第35話 目覚める山の心臓
第35話 目覚める山の心臓
――ドォォォン……!
ふわりか村と野獣村の間にそびえる山が、大きく震えた。
地面が揺れ、木々の葉が一斉に舞い上がる。
「うわっ!」
ミアが尻もちをついた。
「地震!?」
「違う!」
レオンが叫ぶ。
「山そのものが動いているんだ!」
その瞬間――。
山頂から、まばゆい光が空へ伸びていった。
白い光。
だが、その中心には青い輝きが混じっている。
それはまるで、巨大な生命が目を覚ましたかのようだった。
「……山の心臓」
セドリックが呟く。
「ついに、本来の力を取り戻し始めたんだ」
空では、黒き王が光に包まれていた。
『ぐ……っ!』
黒い鎖が激しく暴れ回る。
『やめろ……!』
先ほどまで余裕を見せていた黒き王の声には、明らかな焦りがあった。
白い守護者が翼を広げる。
「黒き王よ」
『……』
「この山は、お前だけのものではない」
守護者の足元から青白い光が広がった。
「ここは、長きにわたって多くの命を育ててきた」
「森も、川も、村も――」
「すべてが、この山とともに生きている」
黒き王は低く笑った。
『だから何だ?』
『そのすべてを壊せばいい』
「させない!」
ヴァルターが叫ぶ。
「この山も、村も、仲間も、絶対に渡さねえ!」
アルベルトも並ぶ。
「ヴァルター」
「なんだ?」
「今回は、勝手に突っ込むなよ」
「……お前もな」
「私は冷静だ」
「さっき俺と一緒に突っ込んだだろ!」
「それは作戦だ」
「絶対ウソだ!」
「二人とも!」
ノアが頭を抱える。
「今は喧嘩している場合じゃない!」
エコーが笑った。
「いつも通りじゃん」
「いつも通りで済む状況じゃない!」
エラが怒鳴る。
そんなやり取りをしている間にも、山の光はどんどん強くなっていった。
――ドクン。
――ドクン。
――ドクン。
大地の奥から、巨大な鼓動が響く。
ソフィアは胸に手を当てた。
「……聞こえる」
「何が?」
アリスが尋ねる。
「山の声」
ソフィアは目を閉じた。
「すごく長い間……眠っていたみたい」
白い守護者が振り返る。
「そうだ」
「この山は、黒き王を封じるためだけに眠っていたのではない」
「傷ついた二つの村が、再び一つになる日を待っていた」
ミアが驚く。
「じゃあ……」
「私たちが仲良くなったから、目を覚ましたの?」
守護者はゆっくりとうなずいた。
「その通りだ」
セドリックが三本の鍵を見る。
「だから鍵は、黒き王を倒すための武器ではなかった」
「二つの村と守護者を、もう一度つなぐためのものだったんだ」
レオンが続ける。
「三本の鍵は、力を開放する鍵じゃない」
「失われた関係を戻す鍵だったんだ」
アリスが微笑む。
「昔は一つだった村が……今度は本当の意味で一つになった」
そのとき――。
黒き王が叫んだ。
『黙れ!』
空が真っ黒に染まる。
『そんなものが何になる!』
無数の黒い鎖が伸びてきた。
「来るぞ!」
エラが盾を構える。
鎖は村人たちを狙って、一斉に襲いかかった。
――ガキィン!
グレゴリーが巨大な岩の壁を作った。
「ここは通さない!」
鎖が岩壁を叩く。
ドゴォン!
「グレゴリー!」
「大丈夫だ!」
だが、岩壁には大きな亀裂が入った。
「……たぶん!」
「たぶんじゃない!」
エラが叫ぶ。
エコーが風を起こし、鎖を空へ吹き飛ばす。
「それなら私が!」
リリアが水の壁を作る。
「私も!」
セシルの植物が大地から伸び、鎖を絡め取った。
クララが地面を固める。
「みんな、頑張って!」
次々と魔法が重なっていく。
黒き王の鎖は、村人たちの前で止められた。
『なぜだ……』
黒き王が呟く。
『なぜ、これほどまでに力を合わせられる……』
その声に、レオンが答えた。
「簡単なことだよ」
「一人じゃないからだ」
ミアが笑う。
「それに、今さら別々になるなんて嫌だし!」
野獣村の仲間たちも声を上げた。
「そうだ!」
「俺たちはもう仲間だ!」
「この山も守る!」
黒き王の体から、再び白い光が漏れた。
『ぐああああっ!』
黒い鎧に亀裂が走る。
「効いている!」
アルベルトが叫ぶ。
だが、セドリックの表情は険しかった。
「まだだ」
「黒き王の力は強すぎる」
セドリックは空を見上げる。
「山の心臓が目覚めても、このままでは完全には消せない」
「じゃあ、どうするの?」
アリスが尋ねる。
セドリックは黙っていた。
そのとき――。
ソフィアが一歩前へ出た。
「私がやる」
「ソフィア?」
アリスが驚く。
「眠らせる」
ソフィアの周囲に、淡い光が集まり始めた。
「黒き王を……」
「でも、ソフィアの眠りの魔法は、あまり強くないんじゃ――」
ミアが言いかける。
「うん」
ソフィアは頷いた。
「一人ならね」
ソフィアが振り返る。
「みんなの力を借りたい」
アリスが笑った。
「もちろん」
エラも頷く。
「任せろ」
グレゴリーが拳を掲げる。
「全力で支える!」
エコーが笑う。
「眠らせたら起こさないようにしないとね」
「それは大事」
ソフィアが真剣に頷いた。
「……じゃあ、戦いが終わったら?」
「起こすの?」
「ううん」
「そのまま寝かせておく」
「黒き王を?」
「うん」
ソフィアは真顔だった。
「ずっと」
一瞬、全員が黙った。
「……ソフィア」
レオンが苦笑する。
「君、意外と怖いね」
ソフィアは首をかしげた。
「そう?」
「そうだよ!」
ミアが叫んだ。
しかし、その直後――。
ソフィアの眠りの魔法が、巨大な光となって空へ伸びた。
アリスの癒やし。
エコーの風。
リリアの水。
グレゴリーとクララの大地。
セシルの植物。
アルベルトの光。
ヴァルターの炎。
そして、二つの村すべての魔力。
それらがソフィアの魔法に重なっていく。
「いくよ……!」
ソフィアが両手を前へ伸ばした。
「――眠って」
白い光が黒き王を包み込んだ。
『ぐ……』
『こんな……』
『私が……眠るだと……?』
黒き王の動きが止まる。
黒い鎖が一本、また一本と力を失っていく。
『私は……』
『黒き王……』
声が小さくなる。
『私は……まだ……』
そして――。
黒き王の胸にあった紫色の光が、ゆっくりと閉じた。
静寂が訪れた。
「……終わった?」
ミアが小声で尋ねる。
誰も答えない。
黒き王は空に浮かんだまま、動かない。
ソフィアもその場に座り込んだ。
「……疲れた」
アリスが駆け寄る。
「大丈夫?」
「うん……」
ソフィアは小さく笑った。
「私も眠くなってきた」
「え?」
次の瞬間。
ソフィアはその場で――。
「すぅ……」
「寝た!?」
ミアが叫ぶ。
「自分まで眠らせてどうする!」
エラが思わず突っ込んだ。
村人たちから笑いが起こる。
しかし――。
その笑い声が消えた。
空に浮かぶ黒き王の胸。
閉じたはずの紫色の光の奥に――。
小さな黒い点が一つ。
ゆっくりと瞬いた。
――カッ。
セドリックが顔を上げる。
「……まだだ」
「え?」
「黒き王は眠ったわけじゃない」
白い守護者も空を見上げる。
「封じられたのだ」
「だが……」
守護者の表情が変わった。
「その封印は、永遠ではない」
レオンが息をのむ。
「じゃあ、どうすれば……」
その瞬間。
山の心臓が、ひときわ大きく鼓動した。
――ドクンッ!
そして山頂に、一本の巨大な光の柱が現れた。
その中に、古代文字が浮かび上がる。
セドリックが読み上げる。
「――『黒き王を封じるには、山の心臓だけでは足りない』」
村人たちの顔が強張る。
さらに文字が浮かんだ。
「『最後に必要なのは――』」
セドリックの声が止まる。
「……何?」
レオンが尋ねる。
セドリックはゆっくりと続けた。
「『人の心』」
誰も言葉を発しなかった。
黒き王を完全に封じる最後の鍵。
それは――。
魔法でも。
三本の鍵でも。
古代の装置でもない。
二つの村の人々が、これからも互いを信じ続けられるかどうか。
その心そのものだった。
そして、山の心臓が再び鼓動する。
――ドクン。
――ドクン。
次の戦いへの時間が、静かに刻まれ始めていた。




