
レオンが考え込む。
「たぶん……」
その瞬間。
山の心臓が大きく光った。
――ドクンッ!
「うわっ!」
ミアが飛び上がる。
地面に光の輪が広がった。
そして、二つの村をつなぐように一本の光の道が現れた。
「これは……?」
リリアが近づく。
光の道は、ふわりか村から野獣村へ続いている。
白い守護者が、その光を見つめた。
「山が示している」
「何を?」
「二つの村が、まだ一つになっていない」
「え?」
守護者は静かに告げた。
「戦いの中では、力を合わせることができた」
「だが、それは危機があったからだ」
「平穏なときでも互いを信じられるか――」
「山は、それを見ている」
レオンが目を見開いた。
「つまり……」
「黒き王を完全に封じるためには、戦いのときだけじゃなく」
「普段から二つの村が支え合わなければならない」
エラが頷いた。
「それなら、やることは決まったな」
「野獣村との交流をもっと増やそう」
ヴァルターが腕を組む。
「いいだろう」
「……ただし」
「何だ?」
「俺たちの村の料理を食べてみろ」
「料理?」
ヴァルターが得意げに笑う。
「野獣村には野獣村の名物がある!」
グレゴリーの目が輝いた。
「食べ物!」
マルセルもすぐに反応した。
「名物……!」
アリスが二人を見る。
「あなたたち、食べ物の話になると急に元気になるわね」
すると――。
「そうだ!」
ヴァルターが叫んだ。
「まずは飯だ!」
「飯!?」
エラが驚く。
「もっと大事なことがあるだろ!」
「飯を一緒に食えば、仲良くなれる!」
ヴァルターが真顔で言う。
アルベルトが頷いた。
「……確かに一理ある」
「アルベルトまで!?」
エラが頭を抱える。
ミアが笑った。
「じゃあ、歓迎会にしようよ!」
「いいね!」
エコーが手を上げる。
「ふわりか村と野獣村の合同歓迎会!」
村人たちから次々と声が上がる。
「賛成!」
「何を作ろう?」
「野獣村の料理も食べたい!」
「ふわりか村のお菓子も持っていこう!」
少しずつ。
先ほどまで漂っていた不安が、和らいでいく。
しかし――。
山の奥。
誰にも見えない場所で。
小さな黒い光が、また一度だけ瞬いた。
――カッ。
黒き王の声が、かすかに響く。
『……心か』
『ならば、その心を壊せばいい』
黒い光から、細い影が伸びる。
それは山の地下を通り――。
ふわりか村と野獣村の間にある森へ向かっていった。
そして森の中。
一匹の小さな動物が、その影に気づいた。
「……ん?」
振り返る。
だが、そこには何もいない。
「気のせいかな?」
小さな動物は、そのまま歩いていく。
その足元に――。
黒い紋章が、一瞬だけ浮かんだ。
そして消えた。
誰もまだ知らない。
黒き王が次に狙っているのは、山でも村でもない。
二つの村を結び始めた――。
「心と心のつながり」そのものだった。




