第30話 すべての村人が器候補
第30話 すべての村人が器候補
ゴーン――――!
十二時を告げる鐘が鳴り響いた瞬間、ふわりか村全体が黒い光に包まれた。
空も、大地も、建物も。
まるで村そのものが巨大な魔法陣になったかのようだった。
「な、何だこれは……!」
グレゴリーが周囲を見回す。
「みんな、動かないで!」
レオンが叫ぶ。
「今、村全体が黒き王の選定装置になっている!」
「ってことは……」
エコーが空を見上げる。
「私たち全員が候補ってこと?」
「そういうことだ」
セドリックが苦しそうに答えた。
「黒き王は一人を探すのをやめた。村そのものを調べ、最も強く黒き王の力を受け入れられる者を探そうとしている」
「だったら、全員で拒めばいい!」
エラが剣を構える。
「誰も器にならなければいいんだ!」
「簡単に言うな」
アルベルトが静かに言った。
「相手は村全体を使っている。無理に魔法を使えば、逆に力を吸い取られる可能性がある」
「……また、魔法を使うと強くなるのか」
ノアが険しい顔をする。
レオンが頷く。
「黒き王の力は、こちらの魔力を利用する。だから――」
「魔法を使わずに戦うしかないってことね」
アリスが言った。
「でも、どうやって?」
そのとき。
村のあちこちから声が上がった。
「足が動かない!」
「体が重い!」
「何だ、この黒い光は!」
村人たちの足元に、黒い紋章が浮かんでいる。
その紋章が、ゆっくりと胸元へ向かって伸びていく。
「みんな!」
ソフィアが駆け出した。
「止まって!」
彼女が村人の手を握る。
すると――。
黒い紋章の動きが、一瞬だけ止まった。
「……止まった?」
アリスが驚く。
ソフィア自身も驚いていた。
「私の睡眠魔法が……少し効いてる」
「眠らせてるのか?」
グレゴリーが尋ねる。
「違う」
ソフィアは首を振る。
「黒き王の力を眠らせているんだと思う」
レオンが目を見開く。
「それなら……!」
しかし、その瞬間。
ズズズズ……!
黒い紋章が再び動き始めた。
ソフィアの顔が苦しそうに歪む。
「うっ……!」
「ソフィア!」
アリスが支える。
「一人じゃ無理だ!」
「だったら――」
ミアが周囲を見回した。
「みんなでやればいいんじゃない?」
「みんなで?」
「うん!」
ミアは胸を張った。
「一人で眠らせるから大変なんだよ。村のみんなの魔力を少しずつ合わせたら?」
レオンが考える。
「しかし、魔力を合わせれば黒き王に吸収される危険が……」
「魔力じゃなくていい」
ミアが言った。
「魔法を使うんじゃなくて――」
ミアは村人たちを見渡した。
「みんなで同じことを考えるの。」
「……?」
「この村を守りたいって」
沈黙。
そして――。
グレゴリーが笑った。
「なるほどな」
「グレゴリー?」
「俺は、この村を守りたい」
彼が大きな手を握る。
「俺の家も、仕事場も、畑も……全部ここにあるからな」
クララが続く。
「私も、この村の畑を守りたい」
セシルも頷く。
「私も森と植物を守りたい」
エラが胸を張った。
「私は、この村の人たちを守る」
「俺もだ」
ノアが言った。
ヴァルターは腕を組んだ。
「……俺だって守るに決まってるだろ」
アルベルトが横を見る。
「随分素直だな」
「うるせえ!」
「でも――」
ヴァルターは少し照れたように顔を背けた。
「この村には……もう知ってる奴が多いからな」
エコーが笑う。
「ヴァルター、友達できたんじゃん」
「違う!」
「顔赤いよ?」
「炎のせいだ!」
「ここ、炎出してないけど?」
「……」
エラがため息をついた。
「今は漫才してる場合じゃない!」
しかし――。
そのやり取りを聞いた村人たちから、少しずつ笑い声が起こった。
恐怖で固まっていた表情が、ほんの少しだけ和らいでいく。
そして。
一人。
また一人。
村人たちが声を上げた。
「この村を守りたい!」
「家族を守りたい!」
「友達を守りたい!」
「畑を守る!」
「店も守る!」
「毎日食べるご飯も守る!」
マルセルが大声で叫んだ。
「俺は村の食料を守るぞ!」
グレゴリーが振り返る。
「そこなのか?」
「大事だろ!」
「まあ……大事だけど」
笑いが広がった。
すると――。
黒い紋章が、次々と薄くなっていく。
レオンが驚く。
「黒き王の力が……弱まっている!」
セドリックが目を見開いた。
「そうか……」
「何かわかったの?」
アリスが尋ねる。
セドリックは静かに頷いた。
「黒き王が器を探すときに利用するのは、魔力だけじゃない」
「じゃあ何を?」
「心だ」
セドリックは村人たちを見つめた。
「恐怖、欲望、孤独……そういった感情を利用して、器になりやすい者を探している」
「でも今は――」
「みんなが互いを支えている」
レオンが続けた。
「だから、一人だけを器として選ぶことができないんだ」
そのとき。
空に巨大な黒い顔が浮かび上がった。
黒き王。
『愚かな……』
低い声が村中に響く。
『一つの心では足りぬなら――』
黒い目がゆっくりと開く。
『すべての心を、私のものにする』
「させるか!」
ヴァルターが叫ぶ。
しかし黒き王は笑った。
『ならば、次は――記憶を奪う』
「記憶……?」
ソフィアが呟いた。
すると村人たちの周囲に、白い光景が浮かび始めた。
昔の出来事。
大切な人。
嬉しかったこと。
悲しかったこと。
そして――忘れていた記憶。
「これは……」
アリスが目を見開く。
「私たちの記憶?」
レオンが頷く。
「黒き王は記憶を使って、心を孤立させようとしている!」
突然、グレゴリーの前に一つの光景が現れた。
まだ若かった頃の彼。
初めて木を削り、家具を作った日の記憶だった。
「……懐かしいな」
グレゴリーが微笑む。
しかし、その記憶の中に――。
黒い影が現れた。
『お前は一人だ』
「違う」
グレゴリーは首を振る。
『誰もお前を理解しない』
「違う!」
グレゴリーが叫ぶ。
「俺には仲間がいる!」
黒い影が揺らいだ。
エラにも。
ミアにも。
エコーにも。
アリスにも。
一人ずつ黒き王が語りかける。
『お前は孤独だ』
『お前は弱い』
『お前は必要とされていない』
だが――。
「違う!」
「私は一人じゃない!」
「みんながいる!」
「ふわりか村がある!」
声が重なっていく。
そして最後に、ソフィアが叫んだ。
「私たちは――誰も黒き王の器にはならない!」
その瞬間。
パァァァァッ!
村全体が白い光に包まれた。
黒い紋章が一斉に砕け散る。
空に浮かんでいた黒き王の姿も、大きく揺らいだ。
『……この力……』
『まさか……』
黒き王の声が初めて動揺する。
『二つの村の心が……一つに……?』
レオンが驚く。
「そうか……!」
「何かわかった?」
エコーが聞く。
「三つの鍵が求めていたものは、単なる魔力じゃなかったんだ」
レオンは時計塔を見上げた。
「二つの村の心を一つにすること。」
そのとき――。
時計塔の文字盤に、新たな文字が浮かんだ。
「器候補――該当者なし」
「……!」
全員が息をのむ。
黒き王が叫んだ。
『馬鹿な……!』
しかし、次の瞬間。
時計塔の奥から――
ドクン。
一度だけ、大きな音が響いた。
そして、時計塔の地下から黒い光が噴き上がった。
レオンの表情が変わる。
「……まだ終わってない」
「え?」
「器を選べなかった黒き王が――」
地面の下から、低い唸り声が響く。
「別の器を探し始めた。」
セドリックが青ざめる。
「まさか……」
時計塔の床に、古代文字が浮かび上がった。
そこには――。
「器、村外へ」
という文字。
ノアが振り返る。
「村の外……?」
そして山の向こうから――。
ドン……!
巨大な黒い光が立ち上った。
その光の中心にいたのは――。
ふわりか村の誰でもない。
野獣村の方角だった。
「……野獣村が狙われてる!」
エラが叫ぶ。
ヴァルターが目を見開いた。
「……俺たちの村か」
黒き王の声が、遠くから響く。
『ふわりか村が駄目なら――』
『次は、野獣村だ』
ヴァルターが拳を握る。
「……行くぞ」
アルベルトが頷く。
ノアも静かに前へ出る。
二つの村を巡る戦いは――新たな段階へ突入した。




